2

 


 交差する意志の無い赤い瞳と、嗜虐的な暗い瞳。


「……」

「――」


 直後牛型の巨脚が大地を蹴り抜く。大角を突き出し、ロケットの如く飛び出した。


 藜は大角を軸に足を引きくるりと回り、通過途中の背中を白杖で軽く叩く。


「――ッフヴゥ」


 瞬間背骨にのし掛かる超重力。

 海老反りになる牛型はしかし、腹から落とされる前に両足を着き強引に耐え、顎目掛け左下から巨拳を打ち上げる。


 藜はバックステップで回避。


 同時に踏み込む牛型。

 振り上げた右腕を叩き下ろすも躱され、外れた拳が校庭の半分を放射状に爆砕。

 間髪入れずに突貫、豪脚を引く。


「――ッぅ、お」


 フルスイングされた回し蹴りを白杖でガード。

 藜の視界が物凄い勢いで横に流れ、次いで身体を襲う浮遊感。

 吹っ飛ばされたことを知覚すると同時に首を逸らし、迫っていた指骨を回避、

 白杖を手放す。

 横薙ぎに迫る拳に右手を添え下方に押していなし、体勢の崩れた顎、脇腹、水月を3連打、

 落ちてきた白杖を掴み先端を心臓部に当て、


「コ――


 インパクト。

 ゼロ距離で解き放たれた1点集中の重力波は、牛型の心臓部を貫通、大穴を穿ち、呆然としていた3人の真横を通り過ぎて後ろにあった校舎の1部を消し飛ばした。


「「「…………(ジワァ)」」」


「いてて、……心臓は無し、と」


「……ブルゥコココココ、」


 藜は胸部に穴が空いたまま平然と顔を上げる牛型を見ながら、折れた両手指をブラブラと振る。


 いなして殴っただけでこれだ。硬すぎる。やっぱ近接戦闘なんてするもんじゃない。


 治癒の光が彼の手を包んだのも束の間、勝機を見た牛型が一足飛びで接近する。


「ブフゥッ、フココココッ」


「何だよ勢いづいちゃって、ちょい待ちって」


 一撃ごとに起こる小規模な地震。当たれば人の身など一溜りもない。


 まぁ、当たればの話なのだが。


 藜が手を返し、クイ、と人差し指を天に向ける。


「さっきはお前の土俵で戦ってやったんだからよぉ、今度は俺に合わせてくれよ?」


 その挙動を警戒した牛型は跳躍し退避を図る。

 見えない攻撃と言えど、モーションとインパクトの間には少しのラグが発生する。


 牛型は既にその些細な隙を読みつつあった。

 いつも通り、このまま耐久力と力でゴリ押せば勝ちは揺るがない。


「――……?」


 そう確信した牛型の中に、……1つの違和感が浮かぶ。


 滞空時間が、長すぎる気がするのだ。

 跳躍してから既に数秒が経っている。


「コココココ……」


 首をひねる牛型は下を見て、ようやく気付いた。


 自身の身体が浮いていることに。

 否、自身の身体ごと、周囲一帯がそのまま空に向かって急上昇していることに。


 気づかないわけだ。何せ景色が殆ど変わっていないのだから。


 白杖に両手を乗せた藜が、その薄暗い瞳に満面の喜色を浮かべる。


 彼は空中でバタつく牛型をそのままに、白杖で地面を軽くタップ。

 途端亀裂が入り、崩壊を始める足場。


 例外なく空中に投げ出された3人が、ガクガクと声にならない悲鳴を上げる。



 ――大地は数千の巨大な瓦礫に分かれ、雲海の上、半壊した校舎や家屋が太陽を背に整然と並ぶ。



 もしここに画家がいたならば、涙を流し筆を取るだろう。そして己の無力さを知り、筆を折ったことだろう。


 何と退廃的で、荘厳な景色か。



 例えるならそこは、まさに天上の都。



「……さぁ、フィナーレだ」



 タクトの様に振られる白杖。


「ッッブルルルコッガゴッ」


 その動きに合わせ、空中に磔にされた牛型に加速したマンションが衝突した。


 轟音と粉塵が舞う中、休み無く、次から次へと建築物が踊り狂う。


 指揮者は藜。

 奏者は磔の使徒。


 奏でる曲は、グスターヴ・ホルスト作曲、惑星より、


 Jupiter


 衝突、爆音、大破、崩壊――砕け散る白骨を中心に、惑星の如く高速で周囲を旋回する瓦礫。


 藜が思いっきりタクトを振る。


 同時にボロ雑巾と化した牛型が、更に天高く飛んだ。


 成層圏を突き抜け、その無機質な赤い瞳に宇宙が映る。


 刹那、振り下ろされたタクトに連動し急降下が始まった。

 修復と同時に赤熱化を始める全身の骨。


 音速を超えるその身に追従する、果てしない数の質量物。



 ――終演。タクトが結ばれた。



「『Asgarder 天界より落 Meteorちる流星』」



 墜落し四肢が弾け飛んだ牛型の上から、降り注ぐ人工物の雨。


 その時宮崎県全域を小規模な地震が襲った。


 遠方に見える天に昇るキノコ雲に、千軸はあんぐりと口を開けるのだった。



「……クフフ、流石に疲れたなぁ」


 ふわりと着地した藜は数100mはある瓦礫の山を見上げ、後ろを振り返る。


「どうだ君達!凄かったろ?おーい?……あちゃぁ」


 全身から力が抜け切った3人が、白目を剥きながら痙攣している。何だ何だ、凄いのが良いって言うから見せてやったのに。


 そして溜息を吐く。


「……はあぁ……うし、こりゃ無理だ」


 瓦礫の山の頂上に集まる、粉砕した筈の牛型の断片達。


 これで倒せないなら、自分にこいつを殺す手段はない。


「とりあえず封印っと」


 瞬間、集まって形を成そうとする牛型を重力球に閉じ込め、その中に滅茶苦茶な重力力場を発生させる。


 くっつこうとする骨同士を無理矢理離し、簡易的な檻を作り出した。


「ん〜仕事終わったし、何しよ。ガキども届けてぇ、……適当言って観光でもするか!」


 未だ戦火止まぬ、逃げ遅れた人間がモンスターに食い殺されるそんな場所を、


 彼は子供3人と重力球をふわふわと浮かべ、鼻歌を歌いながら歩いてゆく。

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