28話 戦闘狂よ大炎を抱け

 


 ――健気な女達が、文字通り殺し合いを始めた頃。


 爆音轟く森の中、男2人は静かに睨み合っていた。


「……で?何?」


 東条は溜息を吐き、頭を掻く。


 大男は外套を脱ぎ捨て、黄金の鬣を風に揺らす。

 現れたのは、自分の数倍は鍛え抜かれ膨れ上がった、美しい筋肉を武装した隻腕の獣人。


 ……ライオンの獣人か。東条はポキポキと首を鳴らし、これから始まるであろう戦闘に備え魔力を纏う。


「……今まで、楽しかったか?」


「……あ?」


 獣人が、獣が唸る様な低い声で尋ねる。


「今日まで、お前は楽しく過ごせたか?」


「……あ〜、被害のあった地域の遺族か何かか?さしずめ救ってくれなかった俺に復讐しようってか。はっ、くだらねぇ」


「……口が悪いな」


「ほっとけやカス」


 東条は何故かシュン、となる獣人を鼻で笑い、ポケットに手を突っ込み歩き近づいてゆく。

 黄色い瞳を見上げ、凶悪な面でガンを飛ばした。


「なぁ、これでも俺ぁ相当我慢してんだ。今すぐ頭地面に擦り付けて謝るってんなら、残ってる腕1本で許してやるよ?俺は優しいからなぁ」


「……ことわ――ッ……」


 鈍い衝撃音が鳴り、獣人の顔が横を向く。

 東条は振り抜いた拳を再びポケットに納めた。


「タフだな、でも次はねぇぞ?おら、腕落とせ」


「……軽いな」


「あ?」


「……手加減する必要は」


 獣人は唇についた血を舐め、


「――ないッ」


 笑った。


「――っ⁉︎」


 ガードに出した漆黒が弾け飛び、咄嗟に腕を十字に組みガードするも殴り飛ばされトレントを数本へし折る。

 東条は若干驚きながらも、折れた幹に手を着き立ち上がった。


「……はぁぁ、自殺希望ですか?他所でやってくれよまったく」


「自殺希望ではない」


 折れたトレントを片手で放り投げ歩いてくる獣人を目に、東条は仕方なく全身を漆黒で武装しストレッチする。


「お前の拳はそんなものか?それとも女にかまけて鍛錬をサボってたのか?っガッカリだぞ東――ッ⁉︎」


 東条はベラベラ喋る獣人に急接近、お返しとばかりにガードの上からぶん殴り飛ばした。


 トレントが軒並みへし折れ吹っ飛ぶ。

 獣人は木の残骸をベッドに、東条に向けてジト目を送った。


「……話は最後まで聞け」


「口上とか、いつの時代に生きてんだお前?」


「特撮見て育たなかったのか?」


「ヒーローもライダーも、変身の最中にぶっ殺しちまえば終わりだろ」


「……悪役側の思考だな」


「俺が悪役?世のため人のために尽くしているこの俺が?」


「鏡って知ってるか?便利だぞ」


「……ククっ」


「……フフっ」



「「――ッ‼︎」」



 お互い獰猛に頬を吊り上げ、瞬間、地を蹴り砕いた。


 東条は全身を捻り豪腕を振り抜く。獣人は全身を捻り豪腕を振り抜く。


「「ッッ⁉︎」」


 東条の顔面の漆黒が弾け奥歯が飛ぶ。獣人の顔面に直撃し牙が飛ぶ。


 東条はすかさず拳を引き、顎を抉るアッパーを放つ。


 獣人は加速する前の拳を上から押さえ、同時に左回し蹴りを放つ。


 右手でガード、半回転、東条は軽く腰を捻り、解放。後ろ蹴りを分厚い胸板に叩き込んだ。


「――ッハハ!重いな!」


 しかし獣人は脚爪を地面に食い込ませ、1メートル程スライドしただけで停止、瞬間大型獣が誇る豪脚を弛ませ突貫、残像と化した右回し蹴りに空気が唸った。


 東条は輪廻を発動、辛うじて追いついた動体視力で漆黒を合わせる。


「――ッッぐ⁉︎」


 も一瞬でぶち抜かれ再び吹っ飛ぶ。地面に黒腕を突き立て減速する、と同時に獣人の足元に漆黒を展開、接近しようと踏み込んだエネルギーを吸収。着地からの突貫。


 そして、


「『Beast』」

「――ッ」


 獣人の巨体を上回った漆黒の巨獣の豪腕が、地面を削りながら破壊的な衝撃波を撃ち出した。直線上の森林が大地ごと抉れ、土塊が空に舞う。へたな生物なら原型すら残らないその禿げた1本道に、


 ……しかしその獣は2足で立っていた。


 東条は丸い目を細め、トラバサミ型の口を開く。


「……おいおいおい、マジか」


 獣人は身震いで砂埃を払い、崩れた髪を掻き上げ、心底楽しそうに凶悪な口を歪める。


「ェホっ、……フハっ、っハハハハッ!」


「……」


「流石に効いたぞ!昔の俺なら間違いなく消し飛んでいた。成長したな東条‼︎」


「あ?」


「お前とは、結局本気で手合わせ出来なかったからな。俺は今、嘗てない程にワクワクしているっ」


「何言って、っ……」


 獣人の鬣がゆらゆらと揺れ、彼の周りだけ景色がぼやけ始める。


 見間違いではない、確実に景色が歪んでいる。急激な温度の上昇……陽炎だ。

 東条は口をつぐみ、地面につけていた巨腕を持ち上げる。


「……」


「……ここからは、本気の殴り合いだ」


 途轍もない熱気に揺れる鬣と右腕が炎に包まれ、周囲に火の粉が舞う。



「あの時の分まで、楽しもう」



 牙を剥き出し笑った獅子


「――勝手にやってろ」


 の言葉など完全に無視し、1足で接近した東条が拳を振りかぶる。


 しかし次の瞬間、


「――ッッ⁉︎⁉︎」


 右肩の漆黒が爆ぜ、高熱と衝撃を感じると同時に身体が横にぶっ飛んだ。何が起きた⁉︎地面をバウンドしながら東条は驚愕する。キメラの攻撃すら防ぐ数100層の漆黒が、一撃で消し飛んだ。


「っふぅぅ……」


 東条は鎧を即修繕し体勢を立て直す。顔を上げた先に見えたのは、


 無かった筈の左肩に生えた、紅蓮の炎腕。……なるほどあれで殴られたわけだ。


「ハッ、器用なこった」


「お前の漆黒は、吸収と放出を同時に行えないんだったな。このレベルまで来てようやく見えた」


「…………テメェ、マジで何者だ」


 東条の目付きが変わる。その秘密を知っているのは、今はノエルだけだ。


「まだ気づかないか、少し悲しいぞ。……まぁいい、お前に勝った後教えてやるさ」


「俺に勝つ?かせや猫が」



「「……」」



 ――刹那、大地が爆ぜた。


 東条の振り抜いた黒腕、


 を超低姿勢で突っ込んだ獣人は躱しざまボディブロー、


 を東条は左手で受け止め掴み右掌を捻り掌底、


 を獣人が炎腕で殴りつけ衝撃波と爆炎が衝突、足場が消し飛ぶ。


 爆風の中逃げられないよう互いに片腕を掴み、着地。


「「――ッッッッ‼︎」」


 殴る殴る殴る躱す殴いなする掴む躱す殴るいなす躱す殴る蹴る蹴る躱す殴る蹴るいなす躱す弾く殴る躱す殴る掴む蹴る殴る弾くいなす掴む殴る躱す殴る躱す蹴る躱す弾く弾く弾く弾く殴るいなす躱す蹴る蹴る殴る蹴る弾く蹴るいなす躱す弾く殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る


「ッハハハハハッ!楽しいな東条ッ⁉︎」


「ッ怖ぇよッ⁉︎」


「ッ池袋から出た後どんな旅をしたんだッ⁉︎楽しかったかッ⁉︎」


「ッ動画みろや‼︎たりめぇだろッ‼︎」


「ッ何よりだッ‼︎あの白い子はお前の子かッ⁉︎」


「ッチゲぇよ⁉︎何なんだお前⁉︎イかれたファンか⁉︎サインなら後にしてくれッ‼︎」


「ッそれはぜひ欲しいなッ‼︎」


「ッッ」


 獣人が炎爪を振り上げ漆黒に5本線を刻む。


「ッあの美人はお前の彼女か⁉︎紗命がブチギレていたぞッ⁉︎」


「ッさ⁉︎な、あぁッ⁉︎」


「っゴッフ⁉︎」


 東条の砲弾の如きボディが巨体をくの字に曲げる。


「何だお前⁉︎誰だ⁉︎」


「ッッ俺の格闘術は役に立っているかッ⁉︎あの日のゴブリンキングはどうやって倒したんだ⁉︎いつまでもウダウダ後悔してないだろうなッ⁉︎」


「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」


 獣人の左フックが漆黒の右半身を吹き飛ばす。東条の右フックが顔面片側の牙を根こそぎ吹き飛ばす。



「ッ夢は叶えたか‼︎東条桐将ッ⁉︎」



「――ぁ、お」


 同時に踏み込み、


「――ッッッ‼︎⁉︎⁉︎」


「『――獅子紅蓮ししぐれんッ‼︎』」


 黒拳と炎拳が衝突。指向性を持った極大火炎放射が衝撃波ごと東条を呑み込み、消し飛ぶ風景に乗せてその肢体を運び去った。


 直線500mが炭化し、ドロドロに溶け赤く熱を持つ。


「…………」


 焦げた煤の臭い。

 遠くで鳴り響く戦闘音。

 揺蕩う雲。


 東条は漆黒の修繕も忘れ、口を開け倒れたまま空を見ていた。


「どうした、この程度か?」


 東条は口を開けたままバッ、と上半身を起こし、ニヤニヤと笑う獣人を見る。


 そこには確かに、彼の面影があった。


「…………本当に、」


「ようやくか、もう少し早く気づいて欲しかったぞ」


「あおっ、葵さんなのか⁉︎本当に⁉︎どうやって⁉︎」


「サプライズというやつだ」


「っ」


 獣化を解いた葵獅の姿に、東条は目を見開き固まる。


 そこに立っていたのは、間違いなく嘗ての、いや、嘗てよりも凛々しく、逞しく、更にデカくなった筒香葵獅だった。



 筒香 葵獅――Beaster獣化系 model Leo 『RegulusレグルスAureoleオレオール』――




「う、うぅ、うぇ〜ん」


 東条はプルプルと震えながら手を広げ歩き出す。


「おっと待て」


「ぅぇ?」


「俺は今日、お前と手合わせするために来た。続きをやろう」


「嘘だろお前?」


 掌を突き出し再び炎獣化する葵獅に、東条は唖然と固まる。


「え、感動の再会だよね?なんかもっとこう、あるでしょ‼︎」


「さあ来い!」


「イかれてるよこいつ⁉︎」


 猛烈に湧き上がってくる、嬉しいと懐かしいとかよく分からんごちゃ混ぜになった感情に、東条は思わず笑ってしまう。


 再び纏ったBeastに、白い線が走る。


「フフっ、グス、アハハハッ!」


「ハッハッハッ!」


 瞬間、四肢で地面を粉砕し2匹の獣が飛び出した。


 振り下ろされた両拳を躱した葵獅が首に噛みつき張り倒す。


 東条は片手で葵獅の顔面を鷲掴みにし、無理矢理引き剥がし地面に叩きつけた。大地が放射状に罅割れ陥没する。


 葵獅は顔面をめり込ませたまま自分を押さえつける腕を掴み、引き寄せると同時にストレート。


 大口を開けた東条が拳に噛み付き威力を殺す。が瞬間内側から爆発し頭部が吹き飛んだ。


「アッツ‼︎」

「ッ」


 葵獅の腕を掴み数度地面に叩きつけた後、マンション目掛けぶん投げ跳躍、衝撃波で加速しライダーキック。倒壊爆散。


「フンッ‼︎」

「っ⁉︎」


 キックを掴んだ葵獅はそのまま東条を地面に叩きつけ、腹部目がけ炎拳を落とし、瓦礫ごと大地を爆砕。漆黒を半分吹き飛ばし、隣のビル目掛け蹴り飛ばした。


 窓をかち割りオフィスに転がった東条は飛び起き拳を構え、飛び込んで来た葵獅を20階下まで殴り落とす。


 東条は上から、葵獅は下から、拳を引き絞り、



「――ッォルァアアッッ‼︎」「『獅子紅蓮ッッ‼︎』」



 瞬間、床を縦にぶち抜いた衝撃波と爆炎が衝突。数100mはある高層ビルが木っ端微塵に吹き飛んだ。


「ダハハハハッ!」

「フハハハハッ!」


 瓦礫の雨が降る中、傷だらけになった2人は着地し、血混じりの唾を吐き捨て笑う。


 こんなに楽しい戦いはいつぶりか。死を伴う悦楽ではない、信頼と、同格の興奮。



 もっと、もっと、今の自分を見せたいッ。




「……火装『火之迦具土神』」



「……蒼炎『火天アグニ』」




 東条の纏う漆黒が赫い輝きを帯び、大地が沸騰を始める。

 葵獅の纏う炎が美しい蒼色に変わり、大地が沸騰を始める。



 2人が立っているだけで周囲のトレントが炎上。


 局所的な急激な上昇気流により天気が変わり、雲が発生。



 チリ、と空気が焼ける音がした、



「「――――ッッ‼︎‼︎」


 ――刹那、



「はいそこまで」



「あ⁉︎」「む⁉︎」


 途轍もない重力により周囲一体の地盤が沈み、飛び出そうとした2人の足が数㎝地面に埋まった。


 上を向けば、ふわふわと浮かんでいるのは此度の招待主だ。


「……何で立ってられるの君達?こわ」


 東条がそいつに向けて火炎放射を吐くが、届く前に押し潰される。


「っテンメェ藜ァ‼︎今までどこにいやがった⁉︎」


「……藜、今いいところなんだ。邪魔するな」


「良いところじゃないよまったく。これ以上はダメ、池袋無くなっちゃうから」


 霧散した超重力に顔を顰めながらも、2人は武装を解いた。


 東条はオラオラと降りて来る藜に詰め寄る。


「んで、こりゃ何だ⁉︎お前が仕組んだのか⁉︎ぁあ⁉︎」


「え、嬉しくなかった?」


「バッカ嬉しいに決まってんだろ⁉︎ありがとよ‼︎」


「クフフ、マサのそういうとこ、好きだぜ?」


「キメェ失せろ」


 東条の悪態をスルーした藜は、そう言えば、とわざとらしく指を立てる。


「こっち側は葵獅だったわけだから、もう片方が誰なのか、鈍感なマサでももう分かるだろ?」


「あ?」


「ほら、ブローチつけてた子」


「っまさか!」


 一瞬笑顔になった東条の顔が、ニヤニヤと笑う藜とは反対にみるみる青ざめてゆく。


「………………嘘だろおい、」


 今自分が思いつく限り、世界で最もぶつけちゃいけないのがあの2人だ。東条の顔から完全に血の気が引く。


「速く行った方がいいんじゃない?」


「――ッッ‼︎‼︎」


 脚を雷装化した東条が、残像を残しその場から消えた。



「……藜、お前大分趣味悪いぞ」


「クフフ、あっちはお前達の比にならねぇくらいやばかったぜ?」


「……」


「楽しめたか?」


「まぁな」


 藜は満足げな葵獅を連れ、焦り散らかす東条を追うのだった。

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