What is preparedness?

 

「ッッノエルッ‼︎」


 途端、ズラララララララララララララララララッッッッッッッと引っ込み中央に収束してゆく骨刃。


 東条は左腕に走る激痛など忘れ、倒れ込むノエルを抱き抱える。


「おい!おい‼︎」


「ケホッ、カホっ、……無事。少ししたら、治る、ェほっ」


「っ……そうか。ありがとな、助かった」


「ん」


「……」


 東条は彼女を抱き抱えたまま立ち上がり、遠方を睨みつける。


 とぐろを巻く大蛇を真っ二つにし、地面に降り立つ魔神。


 全壊した身体がジクジクと修復を始め、遂には元通りとなった。


 そんな光景に、東条は乾いた笑みを浮かべる。


 今日今この時この瞬間、自分が今まで感じてきた『死』が、どれほどぬるいモノだったのかを理解した。



「……初めてかもな。…………勝てる気がしねぇ」



 どんな困難にも、どんなピンチにも、僅かばかりの勝算があれば俺は笑えた。


 それが今はどうだ、……怖くて仕方ねぇ。



 進路も、退路すらない暗黒。


 深い深い冥府を前に、東条は強張るノエルの身体を抱きしめた。


 カロンがゆっくりと指を上げ、東条を指す。


「……you,」


「あ?」


「you,貴様は美しい。私の奴隷になれ。さすれば助けてやる」


「は?スレイブ?……奴隷か?俺に奴隷になれって?」


 沈黙するカロンを、東条はバカにする様に笑い飛ばす。


「ハッ、誰がテメェみてぇな骨の奴隷になるかよ?俺を従わせてぇなら、胸と尻に肉付けて出直して来いや⁉︎」


Then dieならば死ね

「っぶね」


 カロンは心底馬鹿にした雰囲気を出す人間に、交渉の決裂を察する。


 同時に足元から突き出した骨刃を、東条は間一髪で躱した。


「……フゥゥウ、」


 さて、どうする。魔力はもう殆ど無い。左腕も無くなった。ノエルが復活したとして勝てる見込みはゼロ。もう言い切る!ゼロだ!


 ――枝分かれし地を這う骨の刃を、全速力で走りながら回避する。


 何より野郎、遠距離攻撃持ってる上で、あえて使わないでやがった。

 攻撃を受け続けて俺らの手の内を暴き、魔力を枯渇させ、同時に遠距離が苦手というブラフを撒いて油断を誘った。自分の再生能力に絶対の自信がないと出来ない荒技だ。

 てかあの硬さと再生は反則だろ!

 死滅した細胞からも復活できんのか?

 そのくせ全身硬すぎるからノエルの技が刺さらねぇ。

 魔法はマジで使えなくなってんのか?

 どっちにしろ厄介すぎる技使ってるから関係ねぇか!

 ノエルのイヤカムもたぶん俺の電磁波で壊れた。

 応援も呼べねぇ。


 詰みだろこれ⁉︎


「ッ、べっ」


 足の置き場をしくじった、ヤバい、

 瞬間足元から木が伸び東条を骨刃から逃す。


「っノエル!サンクス!」


「ん」


 胸を応急処置したノエルが、東条の腕の中で上体を起こす。

 しかしその伏せられた瞳は、どこか陰り揺らめいている。まるで取り返しのつかないことをしてしまったかのように。


「……マサ、ごめん」


「あ⁉︎お前のせいじゃねぇだろ‼︎っと」


「違う、全部ノエルのせい。全部っ」


「「――っ」」


 射出された骨の矢を眼前ギリギリで躱した東条が地面を滑り、停止する。

 互いに睨み合いながら、ノエルをそっと地面に下ろした。


「……まだいけるか?」


「……ん」


 こんな状況にも関わらず浮かないノエルを横目で見ながら、ビースト化。


「……なぁノエルよ、オメェが何に責任感じてんのか知らねぇが、この状況に、お前と一緒にいんのが、俺の答えで全てだ」


「っ、……ん」


「……なぁノエルよ、……死ぬ覚悟は出来てっか?」


「……ん。ノエルはずっと出来てる」


「、ずっと……ずっとか、そりゃ難儀だな」


「んみゅ、」



 東条は大きな掌でノエルをワシワシと撫で、



「俺は今出来た」



 清々しく笑った。

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