22話



「おぉ、バズってんなぁ」


「そりゃバズるでしょ」


 京都の拠点で寛ぐ東条は、リビングのソファで横になりながらネットニュースを眺める。


 その横でコーヒーをちびちびと飲む有栖。ボサボサの前髪をクリップで上げた彼女の目の下には、最早見慣れたクマが浮かんでいる。


「お前いつも寝不足だな?」


「誰のせいだ」


 ホケーと寝っ転がるバカに、有栖はメガネの下からジト目を送る。


「あ、そーいやこれお土産」


「最初に渡せ。……何これ?」


「ビーチの砂」


「ッ」


「あぶね」


 瓶を投げ返された東条は、笑って別の袋を出す。


「冗談だって、はいこれ」


「これは?」


「八つ橋」


「……(絶対さっき買ったやつだ)はぁ、もうこれでいいや」


「しょうがないだろ、お土産屋とか全部潰れてたんだから」


「はいどうもどうも。それで?沖縄は楽しかった?そりゃ楽しかったか、ずっと美女とイチャイチャしてたんだから」


「何?嫉妬?ぶっ」


 東条の顔面にべチン、と生八つ橋が張り付く。


「まぁ楽ひはっはけど、ング、……正直、危なかったな」


「危ない?確かに毒でキマってたシーンはあったけど、」


「俺もノエルも本気で死にかけたからな」


「……は?」


 モグモグと動いていた有栖の口が止まる。


「お前には言っとくけど、あの録画には最後の2日が抜けてんだよ」


「……何で?」


「単純に余裕がなかったんだよ。魔素を消す能力持ったモンスターが現れてよ、沖縄全域から魔素が消えた。魔力も練れない、魔法も使えない。そんな中モンスターが襲ってくる。こんな状況でビデオ撮れって方が無理だ」


「え、じゃあ、……生身でモンスターと戦ってたの?」


「スゲーだろ」


 有栖が八つ橋の中に頭から崩れる。


「……何で、東条くんは、そういうことを平然と言えるのさ」


「過ぎたこと気にしても仕方ねぇだろ?」


「国には?」


「言わね。証拠もねぇし、言ったところで映像もねぇから無駄に拘束されるだけだろ」


「…………はぁあああ」


 心なしかクマが濃くなった有栖が顔を上げ、コーヒーを一気に煽り八つ橋の箱を持って立ち上がる。


「よし、もう諦めた」


「?」


「どうせ君達2人はまた無茶をする。私が何言ったところで意味ない」


「俺だって好き好んで無茶してるわけじゃねぇぞ?」


「だからもう、難しいことは言わない」


 有栖が八つ橋を投げる。東条の顔に当たる。


「どんだけ死にかけようと、またこうして五体満足で私のとこに戻ってきてくれれば、それでいいから。分かったかアンポンタン」


「……おぅ(……え?プロポーズ?)」


 背を向け去ってゆく彼女をモグモグ見送る。


「寝るんか?」


「寝ない。この鬱憤はFPSで晴らす」


「いや寝ろよ」


「ノエルはっ?」


「部屋にいると思うけど」


「あんのドチビ、ワカラセてやる」


「……ほどほどにな」


 ズンズンと歩いてゆく彼女から目を逸らした東条は、再び仰向けに寝っ転がり、ゆっくり回るファンを見ながら小さく頬を緩めた。



 ――「激辛テヤングRTA、始める」


『頑張れ!』『頑張れ!』『ファイト!』『今日も可愛い』『ノエルたん最高!』


「よーい、スタート。っング、あ、無理、ギブ」


『w』『w』『w』『早いw』『世界最速w』『諦めるの早w』『即断即決出来てえらい』『諦められてえらい』『鱗滝さんもニッコリ』


「ちょっとノエル!ってどうしたの⁉︎」


『⁉︎』『⁉︎』『誰⁉︎』『誰⁉︎』『誰⁉︎』『誰よその女!』『誰⁉︎』『可愛い』『可愛い』『オタク女子』『え、バリタイプ』『可愛い』『インキャ女子だ』『可愛い』


「かりゃい、かりゃい、」


「ちょ、これ激辛テヤング⁉︎ノエル辛いの無理じゃん!何やってんの⁉︎」


「たひゅへて、かりゃい、ひぬ、」


「っほら行くよっ、牛乳と氷は、リビングか。――っ東条くん!ノエルが死んじゃう!」


「あ?……ッダハハ⁉︎お前何だその口⁉︎クッソw」


「笑ってる場合じゃないでしょ⁉︎」


「かりゃい、かりゃい」


『連れてかれたw』『持ってかれたw』『声聞こえる』『カオナシ?』『マサじゃん』『マサもいるの?』『クソ笑ってるw』『ひでぇw』『酷いw』『仲良いw』『友達かな?』『例のチームの人じゃね?』『あースライム』『人間じゃん』『可愛いな』『可愛かった』『それな』『声だけで面白い』『見てー』『パソコン持ってってくれー』『てか同棲してんのかよ』『は?』『そうじゃん』『うわ』『美女2人と』『ムカついてきた』『ちょっと待て、ノエルって』『……』『……』『……2人の子供』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『⁉︎』『号外号外‼︎』『祭りだぁああ‼︎』


 その日東条と自分の夫婦説、加えファンクラブが出来ているのを見つけた有栖は、コントローラー片手に失神した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る