26話

 


 互いの魔力がぶつかり拮抗し、床が軋みトレントに罅が入る。


 東条は黒外套に冷たく笑いかける。


「藜か?お前らがこんなことする奴だとは思わなかったよ。失望した」


「……」


「……それ返してくんね?大事なもんなんだわ」


「っ、……」


「……もういいや」


 東条が黒外套に掌を向けた、その時


「あ〜〜、」


 隣で灰音が驚いたように目を見開いた。東条は漆黒を収め横目で彼女を見る。


「何?知り合い?」


「あはっ、…………そっかぁ、来たんだ」


「……」


 目を細め頬を緩める灰音を前に、ブローチをつけた黒外套の威圧が数段階増した。凄まじい魔力に、東条とノエルは少しだけ警戒する。


「知り合いならお前から言え」


「ちょっと嫌かなぁ、僕もこの人嫌いだし」


 要領を得ない返答に、東条が灰音を見た、


「は?何言って――ッ⁉︎」


 ――瞬間、


「「「「――⁉︎」」」」



 東条の唇を柔らかく、甘い感触が襲った。



 この女は一体何をしているんだ⁉︎胸ぐらを掴まれ引き寄せられた東条は、絡められる舌に驚愕し思考が途切れる。

 同時に回らない頭と羞恥の中、爆発的に高まる魔力の気配を感じ取る。


「――っ(おま、いつまで⁉︎)」


 バギィンッ、と放たれた水弾が灰音の手の甲に弾かれ消し飛んだ。


「ぷはっ、ば、馬鹿かお前⁉︎何考えてんだッ⁉︎」


「……ごちそうさま」


 攻撃など意に返さず、頬を染め、銀色の糸を舐めとる灰音。


 艶やかに、嗜虐的に、挑発的に微笑む彼女の瞳が向く先は、想い人ではなく。


「――――」「あはっ!」


 直後床を蹴り砕いたブローチをつけた黒外套の拳を、灰音は跳躍して躱す。屋上の床に亀裂が走り、1部が崩落した。


「おいっ」


 東条が屋上から落下してゆく彼女を助けようとするも、


「桐将君!手は出さないでね!ちゃんと僕が殺るから‼︎」「――――」


「……何考えてんだあいつ」


 目を見開き頬を歪める灰音に足を止める。


 遠ざかってゆく爆音を耳に、東条とノエルは残りの3人に目を向けた。


「……で?お前らは何?」


「……」


 すると獣然とした爪が自分を指し、クイ、と曲げられた。


 ついて来い、と。


「……へぇ」


 屋上から飛び降りる獣の男の背中に、東条はビキビキと青筋を浮かべながらもついてゆく。


 ……静かになった屋上の上。残された黒外套2人が溜息を吐いた。


「まったく、勝手なんだから」


「ほっほっ、若者はあれくらい元気なのが丁度いい」


 ノエルは2人に背を向け、戦いを観戦すべくマイホームトレントをよいしょしょいしょと登り始める。


「……お嬢さんや、お主は戦わんのか?」


「お前達程度じゃノエルには敵わない。それはそっちも分かってる筈。戦うだけ無駄」


「ほっほっほっ、これは手厳しい!」


「会ってみて分かったけど、東条君が相棒に選ぶわけだわー」


「……マサ知ってる?」


 木に張り付いたままノエルが振り向く。


「知ってるわよ。ま、あたし達はゆっくり話しましょ。あたしノエルちゃんのファンなの!」


「……ん」


 木を登ってゆく2人から目を逸らし、フードを外した若葉は地上を眺める。


「ほっほっ……恋する乙女とは、げに恐ろしいものよ」



 全てはここから始まった。全てはここで失った。


 狂愛と力、愛と友情、新旧入り乱れる暴力の衝突。


 嘗ての地に、再び彼らが集まった。


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