「ハァ、ハァ、ゲホっ」


 グングンと成長し葉をつけ花をつける樹木に背を向け、東条は足を引きずり血を吐く。


 そんな彼を紗命と灰音が支える。


「桐将君っ!」


「桐将っ、痛み止めや、飲み!」


「……ハハ、変なもん、入れて、ねぇだろうな?ゲホっ」


「やかましい!」


 紗命は掌に溜めた毒を無理矢理東条に飲ませ、血で滑る身体をしっかりと掴む。


「桐将君のバカっ!何でもっと早く呼ばないんだよ!」


「ェホっ、……イヤカム、壊れたんだよ」


「喋らんでええ、うちらはどうすればいい?」


「皆と、ゲホッ、合流しろ。藜も呼べ、」


「あい分かった」


 灰音が空に向けて手を振る一方、


「……っ」


 紗命はこの場にいるのに、彼を助けようとしないソイツをギリっ、と睨みつける。


 伸び続ける樹木に目を見開き、放心するノエル。


 元はと言えば、全てこいつのせいでっ。



 ……しかしそこで違和感に気づく。



 こいつは、……何を見ている?




「――っ逃げ、逃げてッ‼︎」




 ノエルが叫んだ、――刹那、




 ――「『Σάββατοサバト』」




 範囲は陸地全域、大地を突き破り飛び出す骨の大剣が、1つの島を純白の剣山と化した。




 ……訪れる静寂。




 ……途端うるさく聞こえる、雨粒の足音。




 魔力によって作られた骨の全てが霧散し、ビシャっ、と4人が地面に落ちた。


 成長を止めた大樹が縦に割れ、

 現れた太い骨が更に割れ、

 中からボトリ、とカロンが落ちる。


「……magnifice素晴らしいnt、」


 カロンは立ち上がり、目を瞑り雨を浴びる。


 ここまで追い詰められたのは、生まれて初めてだった。


 心躍る、至福の一時だった。


 この気持ちが薄れないうちに、


「……」


 ゆらりと立ち上がる血だらけの女2人に、カロンの紅い瞳が気だるげに細まる。


「「――ッッ」」


 荒い息を吐く紗命と灰音が、鬼の形相で地を蹴った、


「……貴様らではない」


 瞬間空気を裂き飛び出した骨が、2人の腹部に穴を開け吹っ飛ばす。


 追撃に生み出した戦鎚が2人を叩き潰す、直前、


「……」


 急降下してきた1匹のドラゴンが、2人をキャッチし飛び上がった。


 そのまま逃げる嘗ての奴隷を辟易と眺めながら、カロンは1本の骨槍を生み出し、射出。


「ギャウッ⁉︎」


 片翼をもがれたドラゴンが、2人を守るように身体を丸めながら海に落下した。


 カロンはそんな愚者を無視し、醜く地を這う本命を目に口角を吊り上げた。



「ま、サ、……マ、サッ」


 ボロボロになったノエルが、身体を引きずり東条に手を伸ばす


「ぅぐッ」


 も横から蹴り飛ばされ、ゴロゴロと力なく地面を転がった。


 カロンは彼女に向かって歩を進めようとする。


 しかしその足首が何かに掴まれ、止まる。


「……」


 見れば虫の息の男が、必死に追い縋って来ているではないか。


 この人間はどこまで自分を満足させてくれるのか。


 心配しなくとも、後でゆっくり食ってやるというのに。


 カロンは足首を掴むその腕を斬り飛ばし、再びノエルを目に映す。


 が、


「……ココココ、」


 またも止められる。


 ……そこには、腕の無くなった男が歯を食い込ませ、噛み付いていた。


 ……惨め。やめてくれ。美しいまま食われてくれ。


 カロンは悲しみに歪んだ瞳で東条を持ち上げ、


「ォゲェッ⁉︎――」


 腹部にゲンコツ、肋骨を粉砕し、顔面に蹴りを入れ右目を潰し吹っ飛ばした。


「……」


「……マサ、マサァぁウッ」


 這って進むノエルの足に、骨剣が突き立つ。


「……『王』よ、もっと顔を見せてくれ」


「ぅ、ぐ、ケほっ……」


 泥と血に塗れたノエルの頬を、


「ぁガっ」


 カロンは叩き地面に落とす。


 蹴りつけ、持ち上げ、叩き、切り裂き、転がるボロ雑巾の様な彼女を、死なない程度に殺し、拷問する。


 楽しい、楽しい、楽しい、楽しい!


「あぐぅ……ぅ、う」


 自分より『格』が上の存在を、失墜させ、踏み躙り、痛めつけ、嘲笑う。


 何という心地良さ、何という多幸感。


 癖になってしまう、このままでは癖になってしまう!


「コココココ!ココココっ!」


 カロンは嘗てない愉悦に頬を染め、雨の中をはしゃぎ回った。



 ――彼女は今にも途切れそうな意識の中、ずっと痛みに耐えていた。


 反撃するため?救援を期待して?


 違う。


 ただ切に、後悔と自責に苛まれて。



(ッごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ)



 心の中で、何度も、何度も、何度も何度も何度も、謝り続ける。


 ノエルのせいでマサは死ぬ。


 何も知らないまま死ぬ。


 言うべきだった。離れるべきだった。


 大切だと思うなら、離れるべきだったっ。



(ッごめんなさいっごめんなさいっごめんなさいっ)



 甘えてしまったんだ。彼の優しさに。


 何も聞かず、ずっと傍にいてくれる彼を、ノエルは利用したんだ。


 伝えていれば、


 離れていれば、


 1人でいれば、



 ……あそこで、出会っていなければ、



 ――初めてマサと出会った日。

 初めてマサと勉強した日。

 初めてマサとカップラーメンを食べた日。

 初めて人型になってマサを驚かせた日。

 初めてマサと喋った日。

 生きる目的を決めた日。

 初めてマサの泣き顔を見た日。

 初めてマサと戦った日。

 マサと一緒に旅出った日。

 初めて見て、感じて、感動して、でもたまに怒ったり、喧嘩したりして、でもずっと笑ってて。楽しくて、嬉しくて、あったかくて……っ



 ……あそこで、出会っていなければ、




 ……出会って、いなければ、っ




 ――カロンはノエルを掴んだまま、目を見開く。





 ――「……ひぐっ、ぅう、……マサぁ、まさぁっ」





 ノエルは泣いていた。初めて泣いた。


 幼い顔を歪ませ、ボロボロと涙をこぼし、泣いた。


 死ぬ覚悟は出来ていた。


 自分の運命も受け入れていた。


 ただ、ただっ、彼と別れることだけが、どうしても寂しかった、悲しかった。


 マサと、離れたくなかったっ。


 謝りたい、もう1度話したい、もう1度、彼に触れたい。



 そんな彼女の姿は、まるで初めて泣き方を知った子供のように幼く、可愛らしく、


 そして惨めだった。


「っ、っ」


 カロンは恥も外聞もなく涙を流すノエルに見惚れ、その口を快楽と愉悦に歪ませる。


 ああっ、何と美しく、可愛らしく、愛しい生き物だろうか!


 食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたぃイイイイイイッ‼︎もう我慢出来ないっ!もう我慢出来ないッ‼︎



 ……きっと今が、1番美味しい。



 ――カロンが大口を開ける瞬間、



 ――ノエルの涙が地面に落ちる瞬間、



 曇天の下、






 ……――雨が止んだ。




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