23話

 


 鏡に映る自分を見ながら、曲に合わせてダンスする。フィニッシュに合わせ決めポーズ。

 同時にトレーナーが興奮した様に拍手した。


「凄いよハイネちゃん!凄い上手い!ほんとにダンスしたことないの⁉︎」


「あはは、ありがとうございます」


 彼女がここに来て1週間と少し。場所は群馬試験場内のジム。その1つを貸切、灰音は今ダンスの特訓をしていた。


 額に浮かぶ汗を拭い、ペットボトルを呷る。


「振り付けも2回くらいで覚えちゃうし、キレも凄い。初心者とは思えないよ」


「これでも運動神経は良い方なんです。2人に鍛えてもらったのもありますし、」


「あ、2人って東条さんとノエルさん?」


「はい。私の命の恩人です。……ふふ」


 口元を隠す灰音に、トレーナーも微笑み後片付けを始める。


「2人なんて今や時の人だからね〜、挨拶に来られた時はビックリしたよほんと」


「あはは、」


「ここも彼らが貸し切ってくれてるんでしょ?凄い設備だし、初めて来た時驚いて腰抜かしちゃったもん」


「クスッ、敷地内で迷って泣いてましたもんね?」


「っちょっとーそれは言わない約束でしょ?……だって強そうな人いっぱいいるし、怖かったし」


 灰音はムスくれるトレーナーを笑い、タオルを肩にかけ一緒に更衣室へと向かう。


「そーいえばハイネちゃん、調査員試験は受けるの?」


「あー、後々かなー。今は歌と踊りに専念したいんで」


「受けたら余裕で受かりそうだけどね。聞いたよ?この前ちょっかい掛けてきた訓練生ボコボコにしたんでしょ?」


「ボコボコって、ちょっと『調教』しただけですよ」


 灰音はシャワーを浴びながら苦笑する。あれ以降言い寄ってくる男も減っているし、良いデモンストレーションになった。熱烈なも1人増えたし。


「ハイネちゃん美人だし、アイドルの卵に唾つけとこうなんて男たーくさんいるんだから、気を付けてね?」


「はい。でも大丈夫ですよ。僕に手を出したら、その人多分消されちゃうんで」


「こわー。でも確かに、あの2人の事務所に入ってるハイネちゃんに、無理に近づこうとする人なんていないよね」


「2人はスポンサーですよ、まぁ似たような物ですけど」


「あ、そうなんだ」


 髪を拭き、下着を着け洗面台の前に座って化粧水、保湿クリーム、その他諸々を塗り、ドライヤーを持つ。


「ハイネちゃんお肌綺麗だよねー。プロポーションも最強だし、嫉妬しちゃうわー。……えい」


「んぁ⁉︎」


 ドライヤー中に脇腹をつつかれた灰音が、ビクン、と跳ねる。


「ほれ、ほれほれ」


「ちょ、やめっ、くすぐったぃ、ぁはは」


「……ダメだ、何か変な気持ちになってきた。やめよ」


「はぁ、はぁ、何ですかいきなり、……変態」


「お、何だと?」


「あひゃっ――」



 ひとしきりじゃれあった後、お互いに着替え、私物を纏める。


「よいしょ、……ハイネちゃんこの後どこか行くの?」


 トレーナーは荷物を持ち上げ、鏡に向かって真剣に化粧をする灰音を見る。


「はい。ちょっと東京の方に、ボスに呼ばれて」


「あー事務所の。もう有名人なんだから、道中気をつけるんだよ?」


「はーい」


「じゃあまたね。お疲れー」


「お疲れ様でした」


 数分後、薄くもしっかりと顔面を整えた彼女は、「よしっ」と小さく気合を入れ立ち上がった。


 ――目深にフードを被り、送迎バスで駅へ、そこから新幹線に乗り東京へ行く。


「……」


 柱に寄りかかり、スマホを弄りながら指定の場所で待っていると、時間ピッタリ、彼らは現れた。


 同じく目深にフードを被り、サングラスとマスクをつけた長身の男と少女。


 久しぶりに見る彼の後ろ姿に、灰音の胸が高鳴る。驚かせてやろうとゆっくりと近づき、


「っひっさしっぶ、っ」


 抱きつこうとするも、一瞬で腕を掴まれ拘束された。その力強さに鼓動が速くなる。試験場で言い寄ってくるような輩とは別次元の、本物の男の力。


「んだテメ…………は?」


 サングラスの奥で、驚きに目が見開かれたのが分かった。


 フードの奥で彼女は笑う。



「……久しぶり、桐将君」



 満面の黒百合を咲かせて。

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