3
――宮崎県、戦線後方。
テントの中、スマホに1つの着信が入る。
何かを待つように、静かに休んでいた藜は、
「……」
ニヤリと笑い、スマホを手に取った。
「はいはい」
『朧です』
「やぁ、それで?どうだった?」
『問題なく』
「さぁすが。やっぱり便利な能力だよなぁ。……なぁ、やっぱ君うちで働かない?」
『断ります』
「つれないねぇ。君ももう犯罪者だ、もっと仲良くいこうぜ?」
『……』
「……ま、そっちの件は考えといてくれよ。それを例の場所まで送り届けてくれたら、今回の依頼は終了だ」
『……分かりました。報酬の件ですけど、』
「分かってる。きっちり口座に振り込んどくさ」
『金はどうでもいいです。……あの人が死んだら、本当に蘇生してくれるんでしょうね?』
「勿論さ。俺だってあいつが死ぬのは嫌だ」
『……分かりました』
藜は背もたれに寄りかかり、笑う。
「そう固くなるなよ?これでも君には感謝してるんだぜ?そのブツは俺の描く未来には必要不可欠な物だ。勿論マサにもな」
『……興味ないです。貴方がどこまで見据えているのか、俺には見当もつかないんで。……ただ、貴方から聞かされた話が事実でも嘘でも、国につくより、俺はマサにつきたいと思っただけです』
「事実だと思ったから手を貸してくれたんだろ?……君は、個人のためにその他大勢を犠牲に出来る、国とは対極の人間だ。こっちについて正解だぜ?」
『俺がついたのはマサとノエルにです。貴方じゃない』
「クフフっ、強情だねぇ」
『……一応、師匠なんで』
「……美しい師弟愛だよ。いいねぇ、」
満足気に笑う藜は、よっ、と杖をつき立ち上がる。
「じゃ、そろそろ切るよ。俺も自由に動けなくなるから」
『分かりました。では』
ツー、ツー、と鳴るスマホを耳から離す。
「……ドライだなぁもう」
とそこで、
「藜さん、開けても?」
「ああ構わないよ。丁度外に出ようと思ってたところだしね」
外から千軸に声をかけられ、藜はテントを出た。
「……誰と通話を?」
歩きながら千軸が尋ねる。
「そーんな警戒するなって。従業員からだよ、給料上げろって煩くてさ、」
ベラベラと誰でも分かるような嘘を並べる藜に、千軸は諦める。
「……警戒もするでしょ。今回のwhite-out作戦の立案者は、貴方なんですから」
どこからが本当で、どこまでが嘘なのか。
カラカラと笑う藜の笑みがとても深く、澱んでいるように見え、千軸は疑念の目を向ける。
「……マサ君が貴方だけに話した、凍結の力の情報。あれを貴方が国に渡さなかったら、マサ君の相打ちと『復元』を前提にした、今回の作戦は立てられなかった。
……流石に国だって、あの2人を同時に相手どるような馬鹿な真似はしない。それを可能にしたのが貴方だ」
「まぁ、今回の『白』があんなに強いのは嬉しい誤算だったけどね。結果2人とも瀕死寸前まで弱体化した。国にとっては最善の一手だろ?何をそんなに怪しむのさ?」
「……怪しむでしょ。マサ君が1番信頼していた貴方が、彼を裏切ったんだ。ノエルから自分がモンスターだと聞いたって報告も本当か怪しい。このまま何もしないなんて信じられるわけないでしょ」
「何でだよぉ?俺はマサを助けたいんだ。あいつに引っ付くモンスターをぶっ殺したい気持ち、分かるだろ?」
「……薄情だね、あんた」
そっぽを向く千軸に、藜は目を細め笑う。
「裏切ったって言うなら、国も君のことを裏切ったみたいだけど、そこはどうよ?何も思わないの?あ、今日ずっと気が散ってたのそのせいか、」
「……何で知って」
「何でも何も、マサと仲良くて、脅威になり得る俺ら2人がこっちに飛ばされてるんだぜ?想像つくだろ」
「……」
「それで?本当に軍辞めるの?」
千軸は悔しそうに目を背ける。
「……辞めてやりますよ」
「今回は作戦が作戦だったから、仕方なくじゃない?」
「だからこそでしょ。俺だって軍人だ。国のためなら、友達を敵に回す覚悟だって出来てる。……それなのに、国は俺を作戦から外した。信頼されてないってことがよく分かりましたから」
そっかそっか、と頷く藜は指を立てる。
「ならうちに来ない?」
「断ります」
「はや」
千軸は藜に背を向け、忠告する。
「いいですか?ここは俺の領域内です。変な動きしたらぶっ飛ばすんで。では」
「へ〜い(……あちゃー、怒らせちゃった)」
藜は海岸に腰を下ろし、足をぶらぶら海を眺める。
……藜の行動原理は、徹頭徹尾東条に沿っている。
彼の楽しむ顔が好きで。
彼の苦痛に歪む顔が好きで。
彼の笑い方が好きで。
ずっと前から、藜の願いは変わらない。
『人間とモンスターの間に紡がれた愛は、どれ程美しいものなのか?』
その結末が見たくて、動いてきたと言っても過言ではないのだ。
藜は海を眺め、歪んでしまう頬を抑える。
マサは覚悟を示した。
ノエルは1人残された。
盤面は完成した。
どんな結果になろうと、最後は俺が守ってやる。
――だから見せてくれ、愛の尊さを。
藜は天を仰ぎ、これから始まる絶望に心躍らせた。
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