4章〜white-out〜

人は見る。狂気の顔を。

 


 ――「止まってっ、マサっ!」


「ギャハハハハッ‼︎」


 暴れる東条に抱きつき、必死に声をかけるも届かず。


 そんなノエルの瞳が、対岸で待ち構える4人の姿を捉える。


「っ」


 ――瞬間、衝突。


「ッッヌゥんゴッはっ⁉︎」


 巨熊の分厚い胸筋に真っ黒いモヤと化した東条がめり込み、そのまま数10m地面をスライド、


「ルォオラッッ‼︎」


「ギャハハガェっ」「っあぅッ」


 巨熊が東条を掴み地面に叩きつけた。


 地鳴りが起き、漆黒が弾け飛ぶ。

 ノエルが衝撃に宙を舞った。


 その際一瞬現れた東条の肉体を見て、巨熊はあまりの痛ましさに顔を顰める。


「っっ何ちゅう……ッ許せやっ」


 彼の身体は、既に四肢が凍傷で砕け落ち、全身裂傷と痣まみれ、顔面の半分が潰れていた。


 それでも狂ったように笑い続ける彼から目を逸らし、巨熊は叫ぶ。


「打てェ‼︎っ彦根‼︎」


 同時に東条の四方をガラス板が囲み逃げ場を防ぎ、天から全隊員による魔法の一斉掃射が降り注ぐ。


 漆黒の展開を抑え彼を無力化するには、この方法しかない。


「ッやめろオ‼︎っ」

「頼む、大人しくしてくれ」


 接近した亜門が叫ぶノエルの両腕を掴み、地面に組み伏せる。


 東条から手を離した後、巨熊は切り返し海に向かって走る。

 眼前には海中を突き進んだ東条のせいで発生した大津波。


 巨熊は腕を振り上げ、


「グルォアッ‼︎」


 爪の一振りで津波を吹き飛ばした。


 爆撃の中ボロボロになってゆく東条を目に、ノエルの感情が爆発する。



「――ッッッハナセェエエエエエエエエッッ‼︎‼︎」



「――ッ⁉︎」「っ⁉︎」


「……それが君の本当の姿か」


 10mを超す白蛇に姿を変え、亜門を振り解いた。


 その全身の鱗は先の戦闘でボロボロに剥がれ、所々深い裂傷が血を吹いている。


 同時に大地が割れ、大樹が滅茶苦茶に生えまくる。

 ガラス板を砕き、東条を逃がすことに成功した。


 しかしその代償も大きい。


「ッカッハっ」


 ボロボロの全身から一気に植物が生え、傷を抉った。


 既にノエルの身体は限界を超えている。


「クソッ、彦根‼︎」


「分かってる」


 彦根の展開した檻に衝突し、破壊すると同時に東条が吹っ飛ぶ。


「ノエル殿っ‼︎落ち着いてくれ‼︎」


「『王よ、理性を保て』」


「ッッギシャァアアアアアアアアッッ‼︎‼︎」


 暴れるノエルに向け、明王が手に持つ縄を構え、投擲、


「『羂索けんじゃく』」


「ッグエっ⁉︎」


 金色の大縄がノエルを縛り上げ、地に叩きつけた。その上から隊員達が更に土魔法で拘束する。


 ――瞬間、



「子供1人に、大人気ないねぇ」



「「「「⁉︎」」」」


 雷撃が降り注ぎ、ノエルの拘束を破壊した。


「ジュラァアアアッッ‼︎‼︎」


 解放されたノエルが隊員を蹴散らし、ガラスの檻に体当たりをかます。


 ……そんな光景を、空に浮かび悲しげに見る紅。


 亜門が牙を剥き唸る。


「……紅殿、何の真似だ?」


「私は子供には甘くてね。悪いけど邪魔させてもらうよ」


「……藜君の差金かい?」


「いいや、独断だ…………(嘘だけど)」


 勿論これも命令だ。

 東条とノエルが逃げきれない程の深手を追った場合、ギリギリを演出しその場から逃すという。


 ……そう、演出なのだ。全ては元より藜の掌の上。


 しかしだ、


「なら良かったよ」


「――っ」


 紅は明王の放った劫火を躱し、下から放たれる魔法を躱し、同じく雷魔法で宙を飛び攻撃してくる隊員達を叩き落とし、舌打ちする。


「……まだかい、ボスっ」


 この数を1人で捌くのは、少し無理がある。


 紅が放った雷撃を亜門が切り裂き、


 その隙に明王がガラス檻へと飛翔、


「早よセェやあああ‼︎‼︎」

「フシュゥッ、フシュウッルルルッッ」「ギャハハハハッッ‼︎」


 中で東条とノエルをギリギリで押さえつけていた巨熊が、漆黒のカウンター衝撃波に吹っ飛び民家をすり潰す。


 檻からピアノ線が伸び、東条とノエルを拘束、


 東条が強引に引き千切り、ノエルのピアノ線を噛みちぎると同時に彦根に跳躍、


 その東条を明王が殴り落とす、縄を投擲、


 紅の雷撃が縄を吹き飛ばす、


 亜門が紅を捉え、地面に蹴り飛ばした。


 東条が明王に向け地を駆り、跳躍、


 彦根が跳躍、空中のガラスを足場に加速、東条を蹴り落とし踏み潰す、


 彦根をノエルが尻尾で吹っ飛ばす、


 東条が最終防衛ライン目指し滑走、


 後を追おうと彦根とノエルが同時に地を蹴る、


「『倶利伽羅くりから』」


「ジュギャァア⁉︎」


 ノエルの胴体に金色の剣が突き立った。


「『……この剣も縄も、穢れなきモノには効かぬ』」


 そのまま落下してきた明王がノエルの首を掴み、剣を引き抜き振りかぶる。


「オイオイオイッ⁉︎」「明王殿っ‼︎」「っ殺すなバカッ‼︎」「っ」



「『……王よ、貴女は罪と共に長くいすぎた』」



 ノエルの首が飛――



 ――刹那、





「――蒼炎『火天アグニ星火燎原せいかりょうげん』」





「「「「――ッ⁉︎⁉︎」」」」


 眼前の全てを青い炎が焼き払い、明王に直撃し大爆発を起こした。


 ノエルが一瞬で抜け出し、東条を追う。炎の壁を突き破り、その後を彦根が追う。



「……」


 明王は炭化し崩れる己の腕と倶利伽羅を見つめ、そして炎の中に目を移す。


 そこから現れるは、獅子の顔に蒼炎のたてがみを揺らす獣人。


 筒香葵獅。


「……そうか。貴殿が、彦根が警戒していた北海道組の最後の1人だな」


 唸る亜門を無視し、葵獅は紅の横に立ちその整った横顔を睨む。


「俺はお前達が嫌いだ」


「いきなり何だい?」



 葵獅は今までのことを思い出す。


 皆には濁して伝え、自分は藜組で世話になるから国には秘密にしてくれと言ったこと。


 佐藤を治した対価として、何故か沖縄に送られたこと。


 何故かそこで今建設中のリゾートホテルの土方として働くことになったこと。


 藜組傘下の大工達とも仲良くなって、案外楽しかったこと。


 そんなこんなで過ごして今日。


 いきなり来た組の幹部に真実を伝えられ、東条がピンチだと伝えられたこと。


 今から自力で向かってくれと言われたこと。


 ……今なら分かる。


 藜は俺を国と戦わせる駒として保管しておきたかった。


 俺の存在を国から隠しておきたかった。


 俺が真実を知れば、東条がピンチになる前に介入すると読んだ。


 だから電波も通じない辺境の地に送り、全ての情報から俺を隔絶した。万が一のヒントも与えないために。


 そして俺は、沖縄から三重まで泳ぐハメになった。船より泳いだ方が速いからな。


 途中宮崎を通過した際、アイツは俺に手を振っていた。殴ってやろうと思ったがやめた。時間が惜しい。


 それで今だ。



「紅」


「何だ?」


「復元がどうこうはどうでもいい。もし東条が死んだら、俺は藜を殺す」


「……それを私に言ってどうする?」


「どうもしない。ただの宣言だ」



「……そうか。…………その時は、私にも1発殴らせてくれ」



 ニヤリと笑う2人に、日本最強部隊が息を呑んだ。


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