ハイネのお仕事
――都内某所、撮影スタジオ。
多くのスタッフがテキパキと準備をしている中、本日の主役が登場する。
「……おはようございまーす」
若干緊張気味にドアを押し開けた灰音は、笑顔で挨拶をしながらメイク室へと足を運ぶ。
個室のドアを閉めた後、小さく息を吐いた。
先にいたメイク担当の女性が、微笑みながら化粧品入れを開く。
「緊張してる?」
「あはは、はい。少し」
灰音は鏡の前に座り、苦笑する。
今日はモデルとしての撮影の仕事だ。ボスさんからいきなり表紙を任されるという話を聞いた時は流石に少し怖気付いたが、せっかく持ってきてくれた仕事なのだ、ちゃんと果たそうと決めてここに来た。
アイドルとしてステージに立つ前に、多方面に手を出し過ぎて爆発しそうだが、まぁ正直楽しいから良いとする。
「いきなり表紙なんて凄いじゃない?」
「プレッシャー半端ないですけど、」
「堂々としていれば良いのよ。ハイネは主役なんだから」
「はい。頑張ります」
彼女はパックを付け、ヘアメイクをしてもらいながら気合を入れる。
それに今日はあの人も来てくれるのだ。中途半端な姿は見せられない。……やる以上、本気だ。
「……(お、良い表情)」
灰音は深く呼気を整え、ハイネとして鏡の中の自分を見つめた。
――「いいね」
ラフな部屋着の衣装を着たハイネが、ゆったりと伸びをする。響くシャッター音。
「オーケー。じゃあ次眼鏡掛けて、本読もうか」
「はーい」
マル眼鏡をかけたハイネが、深い椅子に腰を下ろし本を開く。
まるで本当に読書に耽っているような、周りの人間をいないものとして振る舞う彼女の完璧な溶け込み具合に、思わずスタッフも唸ってしまう。
「……彼女、凄いですね(ボソ)」
「うん。自分の世界を作るのが本当に上手い。……今日が初めてなんだってね(ボソ)」
「はい」
「……藜さんが推してきただけあるな〜」
監督は笑う。
いきなり表紙を実績もない新人の子に任せたいなんて話が来た時は、流石にキレそうになったが、ハイネという女性の壮絶な経歴に興味が湧き承諾したのだ。
その結果思わぬ原石を見つけることが出来たのだから、やはりあの人の見る目には敵わない。
監督はパソコンに映る何枚もの写真に頷き、そういえば、とスタッフに尋ねる。
「もうそろそろ彼らが来る頃じゃない?」
「はい。今着いたと連絡があったので、スタッフを向かわせてます」
「私も会うのは初めてだからね。ちょっと緊張するよ」
「たぶんここの全員そうですよ」
スタッフが苦笑する。とそこでスタジオのドアがゆっくり開き、灰音の瞳がパッと輝いた。
「おはようございまーす。東条です」
「灰音ー、よっ」
「よっ、ノエル」
「おい挨拶しろ。ったく、すみません」
「あはは、元気で良いじゃないですか」
スタスタと走ってゆくノエルに頭を掻き、東条は監督と握手をする。
「今回は見学許していただいて有難うございます。邪魔はしませんので」
「構いませんよ。何なら東条さんも撮ってきます?」
「俺なんかじゃ映えませんよ」
お互い笑った後、東条は灰音に近づきノエルを引っぺがす。
「桐将君も、来てくれてありがと」
「お前の初仕事だ、そりゃ見にもくる。……てか、ちゃんとモデルみてぇだな」
「ちゃんとって何だよ〜、今の僕はモデルだよ?」
「へいへい。まぁ見てっから、頑張れよ」
「ガンバ」
「うん、2人ともありがと」
監督はそんな何気ない1シーンにシャッターを切る。自然に出る灰音の柔らかな笑顔に、監督も頬を緩めた。
ふわふわのパジャマで寝っ転がるハイネ。
秋らしい服装と小物を揺らし微笑むハイネ。
スーツとジャケットを羽織り、髪をオールバックに纏めクールに決めるハイネ。
東条とノエルは普段見ない表情の彼女を前に、素直に感心する。
「ポーズごとに衣装変えて、化粧して、髪型変えて、撮影って大変なんすね」
「そうですね〜、雰囲気変えていかないと、どうしても単調になってしまいますから」
なるほど〜、とカッコいいハイネを見ていた東条の裾が、クイクイ、と引っ張られる。
「どした?」
「ノエルも撮りたい」
「お前なー邪魔しないって約束だろ?」
頬を膨らますノエルを見て、監督含めスタッフも思わず笑ってしまう。
「次が表紙の撮影なんですけど、……もし宜しければ、彼女とノエルさんのツーショットでいきますか?」
「ん!」
「え⁉︎いやいや、いきなり来てそんなこと」
監督が振り向き、撮影の終わったハイネに声をかける。
「次のポーズ、ノエルさんも一緒に撮りたいって言ってるんだけど、どうする?君が顔だし、選んでいいよ」
「ノエルと⁉︎あははっ、最高じゃん。一緒に表紙飾っちゃお?」
「ん!」
意気揚々とメイク室に案内されてゆくノエルとハイネを目に、東条は何だかんだ言いながらも若干楽しみに待つのだった。
そして数分後、
緩くウェーブを巻いた髪に、薄くあどけない化粧をして、可愛らしいネグリジェを羽織った2人が、ベッドに座り頬を寄せ合いカメラに目線を向けていた。
リップで艶を出した唇、とろけた瞳、幼げな表情ながらどこか色気を感じる2人に、その場にいた全員が唾を飲んだ。
まさに神の造形美。キュートとエロスの調和。
「……」
「……」
目の前の至高に言葉などいらない。
東条と監督は、無言で固く握手を交わした。
その後発売された雑誌は、ハイネファン、ノエルファンの間で爆発的な話題を呼び、多すぎる要望により即大重版、完売を繰り返す伝説的な雑誌となった。
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