あなたのためならば

 


 灰音は目の前まで歩いてきた東条に一瞬放心するも、


「ッ何で、っ何で来たんだよ‼︎」


 差し出された手を払い除ける。


「僕が原因だって分かってるだろ⁉︎馬鹿なの⁉︎死ぬの⁉︎」


「いや死にたかねぇけど」


 東条は灰音の手を掴んで立たせ、無理矢理車まで歩かせる。


「なら見捨ててよ‼︎もう見たくないんだよ‼︎僕のせいで2人が傷つくとこなん、っ⁉︎」


「……ピーピーうるせぇぞクソボケが」

「っ……」


 東条は灰音の口を鷲掴みにし、額に青筋を浮かべ睨みつける。


 初めて見る本気で怒った彼に、灰音はビクリと固まってしまった。


「見捨ててくれだ?僕のせいで傷つくだ?……舐めんなよカスが。俺の意志をテメェ如きが決めんな。殺すぞ」

「っ」


 東条は手を離し、尻餅をつく彼女を他所にトランクを開け放つ。


「テメェの意志なんざ聞いてねぇ。興味もねぇ。俺はいつだって、俺のためだけに動く」


「っ僕は、君のために「黙れ」っ……」


 自分を見下ろす東条に、灰音は異様な恐怖を感じ萎縮する。


「……言った筈だけどな。俺は俺の大切なもんを傷つける奴を、絶対に許さねぇ。そいつがどれだけ正論を並べようと、聖人だろうと、例え国だろうと、……必ず殺す」


 東条は詰め込んだ武器の中からショットガンを取り出す。


「それがお前であっても、だ。灰音」


「っ……僕のことは、僕の好きに」


「すればいいさ。俺は大切なもんを否定しない。だけどだ、そこに少しでも俺にとって不利益がある場合、俺は許さない」


「……」


 ……なんて傲慢で、強欲で、自分勝手で、矛盾極まりない男だろうか。

 そんなの、僕が何を言っても意味ないじゃないか。


 灰音が言い返せないでいると、ザバザバとゴブリンキングが這ってビーチに上がってくる。


 東条はトランクを閉め、ショットガンを肩に担いだ。


「ま、」

「んっ」


 溜息を吐いた彼は、座ったままの灰音の手を引っ張り、立たせ、




「どうしても死にたいってんなら、俺の隣で死ね」




 銃口を彼女の胸にコツン、と突きつけた。


「――ッッッ⁉︎‼︎⁉︎」


 瞬間、真っ赤になった灰音の頭の中から、反論、覚悟、諦念、そして全ての理屈が吹き飛んだ。


 心臓が煩く、顔が熱い。それなのに何故か不快じゃない。


 何だこれ何だこれ何だこれ⁉︎


「おいどうした?」


「⁉︎え、あ、ひゃいっ」


「?」


 何でテンパってんだこいつ?と訝しむ東条から視線を逸らしながら、灰音は必死に自分を鎮める。


 今この時彼女は、1つの感情に支配されるということがどれ程恐ろしいことなのか、身をもって実感したのだ。


 その感情の名は『恋』。


 人間が持つ、最も尊ぶべき感情の1つだ。


「すぅぅ、ふぅう……死ぬかと思った(ボソ)」


 彼女は2丁拳銃の冷たさで熱くなった頬を冷やす。


 そして、


「……ふふふっ」


「泣いたり笑ったり、忙しい奴だな」


「誰のせいだよ?」


 東条は海から上がってくるゴブリンキングを。灰音は森からジリジリと近寄ってくるモンスターの大群を。互いに見ながら背中を合わせる。


「……桐将君?」


「あ?」


「今の言葉、本気にしてもいいかな?」


「……あー、ダメだ」


「っプハハっ、やっぱり君は最低なクズ男だ!アハハハっ」


「どうも」


 互いに笑う中、東条はポケットに手を突っ込みある物を取り出す。


「灰音、これ1つ食え」


 それは見るからに毒々しい色をした、2つの小さな種子のような物。


「え、何?媚薬?」


「バカが、今のお前なら媚薬なしで落とせるわ」


「言うねぇ」


 東条は軽く笑った後、灰音をチラリと見る。


「ノエルが俺達のために作ってくれた奥の手だ」


「ノエルが?cellは使えない筈じゃ」


「お前も聞いたろ。アイツの身体は魔素で出来てる。文字通り命削って作ったんだよ」


「っ……」


 灰音はその言葉に笑みを引っ込め、種子を受け取る。


「効果は?」


「食ったら分かる」


 いよいよ近づいてきた敵との距離に、2人は気を引き締める。


 背中にお互いの温もりを感じながら、獰猛に笑った。


「……灰音」


「何だい?」



「……生き残るぞ」


「っうん」



 ゴブリンキングが大跳躍。モンスターが荒ぶり疾駆する。同時に、2人は種子を噛み砕いた。

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