冒険者



 ――11月03日午後12時24分。



 日本中の全調査員に召集令が下る。


 敵モンスターの総数は約1500。


 その殆どが新大陸産の個体。

 アベレージは低く見積もってLv4。


 特例を除き3級以下は援護を担当。


 3隻に『白』を確認。


 三重に2体、宮崎に1体が接近中。

 よって三重には冒険者等級、東条、ノエルを、宮崎には冒険者等級、藜を配置。


 敵船が2手に分かれたことから、挟撃の可能性大。

 予測到着地点の宮崎県宮崎市と、三重県伊勢志摩国立公園を戦闘区画とし、緊急避難命令が下る。



 ――宮崎県宮崎市海岸沿い。


 避難も終わっていない中、物々しい兵器達が首をもたげる。


「放てぇッ‼︎」


 爆音を上げ、数10発の巡航ミサイルが貨物船向けて飛び立った。


 しかしその全てが魔法と飛行生物によって阻まれる。やはり現代兵器では効果が無いに等しい。


 苦い顔をする軍隊の横、そんな景色をケラケラと笑いながら見る者が1人。


「……藜さん、笑い事じゃないですよ」


「いやすまない千軸さん。ペリー来航の時も、こんな気分だったのかな〜と思ってね」


「……」


 1人だけ緊張感の欠片も無い藜に、軍用ズボンにキャラTシャツをはためかせる千軸が溜息を吐く。お前が言うなという部下の視線に、彼が気づくことはない。


 藜はそんな千軸をチラリと見て、薄く笑う。


「……何だか元気が無い様に見えるね?大丈夫かい?」


「……大丈夫です。俺はいつだって元気です。……ただ、この戦争が終わったら、俺は軍を辞めますよ」


 千軸は吐き捨てるように藜に背を向ける。


 滅多に見ない千軸のその横顔に、千軸隊副隊長の渡真利も悲しげに目を伏せる。


「あらあら、またどうして?」


「すみません、つまらない話をしました。切り替えましょう」


 顔を上げた千軸に、藜は口をへの字に曲げついてゆく。


「え〜何でだよ?……てか、今の言葉フラグじゃね?」


「……確かに……」


 足を止めた千軸の顔がみるみる青くなってゆく。


「……え、どうしよ渡真利、俺死ぬのかも。やっぱりあのゴリラの時に運使い果たしちゃったんだよ。道理でおかしいと思ったんだっ、あの場で生き残るとか普通無理だもん!あぁあ!」


「……うるさいです隊長、喚くのは死んでからにしてください」


「ひっど⁉︎」


「くははっ、君達面白いね!」


 部下に背中を摩られ励まされる千軸を横に、藜は遠方の船首に立つ牛型の骨を眺め、


(俺の相手はあれか〜……ま、どうでもいいんだけどね)


 つまらなそうに目を逸らす。


 彼は大きく伸びをし、


「……さぁて、楽しむぞ〜」


 これから起こる予測不可能な未来をクツクツと笑うのだった。




 ――三重県伊勢志摩国立公園海岸沿い。


 空を覆うミサイルの弾幕を見ながら、東条は大きくあくびをする。


「まぁた白い奴じゃねぇかよぉ。アイツら強いからたまにでいいんだよ。あと数ヶ月くらいは弱い者虐めしてたいわったくよぉ」


「……」


 愚痴る東条の横で、ノエルは黙ったまま貨物船を睨みつける。


「でもまぁ今回は皆いるし、あんま気張らずに済みそうだな」


「……ん」


 とそこへ、


「そんなことありませんよ。こんにちは東条殿、……ノエル殿」


 全軍指揮を任されている亜門が顔を見せる。


「おお、お久しぶりです亜門さん」


「お久しぶりです。今回の戦闘は間違いなく市民街に食い込みます。未だ市民の避難も済んでいない現状、厳しい戦いが予想されます。この場所はリアス式海岸地帯、奴らにその知識がなかったことだけが救いです」


 事実凹凸の激しい海岸地帯に足を取られ、貨物船は本土への上陸に手こずっていた。


 今のうちに一般市民を戦闘区域から離脱させたいというのが国の本音だが、そう簡単にもいかないのが現実だ。10数分後には恐らく衝突する。


 だからもう少し気合を入れろ。そんな亜門の忠告を、東条は鼻で笑って返した。


「それは軍の仕事でしょ。関係ない責任俺らに押し付けないでくださいよ?」


「……市民の命を、関係ないと?」


「まぁ死んだら可哀想だけど、それだけでしょ」


「……」


「んな怖い顔しないでくださいよ。国の仕事は市民を守ること。俺ら調査員の仕事はモンスターを殺すこと。お互い手を取り合って最善尽くすのが1番でしょ」


 さも当然だと言わんばかりの表情で自分を見る彼に、亜門は目を瞑る。


「……それはそうですが、……変わりましたね、東条殿」


「え、そうすか?」


「以前の貴方なら、口先だけでも、民のためにと仰ってくれた筈ですから」


「なら俺が誠実になっただけですね」


 よっこらせ、と立ち上がり歩いてゆく東条を、亜門は諦めたように笑う。


「それとノエル殿、少しお聞きしたいことが」


「何」


「新大陸に比べ、元大陸は魔素が薄いです。あちらのモンスターが弱体化を承知でこちらに攻めてくるメリットとは何か、推測出来ますか?」


「……知らない」


「……そうですか。分かりま」


「でも1つ、そもそも弱体化って言っても、住むのが辛いだけで一時的に動くのに大した支障はない。強者なら尚更」


「……日本全体の魔素濃度が上昇していることも関係していますか?学者によると緑化地帯の影響らしいですが、」


 ノエルの瞳がス、と細められる。


「……何でそれを知っててノエルに聞いた」


「他意はありません。貴女の意見を聞いてみたかっただけですから」


「……」


「では、後程作戦内容をお伝えします。……」



 無視して去ってゆくノエルの背中を見ながら、亜門は深く息を吐いた。



 ーーそして数分後、異形の雄叫びを合図とし、両軍が激突した。

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