17話 画面越しの邂逅
ならばと案内された葵獅の家に集まったのは、紅とその6人の部下。葵獅、紗命、凛、若葉に加え、ずっと彼らの怪我を治療してきた、医療班の纏め役、瀬良 希海の5人。
紅はタバコを加え、指パッチンで火をつける。
「おっと、吸ってもいいかい?」
「……構わない」
「どうも」
若干口をへの字に曲げる紗命を見て見ぬふりし、彼女は紫煙を燻らせた。
「……それで、貴女は何者だ?何故俺達を知ってる?」
「……もう1人リーダーがいた筈だが、亡くなったのか?」
「……」
人型に戻っていた葵獅の毛量がワサワサと増え、瞳孔が縦に細まる。
「悪い悪い、彼とも話したかっただけだ。他意はない」
葵獅は1つ息を吐き、獣化を止める。
「……あいつは寝たきりだ。こっちに来た時からな」
彼が後ろの扉を開けると、布団だけが敷かれた部屋に、点滴を付けられた男が1人寝かされていた。
佐藤 優
嘗て東条と並び、池袋組を引っ張った心優しきリーダー。
しかしガリガリに痩せ、小さく呼吸を繰り返す今の彼に、そんな勇姿は見る影もない。
「生きてはいるのか。良かった」
扉を閉めた葵獅は、今度こそ有無を言わさぬ目で紅を睨んだ。
「アンタは誰だ?」
「……フゥ〜。
申し遅れた。私は藜組という組織で幹部を務めている、紅 焔季だ。以後宜しく頼む。こいつらは私の部下だ」
「「「「「「(ぺこ)」」」」」」
彼女の自己紹介に、同席していた誰もが驚く。
「……藜組だと?」
「あ、藜組って言ったら、有名なヤクザじゃないっ」
「凛、あんた何やったの?」
「は⁉︎何もやってないわよ!」
「ほっほっほっ、……」
パチパチと囲炉裏が弾ける中、剣呑な空気が混じり始める。
とその時、
「皆はん、少し落ち着いとぉくれやす」
紗命がお茶を啜り、静かに口を開いた。
「今大事なのは、焔季はんが誰かやなしに、何処から、何の目的で来たのかやろ?」
「……」
空気を戻した紗命は微笑み、再度紅を見る。
「どうぞ続けとぉくれやす」
(……やはりここのボスは葵獅殿ではなく彼女だな)紅は煙を吐き、口を開く。
「我々は東京から、貴殿らを探してここまで来た」
「ッ⁉︎」「は⁉︎」「えっ」「……なんと」
「……何故?」
「ボスの命令でな。困ったことに、我々のボスは今1人の男にご執心なんだ」
「ゲイなん?」
「かもしれないな。今度聞いてみる」
あながち否定も出来ない現状に、紅はクツクツと笑う。
「それでその男が大事にしていたものを、組員を使って集めて、プレゼントしようとしてるのさ。いい迷惑だよ」
紅は最後、フーー、と天井に向かって煙を吐いた。
「……紗命殿、貴殿もよく知っている男だぞ?」
「?」
「東条 桐将」
「――――――――――」
「「「「――ッ⁉︎」」」」
紗命の持っていた湯呑みにヒビが入り弾けるも、お茶は地面に落ちる前にふわふわと停止する。彼女の水魔法だ。
「……今、何て?」
「東条 桐将だ。今はマサと名乗っているぞ」
紅の言葉に、葵獅も凛も驚愕し、俯く紗命を見る。
「……本当に、生きていたのか、」
「紗命の言った通りだったわね……」
「驚いたのぉ。あの日のモンスターを1人で殺したのか。流石東条殿じゃ!ほっほっほ」
嘗ての仲間の朗報に語り合う彼らの中、紅は1人静かに笑う紗命を覗き込み、
「ふふ、ふふふ、ふふふふふ」
(?……おっと、)
その悍ましい笑顔から目を逸らす。
「言ったやろぉ。桐将が死ぬわけあらへん。うちはずぅ〜とあの人と繋がってたんやからぁ」
「そうね。ごめんね紗命、初めはショックで狂っちゃったのかと思ってたけど、まさか本当だったとはね」
「ええよええよぉ。それで焔季はんっ、桐将はずぅっとうちを探してるんやろ?早う顔見してやらんとなぁ」
「ん?いや、あいつは貴殿らは全員死んだと思っているぞ?それでも強く生きている、か、ら……」
ビシャッ、と浮かんでいたお茶が地面に落ちる。
……気付くと、ニコニコと笑っていた紗命から表情が消えていた。
「………………そぉやろなぁ。
仕方ないよなぁ。
いきなり消えちゃったんだもんなぁ。
死んだと思って当然だよねぇ。
……あ、だから他の女作ったのかなぁ。
私のこと忘れちゃったのかなぁ。
何でだろう、ふふ、何でかなぁ、ふふ、ふふふふふ」
「はい紗命ストップ、落ち着きなさい」
ミシミシと家全体が軋み出したのを見て、凛は溜息を吐きながら彼女の頬を挟んで持ち上げる。
「むぅ、凛ふぁん、ふぉっふぇとれひゃぅ」
「家壊さない?」
「ぅむ」
解放された紗命が、ムスクれながら赤くなった自分のほっぺをこねる。
「まったく、東条君が他の女作ったかなんて分からないでしょ」
「……分かるもん」
「生きてるって分かったんだし、その話はあんた達2人でしな。くれぐれもあたし達を巻き込まないでちょうだい」
「……冷たい」
「あんたねぇっ、暴走しかけたあんたを何回あたしが止めたと思ってんの!」
「むー」
「むーじゃない!」
ひっぱたかれる紗命を見ながら、葵獅は冷や汗を垂らし紅に尋ねる。
「……紅さん、東条は刺されないだろうか?」
「……まぁ、あれは刺したくらいじゃ死なないから大丈夫だろ。……多分」
「……」
異常な愛を向ける少女に苦笑する紅は、タバコを消してからスマホでボスに位置情報を送る。
「……うし、明日にはボスが来ると思うから、そん時事の経緯を話してくれ」
「あ、ああ」
「んじゃそれまで私のスマホを貸すから、動画でも見てるといい」
「動画?」
「マサは今、日本1の動画投稿者だからな」
「っ」
飛びついて来る紗命に、紅は笑いながらスマホを投げ渡す。
「……電波が繋がるのか?」
「雷魔法の応用だ。まぁ私くらいしか出来ないと思うがな」
「ちょっと紗命っあたしにも見せて!」
「ほっほっ、儂も見たいのじゃが」
「私春野さん達も呼んでくる」
「い、いや待て、モンスターが弾けてるぞ」
「ほっ……これは、幼子にはちと刺激が強いな」
「何この白い子‼︎めっちゃ可愛い‼︎」
「……………………」
スマホに群がる大人達を微笑ましげに見る紅は、部下を連れ家の外に出た。
久々の再会なんだ。自分達の存在は無粋だろう。
「……フ〜〜」
新しく付けられたタバコの煙が、どこか楽しげに揺れた。
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