27話 狂い咲くまま恋せよ乙女
――あなたは優しいから、寄り付く虫は僕が払わなきゃ。
あなたの目に映るのは、うちだけでいい。
僕
あなたには、 以外何もいらない。
うち
トレントが宙を飛び、大地が抉れ、巻き込まれたモンスターが爆発四散する中、2輪の花が舞い踊る。
瓦礫の上に着地した灰音が、見下すように笑った。
「もうちょっとコンパクトにいこうよ?知らないの?桐将君はガサツな女が嫌いなんだ」
「……ふふふ、負け犬がキャンキャン鳴いとるわぁ。どないしたん?お腹空いたん?」
外套を脱ぎ捨てた紗命が、見下すようにニッコリと微笑む。
「あははっ、自分のことよく分かってるじゃん。……え、僕に言ったの?冗談は存在だけにしてくれよ」
「あら、うちが負け犬なら、よその女に負けた挙句、力技でしか彼を手に入れられへんかったあんたは何なん?寄生虫?そやな、あんたは寄生虫やわ、それも真っ黒に汚れたなぁ」
「ブーメラン刺さってるけど痛くないの?あ、そっか、死人だから痛覚ないのか〜。頭の中にまで侵食して、ネチネチ束縛してた寄生虫が何言ってるんだい?」
「無理矢理彼の想いを引き留めてる気分はどや?怖いやろぉ?精一杯自分を飾り付けても、その醜く腐った中身までは誤魔化せへんわぁ。きっと能力を切ったら見向きもされへんのやろなぁ。可哀想になぁ」
「うわぁ、健気だなぁ。自分を忘れて欲しくなくて、定期的に連絡を送る女みたいに健気で、すっごい痛々しいね。そんな君に朗報だ!桐将君はもう君のことなんて何とも思ってないよ。ほら、今までと同じように見境なくそのキュートな尻尾振りに行きな?」
「生憎他の殿方の味は知らんくてなぁ。あんたは経験豊富そうやさかい、桐将にけったいな病気移してへんか心配やわぁ」
「ゴーストってモンスターだよね?あ、だいぶ臭うしゾンビの方か。どっちにしろ討伐対象だね」
「あんた程度なら市販の殺虫剤で十分そうやなぁ」
「ふふっ」
「ふふふ」
――瞬間、互いの頬に互いの拳がめり込み両者共に吹っ飛んだ。
「乙女の顔を何だと思っとるん?」「ハハッ、いきなり顔なんて酷いじゃない、かッ!」
灰音は飛来する水槍を軽く躱し、足元から噴き出した激流を踏み潰し地面ごと吹き飛ばした。
「野蛮やなぁ。品性に欠けるわぁ」
一瞬で肉薄した灰音の回し蹴りをしかし、紗命は自身の周りに浮かべた水の盾で防ぐ。
正拳突き、肘打ち、掌底、一撃で盾は吹き飛ぶが、次の攻撃よりも速く再生する。
紗命は届かない連撃を鼻で笑い、盾を変形させると同時にからぶった腕に巻き付かせた。
「よっ」
灰音は腕を握り潰そうとしてきた水の縄を逆に引き千切り、そのまま拳と足を引く。
「『鳳仙花』」
「っ」
突き出された掌底は盾を壊さず、浸透、貫通、紗命の後ろの瓦礫を粉々に吹き飛ばした。
「ケホ、ケホ、変な感触やわぁ」
紗命はお腹を摩り、距離をとった相手を睨む。
「……頑丈だね君(殺すつもりで打ったんだけどなぁ)……」
灰音は自分の手を見る。……煙を上げる右手。外傷は無し、痛みも無し。問題はない。
その反応を見て紗命はガッカリする。
「頑丈なのはあんたもやろ?ゴキブリなん?」
「……君のは、毒か」
「……あんたのこれ、うちが思っとったのよりだいぶ危険やなぁ」
灰音は納得した。
桐将君に洗脳を掛け、牽制し、長い間水面下で戦っていた者同士、前々から相手の能力には当たりがついていた。
自分のcellは感情にアプローチをかけ洗脳する。
比べ、あの女は記憶や精神の混濁からアプローチをかけていた。同じ洗脳でも、手法も角度も全く違う。互いにガードは出来ても、力技で完全に消せなかったのはそのせいだ。
そして彼女の、彼女達の推測は間違っていなかった。
黄戸菊 紗命――
麻痺、火傷、溶解に留まらず、記憶や精神混濁といった深層意識にすら影響を及ぼす劇毒。
黒百合 灰音――
感情という、人間を人間たらしめる根源的性格を操る、理不尽極まる悪徳。
「……君は、こんな危険な代物を彼に投与したのか……。それが想い人にすることかい?」
「……あんたは、彼の心を無理矢理捻じ曲げたんやなぁ。……それが想い人にすること?」
灰音の額に青筋が浮かび、拳に血管が走り、バチバチと魔力が明滅を始める。
紗命の額に青筋が浮かび、水魔法が毒々しい赤紫色に変色し、バチバチと魔力が明滅を始める。
「「……殺す」」
――刹那、灰音の姿が掻き消えた。遅れて地面が陥没。瞬も許さぬ速度で紗命に接近、拳を振りかぶる。
紗命は振り下ろされる拳を猛毒の激流で受け流し、指を振る。防御形態をとっていた毒水が極細の針状に形を変えた。
地を蹴った灰音は、襲い来る数100の凶針を速度だけで振り切る。左と見せかけて右、急加速から急停止、あらゆるフェイントを織り交ぜ、針穴を通すが如く駆け回る。
反転、踏み込み1歩――地響き、2歩――亀裂が走る、3歩――地面が爆ぜた。
「『ッ
「――ッゥグ⁉︎」
弾丸すら置き去りにする速度で突貫。数層の毒の盾を一瞬でぶち抜き、怨敵の腹に飛び蹴りを食らわせた。
吹っ飛んだ紗命は口に血を滲ませながら空中で回転、両掌を叩き合わせる。同時に飛び散った毒が収束、凝固、忌敵の身体を拘束。
「『ッ
「――ッカっハ⁉︎」
超高水圧で叩き出された毒の砲弾が灰音の腹にめり込み、その身体を拘束具ごと吹き飛ばした。
両者同時にトレントをへし折り民家を倒壊させ停止、
「「――ッッ」」
瓦礫を殴り飛ばし立ち上がる。
「ゲホっ、蚊でもとまったんかと思ったわぁ‼︎」「ゴホっ、蚊でもとまったのかと思ったよ‼︎」
全身から煙を上げる灰音は、迫り来る毒の濁流に嬉々として真正面から突っ込む。掌底一撃で大波に穴を空ける。
「っ」
しかし眼前には波に隠れ接近していた紗命。一瞬で構えを変え拳を放つ。
が、
「⁉︎」
「うちが近接苦手なんて誰が言ったんっ?」
完全にタイミングを合わせた紗命は、渾身のカウンターで灰音の頬を殴りつけ、そのまま顔面を地面に叩きつけた。灰音の顎が骨折、歯が飛び、大地が放射状に罅割れる。
だがそれがどうした?
「――ッ!」
「ッぐ⁉︎」
灰音は下半身を鞭の様にしならせ、倒れたままガラ空きの脇腹に回し蹴りを振り抜く。肋骨を砕き紗命を弾き飛ばした。
「さっさと死んでくれないかなァ⁉︎」
「ふふふふふ!廃人にして飾ったるわぁ」
紗命が正拳突きを躱しアッパーで鳩尾をカチ上げる。
灰音がその腕を掴みぶん回し背中から地面に叩きつけ蹴り飛ばす。
「ッ桐将君を置いていった奴がッ、今更彼女面すんなッ‼︎」
「ッそろそろ遊ばれてるのに気づいたらどやっ?この卑しい豚が‼︎」
「ガっ⁉︎」
紗命が地面から這わせていた毒で灰音の足を取り地面に叩きつけ、上から猛毒の濁流を叩き落とす。周囲一帯のトレントやモンスターが波に呑まれ干からび死に絶える。
「ッアァア‼︎ッ恋人1人満足させられない女がァ、桐将君の隣に立とうとするなッ‼︎」
昇拳で毒を全て消し飛ばした灰音は、爛れ始めた腕など無視し地を駆ける。
「っなんや嫉妬かぁっ?心は変えれても身体の相性まではどうにもならへんみたいやなぁ⁉︎」
「ッ桐将君が本気で求めて来た時っ、どんな顔をするか知らないだろう⁉︎」
「ッ桐将が優しく抱いてくれた時の温もりを知らへんなんてっ、可哀想やなぁ⁉︎」
「性感帯は首筋‼︎」
「耳‼︎」
「「◯◯ッ‼︎」」
大地が爆散、互いに吹っ飛び地面を転がる。
紗命が起き上がると同時に毒を収束、限界まで圧縮し、
「『ッ
レーザーの如く打ち出した。地面を削りながら直線上の万物を両断し驀進する不可避の光線を、
「『羽衣』」
あろうことか灰音は正面から掌で弾き飛ばした。ギィイイイイインッ!と金属音を轟かせ、拡散したレーザーが森林を破壊する。半回転し、水圧の勢いを利用し超加速。
「『――ブラック・バカラ』」
「『――天津乙女』」
灰音の手刀が紗命の左腕を斬り飛ばし、勢い余って地面を両断。
紗命の掌が灰音の左肩に触れた瞬間、猛毒が侵食、左目と左腕を壊死させた。
互いに距離を取り、荒い息を吐く。
「っ、……アハハっ、本当にしぶといなぁ⁉︎流石毒蜘蛛女!」
「っ、……ふふふっ、うちの毒を食らってここまで動くなんて、流石ゴリラ女やわぁ!」
「ヤリマン」
「雌豚」
「死ね」
「あんたが死ね」
「「――ッ」」
……恋とは、ここまで人を変えてしまうものなのか?
今の2人には、自身の致命傷など眼中にない。
ただ、目の前のクソカスゴミを抹殺すべく動き続ける、狂気の怪物である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます