13話

 


 散開する6人が紅のために道を作る。ハイオーガへと続く1本道を。



「……ゴルルルル」「……ゴロロロ」


「……よくも可愛い部下の腕を食ってくれたな?」


 周りが五月蝿い中、3者は互いに近づき凶悪な目付きで睨み合う。


 見上げる程の巨体に1歩も引かず、紅は泣く子も黙る鬼のツラにガンを飛ばし、煙を吐きかけた。


「⁉︎ゲホっゴルァ‼︎」


 キレたハイオーガの拳が直撃する。

 よりも先に紅の電磁バリアが膨張し、拳ごとハイオーガを吹っ飛ばした。赤煉瓦をぶち抜き、倉庫を倒壊させ土煙の奥に消える1体。


 しかしもう1匹は、


「薄情だな、助けてやれよ?」


 同じく電磁バリアを纏い威力を相殺していた。

 予想通り自分と同じ雷魔法の使い手。紅は面倒臭さに溜息を吐く。


「……」

「……」


 一拍。――刹那、雷オーガと紅がノーモーションで放った雷撃が衝突し爆音を轟かせた。


「っ」

「ッ」


 衝撃にお互い地面を滑り、距離が生まれる。そこへ、


「ゴルルルァア‼︎」

「チッ」


 埋まっていたハイオーガが瓦礫を吹き飛ばし跳躍、紅に向けて炎を纏った拳を振り下ろした。

 躱された拳は地面に激突、粉砕、爆発を起こす。


「寝ててくれない、かッ!」

「ル!」


 紅は爆風にコートを翻し、炎オーガの顎に回し蹴りを叩き込む。ガードされた瞬間身体を逆に捻り、鳩尾に蹴りをめり込ませた。


「ォ⁉︎」


 雷撃が体内を貫通し、後ろのオーガが黒焦げになる。そのまま炎オーガの顎下を蹴り上げようとするも、咄嗟に首を逸らされ躱され逆に足首を掴まれた。


「っマジか⁉︎」


 流石Lv 6、頑丈さがそこらのモンスターと桁違いだ。


「ッルァア‼︎」

「くっ」


 お返しとばかりにぶん投げられ赤煉瓦を破壊した先、追尾型の電雷に挟撃され倉庫が崩落。

 間髪入れず土煙の中に突っ込んで来た2体を、紅は即座に感知。


 雷撃を受け流し、炎の飛び蹴りをサイドステップで躱す。



「――ッ‼︎」「――ルォッ!」「――ゴロァ!」



 左腕で雷オーガの回し蹴りを、右手で炎オーガの拳を受け止める。瞬間強烈な衝撃波に、埃の混じった雪煙が一瞬で晴れた。


「「ッ⁉︎」」


 受け止められるとは思ってもいなかった両オーガは、体勢を立て直そうと両脚に力を込める。


 しかしその時、


「……痛いねぇ」


 青筋を浮かべる目の前の女の嗜虐的な笑みに、鳥肌が


「ゴボロォ⁉︎」「っゴルぉえ⁉︎」


 立つと同時に雷オーガの腹部を、炎オーガの顔面を衝撃が貫通。血混じりの嗚咽を吐く。


 その場で円を描く紅は、回転しながらぶっ飛ぶ炎オーガを無視。腰をくの字に曲げる雷オーガに縮地で急接近、捻りを加えた掌底で顎をかち上げ、脇腹に肘打ち、後ろ回し蹴りで瓦礫ごと倉庫をぶち抜いた。


「ブッゴ⁉︎ッッロォオオ‼︎」


 地面をスライドしながら急停止した雷オーガは直後急発進、怒りに血の唾を吐きながら剛腕を振り抜く。が、


「ゴ⁉︎アア‼︎」


 紅の左手が流れる様に拳を受け流し、同時に顎部に縦拳を放つ。続く左の大振りに伸びた状態の右肘を合わせ上に弾き、左の手刀で首を突いた。


「ボっ、ロ、ガァ⁉︎グゥ⁉︎」


 そこから始まる高速の連撃。防御と同時に攻撃を打ち込み、隙があれば一瞬で間を詰めてくるカウンタースタイルの闘法に、雷オーガは成す術なく傷を増やしてゆく。


 魔法は相殺出来ても、最高峰の人間相手にフィジカルの、それも特殊な技術と打ち合うには、雷オーガですら実力不足。


「後がつかえてんだ、」


 顔をボコボコに腫らした相手の胸に、紅が両手を構え、


 ようとした瞬間、燃える瓦礫が降り注ぎ強制的に攻撃を中断させられる。


「ゴルァアアアッ‼︎」


「っ、仲良しめ」


 脆弱だと思っていた種を相手に命の危機を感じた2体は、初めて人間を食うためではなく、殺すために狩ることを決めた。



 ――辺りの雪が完全に蒸発し、3者の周りにだけ焦げた大地が広がる。

 最早赤煉瓦倉庫など跡形もなく、余波で地面が弾け飛び、地鳴りが起こる。


 他の生物を一切寄せ付けない別次元の戦闘。部下達は司令塔を失い逃げ惑うオーガの群れを狩りながら、汗を飛ばし笑う紅を心配気に見つめた。



「――」


 紅はボロボロになったコートを翻し、空気を裂いて迫る2つの拳を目で追う。

 一撃の重さは凄まじくても、当たらなければどうということはない。最小の力でいなし、最大の力を叩き込む。


 腕を絡ませ引き込み炎オーガに膝蹴り。

 仰け反る胸板を足場に逆回転、雷オーガに後ろ蹴り。

 躱され繰り出される拳を逆足で弾き、地面に両手で着地、2体の足を刈ろうと大きく回転。

 しかしジャンプで躱される。

 が空中の2体へ向けて雷撃を落とす。

 両オーガも同時に魔法でガード。

 瞬間炎と雷が衝突し魔法が爆発した。


 雷煙の中、痺れる炎オーガの胸に貫手を突き刺す。筋肉で締め止められるも、


「『さい』」


「ッゴッふ⁉︎」


 伸ばした貫手を拳に変え、指の長さ分の隙間で再加速、一瞬で全体重と電雷を乗せた発勁はっけいが炎オーガの心臓を貫いた。


 心臓が止まり崩れ落ちるオーガの横から、


「ゴロァッ」


 現れるもう1体の縦拳を、身体を開き右手で掴み、空いた脇腹を左肘で打つ。

 顎に左で裏拳、右で突き、振り下ろされる拳を左上段で受け、同時に前蹴り、よろめく雷オーガを回転2連蹴りで吹っ飛ばし、


「『龍』」


 跳躍し掌底を構えた。


 瞬間、


「――ッ⁉︎」


 横から飛び掛かって来た炎オーガの回し蹴りが直撃し爆発、残火を靡かせ瓦礫に突っ込んだ。


「……チッ、あそこから蘇生するのかい」


「ゴフっ、ゴフ、ゥルルルッ」


「ゴォ、ゴォロロロっ」


 ボタボタと血を吐き睨みつけてくる2体のオーガに、紅も立ち上がり血を吐き捨てる。


 周りでは動きの悪くなってきた部下達が心配そうにこちらを見ている。

 流石に限界か。


分かった分かった。……終わらせようか」


 燃えカス同然のコートを脱ぎ捨てた紅の全身を、バチバチと電光が包みだす。



 ――とその時、



「あ?」「「ゴ?」」


 臨戦体勢を取っていた3者の前に、何かが落ちてきた。


 ボロボロの外套を身に纏ったそれは、着地した後、すっくと立ち上がる。


 外套の上からでも分かる巨躯と、鍛え上げられた身体。


 紅はいきなりの乱入者に目を細める。その、放たれる強者の覇気に。


「誰だ?人間か?」


「ああ。遅れてすまない。手助けに来た」


 響くのは低い男の声。


「っ、はは!現地人か⁉︎」


「……そんなところだ」


 隣に並んだ紅は、寂し気に揺れる外套の左側に目を向ける。


「……隻腕せきわんか。戦えるのかい?」


「愚問だ」


「結構。どっちを殺る?」


「炎を」


「なら私は雷だな」


 躊躇なく歩き始める男の背中に、紅も続く。


「死んだら名前も聞けないからね。今のうち聞いとくよ?骨くらいは拾ってやる」


「……」


「何だい、名乗りたくないかい?」




「……筒香 葵獅だ」




「筒ご、……ん?…………は?」


 フードから覗く大型の肉食獣の様な横顔に、紅は思わずその足を止めた。


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