帰還

 


 ――そして最終日。


 3人は約束の海岸に立ち、響く旋回音を耳に空を見上げる。


「……」「……」「わぁ……」


 10台の大型輸送ヘリが着水し、中から完全武装したAMSCUの隊員がぞろぞろと出てきた。


「やっぱスッゲ、何あの木?ユグドラシルじゃん」


「は?黙ってください隊長」


 並び敬礼するその後から、隊服を着崩した1人の男が歩いて来る。腕には赤と金の腕章。


「久しぶりマサ〜、……ってえ⁉︎顔出しOKになったの⁉︎」


「よう千軸、久しぶり。お前が来たのか」


「んだよーもっと喜んでよ。……いやいやそんなことより、ふ〜ん、へ〜」


 東条はジロジロニヤニヤと見てくる千軸の頭を掴みヘッドロックをかける。


 その横で千軸隊副隊長の渡真利がファインダーを開き、書類を捲る。


「……マサ調査員、ノエル調査員、お疲れ様です。早速で申し訳ないのですが、そのままで良いですので報告を」


「渡真利⁉︎助けぐぇ」


「ああ、そうっすね。とりあえず救助者はこいつだけです」


「「「「⁉︎」」」」


 後ろの灰音を指差した自分に、周りの隊員達がざわつく。まぁ無理もない。


「……それは、どう言う」


「そのままの意味です。こいつ以外生き残りはいませんでした。俺らが来る前に全滅してましたよ」


「っ……そうですか、それは」


 悔しそうに表情を歪めた渡真利は、しかしすぐに東条とノエルに再度姿勢を正し敬礼した。


「何より、御二方が無事で良かったです。本当にお疲れ様でした。詳しい話はヘリの中で」


「……ああ、本当に疲れたよ」


「苦しゅうない」


「あはは、壮観だね」


 顔が白くなり始めた千軸を引きずり、敬礼した隊員達が作る道を通りながら、東条は大きく溜息を吐くのだった。



「それで、どうだった?沖縄は」


「サンキュ」


 ヘッドロックを外された千軸が、飲み物を持って東条の横に座る。そんな彼を渡真利が睨みつけた。


「隊長、今は任務中です。それ相応の振る舞いを。軍法会議にかけますよ」


「厳しすぎない?」


 手を上げる千軸に、東条は軽く笑う。


「まぁ楽しかったよ。未登録のモンスターもわんさかいたな。まぁそっちも全滅したけど」


「え?全滅?」


「あー、ノエル」


「ん」


 ノエルが千軸に向かって1台のカメラを投げ渡す。


「これは?」


「提出用の記録。大体はそこに収めてある。あとノエルが持ってるデカいリュックにはドロップ品がたんまり入ってる。『白』の特殊部位も入ってるから、丁重に扱えよ?」


「え?ちょっとま、『白』って言った?」


 ヘリの中が静まり返る。


「ああ、出たぞ、『白』。今回はマジで死にかけた」


「「「「「「⁉︎」」」」」」


 驚く隊員達を、ノエルと灰音がクスクスと笑う。


 そんな中、とりわけ深刻な顔をした渡真利が東条に詰め寄った。千軸の表情も驚きというよりは、どこか心配に近い。


「マサさん、進路を群馬試験場に変更しても?」


「え?帰れるんじゃないんすか?」


「申し訳ございませんが、報告の内容が急を要すると判断しました。只今要人の皆様もそこに集まってますので、丁度いい。と岩国も仰っています」


 向けられる端末の画面に表示される、岩国防衛大臣からの指示。いや報連相早すぎるって。軍こわっ。


「えーー、俺疲れてんですけど?」


「申し訳ございません。ですがどちらにせよ、あちらの救助された女性の付き添いとして、マサ調査員とノエル調査員には一緒に来ていただきますので、+αで多少の報告が入るという認識で構いません」


「その多少の報告、絶対数時間拘束されんじゃん」


「……そんなことはないですよ」


「目逸らしちゃったよ。おい千軸、目逸らしちゃったよこの人?」


「こら渡真利、人と話す時は目を見なさい」


「黙ってください」


「はいごめんなさい」


「お前らの力関係ってどうなってんの?」


 萎縮する千軸を睨みつけ、渡真利は立ち上がる。


「お疲れなのは存じておりますが、どうか悪しからず。ノエル調査員も、どうか」


「へいへい」「んー」


「ご協力感謝します」


 去ってゆく彼女の背を見ながら、千軸は項垂れる東条の肩を叩く。


「まぁ元気出せって。今度なんか奢ってやるから」


「最高級フレンチ」


「岩国さんにお前めっちゃ元気って言っとくわ」


 東条は千軸にヘッドロックをかけながら、窓の奥で小さくなってゆく沖縄から目を逸らした。




 ――「マサ殿、この度はご苦労だった。ノエル殿も」


「ああはい」


「ん」


 着陸したヘリから降り、我道と握手を交わす。


 軍に守られた外側には、見込みありとして試験場で訓練を積んでいる調査員の卵達が何事かと集まって来ていた。そして東条の素顔を見て、総じて驚く。


「じゃ、僕は行くね」


「ん」


 検査を受けるため連れて行かれる灰音が、ニッコりと笑う。


「桐将君、また後でね」


「……」


「ふふっ」


 東条は無造作に手だけ振り、去ってゆく彼女を見送った。


「では我々も行こうか」


 見計らった我道が会議室に2人を案内する。


 その道中、


「……してマサ殿、顔を隠すのはやめたのだな?」


「はっ」


 東条はそんな質問をしてくる意地悪な翁を鼻で笑った。


「白々しいぜ総理、俺の正体なんてとっくに分かってるだろうに。俺から取った血は有効活用出来ましたか?」


「はて?何のことやら」


「はははは」「ハハハハ」


 互いに牽制し合うように笑い合う。


「では、これからは『君』として活動してゆく。そういう認識でいいのだな?」


「問題ありませんよ。俺も窮屈でしたから、逆に有難いっすわ」


「……あい分かった。なら改めて、これからもよろしく頼むよ。東条 桐将調査員」


「やっぱ分かってんじゃん」


 心底食えない爺さんだ。


 顔バレは大した問題じゃない。カオナシという顔が周知されている以上、素顔を出そうが出すまいが世間の反応は大して変わらない筈。


 問題は俺と深く関係のある友や家族にまでメディアの手が伸びることだ。確実に伸びる。


 だから我道には職権濫用させてメディアを止めさせる。家の周りにノエルお手製地雷も埋め込んどくか。


 有栖の件が外部に漏れた以上、この機関は信用するに値しない。


「……はぁあ」


「お疲れだな」


 ……ああ、面倒臭い。

 天を仰ぐ東条は、会議室の椅子にどっかりと腰掛け、大きな溜息を吐くのだった。





 ――その夜、もうやだと会議を抜け出してきた東条とノエルは、閑寂な通りに佇む1軒のお洒落なバーに入った。


 カランコロン、というベルが店内に響く。


「いら、っ⁉︎……いらっしゃいませ」


 2人を見た初老のマスターは、一瞬取り乱すもすぐにダンディーを貼り付けつける。


 生憎、店内に客はいなかった。


「マスター、オススメを」


「ノエルも」


「畏まりました」


 2人はカウンターに座り、シェイカーの音を聴きながらホケー、と待つ。


「お待たせいたしました。こちら、アラウンド・ザ・ワールドです。ジンとペパーミントリキュール、パイナップルジュースで作った、『冒険』の名を持つカクテルです」


「お、いいね。有難う」


「ノエル様にはこちら、シンデレラを」


「マスター分かってる」


「恐悦至極でございます」


 2人は目を合わせ、軽くグラスを掲げ乾杯する。


 口をつけ、ホッ、と一息吐いた後、……先に口を開いたのは東条だった。


「……灰音の背中押したの、お前だろ?」


 その質問に、ノエルの肩がピク、と反応する。


 厳密にはあの限りなく非合法に近い非合法麻薬で、灰音のたがを外した。東条は今回の件に関して、そう予測していた。


「……ん」


「やっぱりな」


 溜息を吐く東条に、しかしノエルは淡々と告げる。


「cellを使われる前から、マサは涼音より灰音と生殖したいと思ってた」


「……生殖言うな」


「なのにくだらない義理で欲抑えてた」


「くだらない言うな」


「ノエルは涼音好き。でも涼音は普通の人間。マサには釣り合わない」


「釣り合わないって……」


「マサが欲しいメスは、狂う程自分を愛してくれて、簡単には死なないメスでしょ?灰音じゃん」


「限度があるって」


「だからノエルは切っ掛けをあげた。いつまでもグダグダしてるマサが悪い」


 済ました顔でグラスに口をつけるノエルを、東条は横目で見て、


 そして笑った。


「……って言うのは?」


 その言葉に、ノエルもクス、と笑う。


「自己弁護、かもしれない。結局のところ、ノエルも灰音の支配下にある。灰音が好きだし、灰音を応援したい」


「……」


「……」



「「……はぁ」」



 東条とノエルは諦めたようにカウンターに項垂れる。


「俺ら2人とも、あいつの掌の上ってわけだ」


「……もっと優しくしてあげればいいのに」


「んな無茶な」


「でも好きなんでしょ?」


「そりゃまぁ、…………大好きだよ」


 自分で言って恥ずかしくなり、カウンターに突っ伏す。


 ……とそこへ、コトン、と音が鳴った。


「?」


「私からです。バラライカ……『恋は焦らず』ですよ」


 顔を上げた東条は、優しい笑みを浮かべるイケオジに吹き出す。


「ククっ、有難うございます。……聞いてくださいよマスター」


「はい。何でしょう?」


「ナイフを突きつけて愛を囁いてくる女に恋しちゃったんですけど、どうすればいいです?」


「⁉︎」


 笑顔がひくつくマスターのバーでは、その夜、クローズした後も愚痴が響いていたとか。

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