悪魔

 


 ボートに走る部下を横目に見るウィリアムの拳の周りが、強く波打ち始める。


「……(多少負荷がくるが、一撃で仕留める)」


「コココ――ッコ」


 異形の姿が掻き消えた、瞬間ウィリアムはぐるん、と身体を半回転させ、背後から斬りかかろうとしていた異形を完全に捉える。


 攻撃が見切られすかさず飛び退く異形だが、遅い。


「『full reflect 3laps』」


 反射間で3往復し膨れ上がったエネルギーが、拳という1点から全解放される。

 音の壁を破り、爆音を上げ、周囲を吹き飛ばす衝撃波が異形を木端微塵に破壊する。



 ――直前



「――っ⁉︎」


 ウィリアムと異形の間に何かが割り込み、衝撃波を真正面から受け止めた。



「……ブルルルルゥコココココ」



 10m程スライドした後、大きなシールド状の腕骨を下ろし、ソレは頭を上げる。


 牛の様な黒い大角。

 牛の頭骨。

 横に割れた赤い瞳。

 そしてゴツい骨だけで構築された、純白の巨躯。


「……Shit」


 ウィリアムは眉間に皺を寄せ、その目に明確な焦燥を浮かべた。


 1匹でも厄介な『白』が2匹。加えて1匹は再生持ち。

 外見から察するに、同種か。


「ブルルゥ――ッ」

「っ」


 途端地を蹴った牛型が、振り被った巨拳を叩き下ろす。


 大きく後ろに跳躍し躱したウィリアムは、そのバカげた威力に舌打ちする。

 巨拳が落ちた場所を中心に、放射状に地面が割れた。


 恐らく鹿型が速度特化。牛型が攻撃力と防御力特化。


「――シュカッ」

「……」


 接近していた鹿型の死角からの3連斬を弾き飛ばし、ウィリアムは拳を振るう。しかし空振り。

 カウンターを予測していた鹿型に見切られた。


「……」


 すぐさま突貫する鹿型。合わせ地面を蹴り砕く牛型。


 ウィリアムはずっと下げていた腕を構え、脳のリソースを全て眼前の2体に回した。


「シュココココッ」「ブルゥッカカッ」


「……――ッ」


 鹿型が高速で左右にステップを踏みながら、縦切り、横薙ぎ、

 1歩下がり低姿勢から切り上げ、振り下ろし、その純白の刀身に陽光を煌めかせる。


 ウィリアムは牛型の拳を躱すと同時に軸足を回転、

 鹿型の縦切りを半身で見過ごし、裏拳、

 躱され迫る股下からの剣骨をサイドステップで躱しジャンプ、牛型の回し蹴りに手をついて飛び越えると同時にその顔面を1lapの reflectで蹴り抜き、

 剣骨の振り下ろしを手で掴み強引に引き寄せ、


「『full reflectッ』」


 鹿型の頭骨の半分を吹き飛ばした。


「ブルカカカカッッ」

「――っ」


 しかし同時に大きく退けぞった牛型が、その反動をそのまま利用し勢いよく上半身を起こす。


 ウィリアムが迫る頭突きを咄嗟に反射で受けるも、


 バギンッッ、


 という音と共に空間が罅割れる。


 ゴロゴロゴロッと後ろ回りで吹っ飛ぶ牛型を見ながら、通過したダメージに自身も軽くよろめいた。


「チィっ」


 やはりか。的中した予想にウィリアムは苦い顔をする。

 あの牛型の膂力は、自分の反射を通過する。能力を全て奴だけに向ければ防げるだろうが、ッ


「シュ、コッッ」

「っ、」


 こいつがいる限りそれは不可能だ。

 ウィリアムは振り抜かれた刃をしゃがんで躱し、同時に脚を刈り拳を引く。

 体勢を完全に崩した鹿型の胸部に向けて、


「――ッッッ!」


 渾身の1発を叩き込んだ。


 空中で粉々に爆散し吹き飛んだ鹿型を後に、ウィリアムは大きく息を吐き、頬を触る。


「……」


 掌に付いた血。

 奴はインパクトと同時に罅割れた空間に刺突を放ち、剣骨を強引に届かせたのだ。


 反射を壊されると一定時間その空間部分での反射が使用不可になる。数秒経てば元に戻るが、奴はその弱点を看破し、試行し、結果を出した。

 学習能力が並のそれではない。


 コイツらは危険すぎる。


 とその時、


「――ブルォオオオオオオオッッッコココココッッッッッ‼︎‼︎‼︎」


「っ⁉︎」


 天を向き雄叫びを上げる牛型に合わせ、地響きが鳴り出した。


「まさかコイツら、遊んでやがったのか……」


 考えれば北と南からの大群の到着が遅すぎる。今すぐに自分達を潰せるだけの戦力を待機させたまま、俺と戦っていた?


「ふざけやがってッ」


 ビキビキと血管を浮かばせるウィリアムはしかし、次の瞬間


「隊長ッ‼︎‼︎」

「っ」


 部下の叫びに首を向ける。ボートに乗り込んだ彼らの指差すその方角。そこには、


「っ何だ、アイツは⁉︎」


 数100のモンスターの波と、先頭を走る20m級の巨人。

 ホテルをタックルでぶち壊し、その常識外の拳を振り被る姿に、ウィリアムはボートへ向かって駆け出した。


「伏せろ‼︎」「「「「「っ」」」」」


 滑り込むと同時に、頭上に能力を展開。空を覆う拳を万力で押し返した。


 バギギギギギッッッ


「ぐゥっ」

「ブォ、ア⁉︎」


 片腕が千切れ飛び、後ろのモンスターごとホテル数棟を巻き込んで派手にぶっ倒れる巨人。


「隊長!無事ですか⁉︎」


「……無事に見えるか?」


 ウィリアムは頭から血を流しながら立ち上がり、手を上げ大群を静止させる牛型を睨みつける。


 そしてその隣には、


「……はぁ、いい加減にしてくれ」


 完全復元した鹿型が並ぶ。


 心臓すら無いというのか。この物量差と白2体。もはや逃げ切ることさえ至難。


「……お前ら先に行け」


 ウィリアムはボートを海に押し出す。


「隊長‼︎」


「巻き込むぞ」


「っ……分かりましたッ」


 エンジン音を背に、ウィリアムの魔力が跳ね上がる。


 その全てを拳に集め、今自分が使用出来る範囲全ての反射で覆い、圧縮、圧縮、圧縮ッ。



 キィィィィィイイインッッ、



 という耳をつん裂く様な高音が鳴り出し、ウィリアムの拳周辺の空間が歪み、明滅を始める。


「「――コココココッ」」


 牛型と鹿型の合図と同時に、全群が雄叫びを上げ一斉に地を蹴った。


 鳴り響く地鳴りと血に飢えた獣の声。あまりに絶望的な景色に、ウィリアムの口角も思わず上がってしまう。


 ……これで無理なら、潔く負けを認めようじゃないか。


 彼は軽く笑い、引き絞った拳を突き出した。



「『――DestRect――』」



 ――刹那、景色が真っ白に染まった。


 続いて轟音が響き渡り、突風が音を掻っ攫う。


「……」



 眼前に広がるのは、切り取られた風景。幅10m、直径1㎞の更地。


 放たれたエネルギー波が、直線上の物質を根こそぎ破壊し通過した跡である。


 ウィリアムは脱力した後、右腕を持ち上げ笑う。


 肘から先が消し飛んでいた。


 当然だ。3度でも拳が痺れる反射を、数100回往復させたのだから。


「さて、さっさと逃げる、か……」


 振り返りボートを見た、






 ――瞬間、巨大な火球が現れ、自分に手を振る隊員ごとボートを吹き飛ばした。






「……は?」


 ボトボトと海に落ちる死体に放心するも、そこでウィリアムの魔力感知に何かが引っかかる。










「コッコッコッコッ」










 何も無い空中から、スー、と姿を表したソレは、笑っていた。


 そう、確かに笑っていたのだ。


 ヤギの様に捻れた黒い大角。

 ヤギの様な頭骨。

 横に割れた赤い瞳。

 純白の骨で構築された身体。


 同時に先とは違う方角から地響きが近づいて来る。


「……さっきのは、北の大群だけだったのか」


 俺が勝つことを見越して南の大群を隠してたと?そんなことが、モンスターに可能なのか?


「コココココっ」


「……You're tお前がhe ri首魁かngleader」


「……ユ、ユー?リン、rin、ココココ」


「⁉︎」


 ウィリアムは目を見開き、得体の知れない怖気に襲われる。


 加え遠方を見れば、


「……」


 抉れた更地の上、跡形も無く吹消し飛んだ2体の粉末が集合し、すでに牛型と鹿型の下半身を形作りつつあった。


 こんなもの、もうやってられるか。


「……すまないお前達。許せ」


 片腕を止血したウィリアムは、足裏に反射を展開。弾丸の如く海面と平衡に飛び出し逃走を図った。


「ふぅっ、ふぅっ」


 不安は尽きないが、まずは新大陸で身を隠し、怪我の回復を待つ。それから奴を殺す。この手で、必ず殺すッ。



 彼は憤怒の炎で顔を歪ませながら、敗走した。

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