白き王

 



 §




 種子を作ったことにより更に幼児化したノエルは、ハンドルを両手で握り、息を吐く。


「……」


 もし失敗すれば、自分はここで死ぬだろう。


 だが、そんなことは万に一つも起こり得ない。何故なら、



 ノエルは最強だから。



「――ッ」


 眼前の滑走路に向け、思いっきりアクセルを踏んだ。


 ジェットエンジンが唸りを上げ、トレントを吹き飛ばし超加速、1台の戦闘機が赤い空に羽を広げる。


「っ、っ、ぅぐ」


 身体にかかるGに顔を顰めながら、力一杯ハンドルを操作する。

 飛行モンスターを蹴散らし、置き去りにし、旋回。


「ッ」


 白い花の真上、花粉結界の1点に向かって、搭載された兵器の全てをぶち込んでゆく。


 ガトリングガンを連射し、旋回。それを何度も繰り返す。



 己のcellとはいえ、範囲内部全ての魔素に影響する能力だ。

 少なからず何かしらの制限はある筈。

 加えてアレがこの中でcellを使えているのは、魔素の供給がどこからか行われている証拠。


 そして見つけた、唯一の弱点。



 ――旋回、ハンドルを思いっきり引き、急上昇。


「――ッッッ」


 ミサイルを全弾発射。爆炎と共に、ガラスの割れる様な音が響く。


 更に加速。


 ひび割れた花粉結界の抜け道に向かって、機体ごと突っ込んだ。




「っゲホっゲホッ、……っスゥウウウウウウウうううううううう……」



 天高く打ち上がり機体から放り出されたノエルは、頭から落下しながら全身で魔素を吸う。


 途端、治癒を始め、元の大きさに、人型に戻ってゆく身体。

 魔力を全身に行き渡らせ、完全回復したノエルは、


「ッッッッ」


 体勢を戻し、縦に割れた目を見開くと同時に掌を打ち合せ、次いで手と手の間に少しだけ空間を作った。



 瞬間、……風がやんだ。


 音が消えた。


 海が荒れ、空が隠れ曇り出す。


 大気が、自然が、彼女の威容に呑まれ、その恐怖に震え始めた。



 世界から集まる膨大な魔力。ノエルをして制御不能なその量を、彼女は力尽くで抑え支配する。


「っく、ッ」


 身体中から草木が生え出し、花が散り、肌がひび割れ、血が滴る。

 完全許容外の常識を超えた魔力の塊。


「ハァ、ハァ、……を、舐めるな」


 息を切らすノエルの両手には、歪な杭の様な形をした、1つの苗木が握られていた。


 眼下には、自分に向かって枝を伸ばす同胞。……否、


 マサを、灰音を、大切な仲間を苦しめたゴミクズ。



 絶対に、許さない。



 ノエルは苗木を大きく振りかぶり、今自分が創れる最大最強の魔法の名を呼ぶ。



 それは世界を、宇宙を支える神話の樹木。



 転じて、世界を、彼女の嫌いな森羅万象を滅ぼす樹木。



 がここに命ずる。



 顕現せよ。






「――『イア・ユグドラシル』ッッッ‼︎」





 全力で投擲した苗木は修繕中の花粉結界を吹き飛ばし、大地に着弾。


 ――刹那、周囲の全てを呑み込み、途轍もない速度で成長を始めた。


 200m、300m、……1㎞、2㎞、瞬く間に天を突いたユグドラシルは、全方位に数億の根を伸ばしあらゆるモンスターを吸収してゆく。


「ギィっギギイイギ⁉︎」


 白百合は迫る数千の根に抵抗するも、例外なくへし折られ、破壊され、木っ端微塵にされ、絶叫も許されず呑み込まれた。




 そんな光景をユグドラシルの頂上に倒れながら見ていたノエルは、大きく息を吐いて成層圏を見つめる。


「……」



 灰音はこの状況を自分のせいだと言っていた。


 ……だけど、本当は違う。

 もし大量のモンスターが襲ってきても、マサとノエルなら問題無く守り切れた。


 アレをしまったせいで、ここまで追い詰められた。


 この状況に至ったのは、完全にノエルのせいだ。


「……」



 ノエルは腕で目を覆い、深く、そしてどこか悲し気に、溜息を吐いた。





 ユグドラシルに与えられた命令は『沖縄全域』のモンスターの消滅。


 2人が目を覚ます頃には、全てが終わり、全てがいなくなっているだろう。

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