16話



 大きな岩の後ろ、隠されるように空いた大きな穴に入ってゆく葵獅達。紅も彼らに続く。


「なるほど。スコールを避けるためか」


「……ああ」


 魔力を使わずにあの異常気象に対処するには、それこそ地下深くに潜るくらいしか方法はないだろう。しかし彼は村と言った。一体どういうことか。


「……?」


 暗く長い地下道の先、ようやく見えた出口に目を窄める。……そこには、信じられない景色が広がっていた。


「っ……これは、凄いな」


 瓦作りの母屋。広がる田んぼ。豊かな緑を実らす畑。チョロチョロと流れる川。楽しそうに走り回る子供達。気温も一定に保たれ、見上げれば魔法で作られた光源が浮かんでいる。


 広大な地下空間。東京ドーム6個分を誇る面積の中に、小さな村落が丸々1つ収まっていた。


「この広さを、わざわざ掘って造ったのかい?」


 紅一行は舗装されていない道を歩きながら、その地下世界とも言える景色を驚き見回す。


「いや、ここの村長は結界術を扱う。元からあった村を囲って、そのまま大勢の土魔法で地中に埋めたんだ」


「ほぉ」


 よく見れば村の外周や至る所に呪術的な文字が刻まれている。1度発動すれば永続的に機能する結界か。


 地中なら昼間外敵の目も避けられる。もし天井が崩れても問題なし。防御面で言えば『逢魔』よりも使い勝手がいい。


「そのまま地中を進んでようやくここまで来た」


「ん?地中を?」


「そや?」


 紗命がくるりと紅に向き頷く。


「約300㎞の距離を、水魔法で土を柔らかしてから土魔法で掘り進める毎日。ここまで長かったんやからぁ。モンスターも寝る時は大体地中やし、ようぶつかるさかい闘わなあかんし、ほんまにもぉ」


「は〜、それは大変だったな」


 同情する反面、彼女達が東京から来たことを知る紅の頭の中には疑問が残る。

 何故その能力で帰らないのか、という。


 何か問題があるのか、あるいは行使者が死んだか、


 とそこで、


「……ついたぞ。まずは村長に挨拶してくれ。俺達を助けてくれたのも彼だ」


「分かった。お邪魔する」


 紅が木造りの扉を押すと、


「ひょっひょっ、よく来たねぇ。いらっしゃい」


 クマの毛皮を被り猟銃を持ったヨボヨボのお爺ちゃんが、火鉢をつつきながら柔らかく微笑んだ。


「初めまして村長殿。まずは助けていただいたこと感謝する」


「ひょっひょ、いいよぉ。葵獅くんが飛び出しちゃっただけだしねぇ、皆助け合って生きているからねぇ。助け合いは大事だよぉ」


「……すまない村長」


「ひょっひょ」


 謝る葵獅を村長が笑う。


「して、いきなりで済まないが、彼らと少々話をさせていただきたい。滞在を許して貰えるか?」


「ひょっひょ、いいよいいよ、寒かったろぅ、ゆっくりしていきなさいな」


「感謝する」


 手を振って見送ってくれるお爺ちゃんに、紅も微笑み頭を下げる。


「温かい御人だな」


「……ああ、彼のおかげで今の俺達がある。感謝してもしきれん」


 扉を閉めた紅は、1息つき葵獅と、外で待っていた若葉、紗命を見る。


「……では、本題に入ろうか」


「……さっきも言っていたが、俺に何を話す?どこかで会ったか?」


「厳密には、貴殿らに、だ」


「……?」


「話ぃ?」


「はて?」


「場所を変えよう」


 歩き出す紅は、未だ不思議そうな顔をしている3人に振り返る。


「……ああそうだ。『池袋』の代表者を集めてくれ」


「「「――ッ⁉︎」」」


 驚愕に目を見開く葵獅、若葉、そして紗命の反応に、紅は心の中でビンゴ、と笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る