這い寄る恐怖
「…………フシュゥゥゥコココココ……」
……その外見を1言で表すなら、骨。
筋肉や皮膚すらない、純白の骨で構築された、おおよそ生物とは思えない身体。
鹿の様な頭骨。
そこから生える黒い大角。
両手から伸びる鋭利な剣骨。
そしてそこに刺さった、部下数人の頭部。
「……」
ウィリアムの鷲の様に鋭い瞳と、異形の山羊の様な赤い瞳が、交差する。
刹那
「――っ(……速い)」
「――?」
飛び散る白砂と残像を残し、ウィリアムの盾に2つの斬撃が刻まれた。
異形は首を傾げ、弾かれた己の剣骨を見つめる。
近くのモンスターを両断し切れ味を確かめた後、再び地を蹴った。
「コココココッ、ッッッッッ」
「……」
全方位から途轍もない速度で浴びせられる斬撃の中、ウィリアムは思考する。
速度は敵の方がやや上、防御力はこちらが上、反射をものともしていないところを見るに、全身の骨の硬度はかなりのもの。脅威は速度故の手数。だがこの程度なら俺の知覚限界を超えることはない。
弱点は……、
「……探すか」
ウィリアムは振り抜かれた腕をガシッ、と掴み、
「『full reflect』」
敵胸部に向けて横薙ぎに拳を放った。
コンマ数秒の内、ウィリアムの拳のインパクトが反射間で1往復。その威力を数倍に増し、異形の胸部に到達。
瞬間、
「――ッ、コ――」
異形の身体がくの字に折れ、物凄い速度でぶっ飛び施設の1部を崩壊させた。
ウィリアムが地を蹴る。2歩目の足裏に反射をぶつけ、超加速。起き上がろうとしていた異形の顔面を、間髪入れず再び大地に踏みつけた。
馬乗りになり、拳を振り上げる。
異形は抵抗に剣骨を振り回すが、直撃する前に全て弾かれてしまう。
「『full reflect』」
脳天直下。振り下ろされた拳が地響きを立て、異形の頭骨が大地にめり込む。
「『full reflect』」
コンクリートに亀裂が走り、頭骨の周りの地面が吹き飛ぶ。
「――っ――っ」
ウィリアムは表情1つ変えず、ただ淡々と、両の拳を振り下ろし続ける。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ、
「カ、コ、」
ゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッ
「コ……ガ……」
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンッッッッ
「………――」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
轟く爆音。
爆砕する地面。
土煙がキノコ雲を作り、隣接するホテルが崩れ倒壊する。
モンスターの群れは思わず足を止め、部下達は相変わらずだと笑う。
これがWilliam Long。辺境の地、1人で民を束ね、守り続けている男の姿。
紛れもない、人類最強の一角である。
「…………ふぅ」
とうとう感触がなくなった頃、ようやくウィリアムは拳を止める。
拳の下には、粉末状になった頭骨といくばくかの血痕。もはやそこに生物の原型は無くなっていた。
(脳はあったのか?見忘れた)
彼は立ち上がり、ほぼ制圧済みのビーチと既に海に出ている3隻の客船を見ながら、無線機を取り出す。
「俺だ。北と南の様子は?今どの辺りだ。…………おい、」
返答のない無線機に一抹の不安が過ぎるも、報告のあった大群がまだビーチに到達していないのだから、足止めは成功しているはず。
監視部隊が殺されたのは痛いが、作戦に支障はない。
「客員、すぐにボートに乗れ!客船と合流す」
――その時だった。
「――っ、な……」
避難民達の乗った客船3隻が大爆発を起こし、炎上、海に沈んでゆく。
今の一瞬で、護衛隊員と保護対象が全滅した。
ウィリアムは額に青筋を浮かべながら、無線機を握り潰す。
どういうことだ?船に接近する敵生態がいればすぐに連絡が入るはず。それに護衛に乗せていた部下は部隊のNo.2と3だ。長年共に戦ってきたアイツらが、連絡も寄越さず遅れを取るなんてことは考えられない。
それ程の強敵か、もしくは遠距離による攻撃。
どちらにせよ自分なら防げる。このままでは挟まれて全滅。海に出る以外に選択肢はない。
「ッ狼狽えるな‼︎ボートに乗れ‼︎」
放心する部下に喝を入れた後、ウィリアムも走り出そうと1歩を踏み込み、……しかしそのまま足を止めた。
「…………頭部じゃなかったか」
ゆっくりと振り返り、立ち上がった首無しの異形を睨みつける。
しかし次の瞬間、ウィリアムは今日初めてその顔に驚きを浮かべる。
「……何だと?」
無くなった筈の頭部が、時間を巻き戻す様に再生してゆくのだ。
木っ端微塵に粉砕した頭骨の欠片が周囲から集まり、遂には完全に元通りとなった。
「フシュゥゥゥコココココ……」
「……」
いよいよ時間がマズい。
這い寄る様な、言い知れぬ不安と恐怖を前に、彼は再び拳を握った。
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