水族館



「わ〜〜、お魚さんだ〜」


 春野家長女、春野 花が見上げる先には、一面のガラス天井が広がり、その中を悠々と魚の群れが泳いでいる。


 母、春野 蕾に車椅子を押されながら、佐藤は横を歩く巨漢に頭を下げた。


「今回は誘っていただいて有難うございます」


「いえいえ、私も楽しんでもらえているようで何よりですよ。ね〜、蕣ちゃんも楽しいよね〜」


「キャッキャっ」


 巨漢、もとい加藤の腕の中で、ベビー春野 蕣がケラケラと笑う。そんな微笑ましい光景を見ながら佐藤と蕾が笑い合っていると、


「ンゴっ」「ピャア!」


「わっ」


 曲がり角から出てきたデカいアザラシとペンギンに驚き、花が尻餅をついた。


「こらこら、お客様を驚かせちゃダメでしょう。大丈夫ですか?」


「うん、ちょっとビックリしただけ」


「すみません。紹介します、こちらはうみちゃんとだいち君です。当水族館の警備と施設管理を任せている仲間です」


「アザラシさんとペンギンさんが⁉︎」


「面白いでしょう?」


「面白い!」


「ンゴっ」「ピャア!」


 館内でも人気者なのか、他のお客さんも彼女達の周りにわらわらと集まってくる。


 佐藤はうみちゃんでロデオする花を笑った後、どこか嬉しそうな加藤に目を移す。


「加藤さんは凄いですね。こんな水族館を作ってしまうなんて」


「私の夢でしたから。……そのために生き足掻いたようなものですしね」


 加藤はキラリと光る自分の頭を撫でる。


「そういえば、加藤さんも池袋出身だったんですよね?」


「そうなんですよ!私も聞いた時驚きました」


「私達、結構近くで戦っていたんですね」


「いやはや、もっと早く出会いたかった」


「間違いないです」


 笑う加藤は抱いている蕣を蕾に渡し、ベンチに腰を下ろす。


「懐かしいです。佐藤さんが最初に戦ったモンスターはどんなのでした?」


「私は大きなカラスの群れでしたね。自分の目を疑いましたよ」


「分かります。私達のような人間は、ファンタジーとは縁遠いですからね。当然のように受け入れてるマサさんを見て、私がおかしいのかと」


「いえいえ、東条君がおかしいだけです。加藤さんは正常ですよ」


「ですよね」


 2人は談笑しながら缶コーヒーで喉を潤す。


「しかし、今の私はマサさんのおかげであると言っても過言ではありませんから。彼には感謝しています」


「そうですね。感謝しかありません」


「佐藤さんも助けられたことが?」


「それはもう何度も。私なんて泣きべそかいてるだけのヘタレでしたから。その度に価値観の違いで何度ぶつかったか」


「マサさんと衝突してたんですか?いやはや恐ろしい」


 驚く加藤に佐藤は苦笑する。


「私はあくまで仲間を、彼は自分を優先していただけです。それでも一応うまくやれていたので、人間をとは不思議なものですよ。……自分勝手な人ですけど、結局助けてくれるんですよね」


「ツンデレというやつでしょうか?」


「恐らく」


「「ハハハっ」」


 温和そうに見える歴戦の中年達は、嘗ての思い出を笑い飛ばすのだった。


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