貴方の中の君へ

 



「……やっぱり、ノエルは凄いなぁ」


 水平線から太陽が昇る中、灰音はビーチに座りながら、自分の周囲を通過してゆく、1本1本が超高層ビル程の太さを誇る根を眺める。


 触れてしまったモンスターが根刮ぎ呑まれ、食われてゆくその光景は、まるで神話の1ページ。


 そんな中で、逃げ惑う生物が数十匹。


「キャンキャン⁉︎」「アゥウ」「キュゥぅ」


「……はは、君達は標的じゃないみたいだよ?」


 東条を追いかけ、途中で助けに来てくれたシーサー達。


 灰音は群でかたまり丸まる犬っころを笑い、


 ……天を仰ぎ、そして大きく息を吐いた。




「……」


 ……終わったのだ。


 誰も欠けずに、全てが終わった。


 1度は命を捨てようとした自分すら助けて、彼らは全てを終わらせてしまった。


 ……そう、彼らは。


「……」


 視線を下ろし、自分の膝で寝息をたてる1人の男を見つめる。


 傷だらけで、血まみれで、それなのに、どこか安心したように眠る1人の男を。


「……」


 見つめるだけで顔が熱を持ち、目を逸らしてしまいそうになる。


 だけど反対に、目はその人から離れず、心拍が鼓膜を叩き、心は更に奥へ奥へと落ちてゆく。


「……ふふっ」


 彼の目にかかった前髪をどかし、血濡れた頬をそっと撫でた。



 かっこよく、美しく、愛おしい。


 胸を締め付けられている様な切なさが、溺れてしまいそうな程に心地良い。


 今までの感情が嘘だと思えるくらい、濃く、熱く、欲深い情動。


 これが『恋』なのだと、今の僕ならはっきりと理解できてしまう。



「……きっと、桐将君と、『』も、こんな気持ちだったのかな、……羨ましいな」



 彼の頭の中に巣食い続ける、異性への好意を許さない悪魔。


 1番最初に桐将君に選ばれた、名も知らぬ彼女。


 彼はその頭痛を自分のせいだと言っていたけど、……僕には分かるんだ。


 ……これはそんな、苦痛とか、トラウマとか、……そんな生優しいモノじゃない。


『呪い』だ。想い人を縛り、監視し、自分の物として傍に置くための、恐ろしく悍ましい、愛の呪縛だ。


 その徹底ぶりに、乾いた笑みが溢れる。


「……僕に似た能力かな?……ふふっ、……どちらにせよ、まともじゃないね、『君』」


 自分のために他者を縛り、悦楽を得る異常性。

 僕がcellで中和しなければ、桐将君は僕と話すことすら出来なくなっていただろう。



「……」


 ――もう1度頬を撫で、彼の寝顔に微笑む。



 ……でも、でもだ。

 今の僕には、その気持ちにすら共感出来てしまう。


 手放したくない。


 ずっと傍にいたい。



 僕だけを見てほしい。



 こんなモノに、どうやって抗えと?


 どうやって抑えろと?


 ……どうやって、諦めろと?


「…………」



 ――息が荒くなり、周りから音が消え、ただ早くなる心臓の音だけが急かすように響いている。



 もう、良いんじゃないかな?



 充分、我慢したと思うんだ。



 好きな人に焦らされ続けて、それでも一線を引いていた僕は凄いと思うんだ。




 だから今回だけは、……僕も好きにさせてもらうよ。



























「…………桐将君、君のせいだからね…………」

























 ――初めてのキスは、甘く、蕩けるような、





 血の味がした。

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