2章〜寒山枯木〜

10話

 



 ――足を下ろすと、深雪にざくりとブーツが沈む。


 ――吐き出す息は色付き、撫でる寒風に耳が赤らむ。


 ――鉛色に包まれた空から、しんしんと降り注ぐ細雪。


 ――草木は柔らかなおもりに腰を曲げ、大地は顔を隠し、生き物達が白い跡をつける。


 ――見渡す限り一面の銀世界。



 ここは日本最北の魔境。北海道である。



「……」


 そんな色の抜け落ちた景色の中を歩く、数人の黒尽くめの集団。


 先頭を歩くのは1人の女性。

 つむじ風に毛皮のロングコートがはためき、エモスキー帽子から燃えるような真紅の長髪が舞った。


「……チッ、」


 本州とは最早別世界の気候に、女性、改め、藜組最高幹部――紅 焔季――は整った顔を歪ませる。


 咥えタバコから落ちた灰が、白い絨毯を汚く焦がした。


「……寒みぃっすね姉御〜」


「……やす、お前次それ言ったら舌千切んぞ」


「ぅ、うっす」


 何度目かの舎弟の愚痴を睨みつけ、紅は曇天に紫煙を燻らせる。


「でもっすよ姉御、」


「何だ?」


 康が白い息を吐く。


「もし俺達がここにいるのバレたら、国の監視更に厳しくなるんじゃ?」


 北海道は特別指定区域。国家資格を持った調査員の中でも、準最高等級の『1級』以上しか侵入が許可されていない極地である。


 康の言う通り、本来、紅以外の彼らはこの場所にいてはいけないのだ。


「まぁ、勾留は免れないだろうね」


「うぇ〜、嫌っすよ俺」

「ハハ、俺もムショは御免ですね」

「あそこの飯は不味くて敵わん」

「え?結構美味しかったわよ?」

「バカ舌だな」「あ?」


 部下達の雑談に紅は軽く笑う。


「ま、それに関しては心配するな。規制されていると言っても、この地に常駐出来る程国も暇じゃないし、人材も足りていない。監視下に置かれようと、無法地帯であることに変わりはないんだよ」


「国の言うこと聞くんじゃなかったんすか?」


「勿論聞くさ。私達は真っ当に生きるって決めたからな。なぁお前ら?」


「勿論」

「当たり前じゃないですか」

「ふふふ」


 悪人面で笑う仲間に、康は溜息を吐く。


「そもそも、何で俺達こんな場所来てるんすか?」


「あれ、言ってなかったか?」


「言われてないっすよ!朝起きたらいきなりこいつらに縛られて船乗せられたんすから!」


 康の叫びに紅がケラケラと笑う。


「ボスの指示だ。あの人は今色々と忙しいからな、全国に部下を飛ばしてんだよ。北海道は流石に何があるか分からないから、私が当てられたのさ」


「何か探してるんすか?」


「……お前が知る必要はない」


「、うっす。すいやせん」


「構わん」


 康とて組の一員だ。自分が入ってはいけない一線を見極めることくらい出来る。


 ……紅は雪の結晶を掌に、煙をゆっくりと吐き出す。


「……(しかしまさか、私達が1個人にこれ程翻弄されるとはな)」


 絶えず流動するこの世界では、自らの居場所を作ることすら難しい。


「……国につくか、神につくか、その分かれ道ってとこさ。ボスは神よりもその従者に御執心だがな」


「へ?どういうことっすか?」


「恩は売っておいた方がいいだろ?」


「ま、まぁ、恩を売るのは大事っす」


「よく分かっているじゃないか」



 ?を浮かべる康を横に、紅は予測不能の未来を憂い、そして笑った。

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