4話

 


 ――扉を開けると、テーブルに並べられた豪勢な会席料理が目に入る。


「おお、遅かったの」


「あ?何先食ってんだクソジジイっ」


 既に食事を始めていたアルバが、職人がその場で握った寿司を口に運び頷く。


「アメリカにも寿司はあったが、これはもう別物じゃな。次元が違う」


「っ俺も……⁉︎what theッ⁉︎うんま⁉︎」


「有難うございます」


 2人の驚き様に、職人も頬が緩む。

 日向から担当継続の宗を耳打ちされた我道は、1つ頷き立ち上がった。


「ではお2人も揃ったこところで、改めて乾杯を」


「おお、そうじゃな」


「ヒナタこれは何だ?」


「愛媛県産最高級みかんジュースです」


「いいな!よし、お前らグラスを持て!」


「何故貴様が仕切る……」


 アルバは呆れて、我道は苦笑しグラスを持つ。


 ステラは楽しそうに、揺れるオレンジ色を掲げ、


「日本とアメリカの邂逅を祝して!、乾杯‼︎」


「「乾杯」」


 グイっ、と飲み干した。



 ――あぐらで片膝を立て、日本酒をあおるアルバがクツクツと笑う。


「しかしまさか、この国が『大地』に呑まれているとは思わなんだ」


「それは、緑化のことか?」


 頷くアルバに、我道は驚く。


「まさか、貴国にこの現象は起きていないのか?」


「まさかも何も、空白地帯以外が『大地』に侵されているのはこの国だけじゃろうな」


「っな」


「(モグモグ)……お前らの所にも汚ったねぇ色の球体出たろ?」


 フォークで伊勢海老をブッ刺すステラ。


「あ、ああ」


「うちにもアレは大量に湧いた。多分日本の数倍の量がな。

 だが『devils matter』、お前らの言う魔素が薄いこの世界じゃ、モンスターどもも活発には動けない。初期の被害は甚大だったが、既にアメリカ国内からモンスターは掃討されてる」


 ステラのその言葉に、我道総理を含め、その場にいた見美、日向、亜門の3人も息を呑んだ。


 総理が見美に目配せすると、彼女は(分かっています)と監視カメラをチラ見する。

 その裏では、既に数10人態勢で会話の記録が行われていた。


「なのにだ、優秀な兵士を所持しているにも関わらず、小さな小さなこの国では、未だ国内のモンスターに手を焼いている。何故か?」


「……それが、緑化現象と関係があると?」


「そうだ。お前らの国内に現れた『大地』は、新大陸に近い環境を持ってる。要するにステージバフだ。『dvm(devils matter)』を扱う全ての生物にバフがかかってんだよ。

 俺達世界が弱体化したモンスターと戦ってる間、日本だけはガチモンのモンスターと戦ってたわけだ。その点においては素直に賞賛するぜ」


「うむ、よく滅びなかったものよ」


「……」


 驚愕する我道は、思わず持っていた箸を置く。


「少し、整理させてくれ。

 まず、あの紫の球体は世界各国に出現しているが、それと緑化に因果関係は無いと?」


「無いだろうな。まだ俺達も自国以外の現状を知らねぇから何とも言えねぇが、お前らの国にも現れていた以上、俺の仮説は間違っていないとほぼ証明された」


「仮説とは?」


「あの球体は、よりエネルギーの多い場所に現れる。だから初期の分布図が、人間の沢山いる人口密集地に集中してんだよ」


 そこで美見が手を上げる。


「1つ質問よろしいでしょうか?」


「何だ?」


「初期、ということは、今も何処かにあるということでしょうか?」


「良い質問だ。しかし結論から言うと、殆ど無いと俺は予想している。

 あの球体は世界が融合するために起きた次元断裂現象、簡単に言えばテラフォーミングみたいなもんだ。融合が終わった今、あの球体の存在意義は無くなっている。

 ただ殆ど無いだけで、あるのもまた事実。新大陸に遠征に出たうちの『Hunterハンター』が確認したから、間違いはない。

 エネルギーの根幹が『dvm』に置き換わった今、球体は新大陸に移動した。俺達はその場所を『dungeonダンジョン』と呼称し、第1級危険地帯としたわけだ」


「……(情報が多すぎる)」


 美見の頬を冷や汗が垂れる。


「そのダンジョンとは、どのような場所なのでしょうか?」


「知らん」


「え?」


 ステラが鼻で笑う。


「当時のアメリカの精鋭が、入って数秒で全滅だ。『fencer剣士』も『Archer弓士』も、『witch魔女』も『wizard魔法使い』も、戦闘に特化した『waker覚醒者』でさえ、国が認めた実力者の全てが抵抗すら出来ずに食われたのさ。

 リアルタイムの映像はそりゃもう悲惨だったぜ?ハハハ」


 笑うステラに、我道が1つ息を吐く。


「貴国は、既に新大陸に上陸出来るだけの力を有しているのか」


「まぁ時間があったからな。それにうちの国はお前ら程外聞を気にしない。入りたい奴から入れて、死ぬ奴は死ぬ、強くなる奴は強くなる、それを繰り返してるだけだ」


 その速さは、到底日本には真似出来ないだろう。

 我道は軽く笑ってから、まっすぐにステラとアルバを見た。


「……では本題だが、何故日本だけ、国土が侵されている?」


 その質問に、ほい来た、と酒気が回ったアルバがニヤけた。


「よくぞ聞いてくれた!この話、ちと長くなるが良いかの?」


「あ、ああ、構わないが」


「……だっる」


「お前も聞いとれステラ、歴史からは学ぶことも多いぞ」


「何回も聞いたわ酔っぱらいが。ヒナタ、何かゲームねぇか?時間潰すぞ」


「え、私も聞きたいんですけど」


「ダメだ」


「……Switchなら」


「うし持って来い」


 勝手に席を立つ少女にアルバは溜息を吐き、我道のおちょこに酒を注ぐ。


「まったく、最近の若いのは何故ああも年寄りをむげにするのじゃ?」


「おっとっと。彼女はまた特殊だと思うがな」


「まぁの、……その秘密も今から話してやるから、心して聞くんじゃぞ?」


「……承知した」


 アルバは一口酒を飲み、懐かしそうにその紅い目を細める。



「ふぅ、……そうじゃな、まずは遠い昔話から聞いてもらおうかの」




 そう言い老爺が語り出した世界の真実は、到底人が理解できるものではなく、実に妄想的で、非現実的で、





 ……そして、耐え難い程に恐ろしいものであった。


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