第8巻 岐路 1章〜龍と少女〜

1話

 

 ――東条とノエルが沖縄で密林を駆け回っている頃、


 日本列島の遥か上空、雲海のその上を、1つの大きな影が旋回していた。



 ――その日、関東から近畿にかけて生息する全てのモンスターが息を潜めた。


 ――魔力に疎い一般人ですら、得体の知れない悪寒を感じたと言う。



 ――「…………」


 デッドゾーンの霧の中、ベヒモスは顔を上げ、雷鳴響く曇天を睨みつけた。





 ――白龍は雲間を通し、縦に割れた紅い瞳を少しだけ見開く。


「Although it is a small island nation, many of the monsters are powerful」


「That figures.この国は変態度で言ったら世界屈指だからな。それだけ強い個体が受肉したんだろ。……てかさっさと降りろや、こちとら何も見えねぇんだよ」


 自分の背中で暇そうにだらける少女を、白龍は軽く笑う。


「……まぁそう焦るでない。そろそろ迎えが来るだろうて」


「Huh?何言って」


 彼女が首を上げた、その時、雲の下から人型の何かが浮かんで来た。


 全身木造りで、両手に神具を持ち、顔面を恐ろしげに歪ませた巨像。

 日本の守護者、不動明王像が、白龍の正面に浮遊した。


 それを見た少女は驚き、そしてバカにしたように笑う。


「Hahaha! I didn'tまさかお前に expect挑んで来る an 『apostle使徒』 to challengeがいるとはな! you!」


「No, that don't want to fight.……あー、日本語はこんな感じじゃったか。どうじゃ?通じるか?」


「『……是』」


 不動明王像は白龍を見据え、頷くと同時に、震える己の身体を不思議に思った。

 無意識に、本能的に、恐れているのだ。目の前の存在に。


「『……王の1柱とお見受けする。何用か』」


「なに、ただの散歩じゃよ。主、『使徒』にしては異質じゃな、何をしている?」


「『この国の人々守る。それが我に課せられた天命』」


 少女は興味深げに不動明王像を眺める。


「An 『apostle』 protecting people?珍しいな。あれぶっ壊して持ち帰ろうぜ?」


「バカめ、アレと日本が仲良かったらどうする?いきなり国交断絶じゃろうて。今度こそ大統領ブチギレじゃぞ」


「チッ」


「すまんの。そう警戒しなくてもよい」


「『……了』」


 バチバチに警戒している不動明王像に、白龍は優しく笑いかける。しかし捕食者の笑顔など恐怖以外の何者でもない。明王像は更に1段階警戒を強めた。


「『……目的をお聞かせ願う』」


「散歩じゃと言ったろう?我が寝床にしている国の盟友国と聞いての、見に来たのじゃ。なんなら助け舟を出すこともやぶさかではない。我は人間が好きだからの」


「『……助け舟』」


 動けないでいる明王像に、痺れを切らした少女が日本語で睨みつける。


「おいクソミミック、どーでもいいからさっさと通せ。助けてやるっつってんだよ。殺すぞ」


「『……』」


 青筋を浮かべる彼女に、白龍は溜息を吐く。


「……ハァ、まぁ此奴の言う通りじゃ。我も主の意見は聞いておらん。別に滅ぼすつもりなどないし、交友を深めようと思っておるだけじゃ。悪い話ではないじゃろう?。


 ……それとも、まだ問答が必要かの?」


「『――ッ……』」


 不動明王像は一瞬ビクりと震え、そして1歩下がった。


「『……否。この命、無駄には出来ない』」


「賢明じゃ。それで、この国のトップは何処におる?」


「『……京の都。あの建物にいる』」


「なるほど。協力感謝するぞ」


「ぉっせーんだよ」


「『……』」


 雲海の中へと消えてゆく白龍の背中を見送り、不動明王像は己の震える手を見つめる。


「…………『あれが、神か』」


 紛い物である自分とは格が違う。本物を、彼はその木彫りの目に垣間見た。

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