懺悔

 


「よっと」


 仮眠室の更に奥には、隠されるように小さな穴が空いていた。

 恐らく有事の際に逃げ出すために作られた穴。


 灰音はそこを通り、外へと顔を出す。


 切り立った崖をゆっくりと進み、大量のモンスターに見つからないよう、ヘルメットを被りこっそりと用意していたバイクに跨った。


 震える手で無理やりハンドルを握り、目を瞑る。


「……スゥぅ……フゥぅぅ…………ッ」


 一気にエンジンを入れ、ペダルを蹴り加速した。


「?」「ゲギ?」「ゴァ!」「グルォア‼︎」――


 瞬間ドアの前に溜まっていた全てのモンスターの顔が上がり、導かれるように駆け出す。


「……っ」


 背中を叩く、大量の足音。


 空気を裂く咆哮。


 自分を求める汚濁した狂気。


 灰音は唇を噛み締め、トレントの森を縫う。


 もっと遠くに、もっと遠くにっ。


「……こんな時こそ笑うんだっけ、桐将君?」


 心を満たす恐怖。


 しかしそれ以上に自分を押し潰すのは、どうしようもない罪悪感と責任感。


 灰音は引き攣る口で、無理矢理笑顔を作った。




 〜〜僕は分かっていた。きっと、2人も分かっていた。



 ……狂ったモンスターがここに集まるのは、僕のせいだ。



 僕の影響下にあった全てのモンスターが、感情の制御を外され、弄ばれた復讐と狂気の中、僕を求めて集まってくる。


 自業自得という言葉がこれ程似合う人間も、そうそういないだろう。


 ……だけど、僕はそれら全てを棚上げし、2人がこの戦いに命をかけることを是とした。


 怖いから、恐ろしいから、死にたくないから、……まだ、一緒にいたいから。


 そんなくだらない理由で、僕は僕の責任に2人を巻き込み、あまつさえ笑って行動を共にしていたんだ。


 その結果がどうだ?


 1番苦しい筈のノエルの手をズタズタにし、桐将君の身体を、再起不能まで追い込んで破壊した。


 感情を操って、隠し事をしていた僕に向かって、友だと、大切だと言ってくれた人達を、僕は、自分の手で、滅茶苦茶に傷つけたんだっ。


 ……反吐が出る……っ心底、反吐が出るッ!


 何が友だ‼︎


 何がっ、初恋だ‼︎



「ッ泣くな‼︎泣くな僕‼︎笑え!笑え‼︎」


 自分の意思とは反対にボロボロと溢れてくる涙を、フェイスシールドを上げ必死に拭き取る。


 しかし拭けば拭く程、耐えれば耐える程、止めどなく溢れてくる。



 っお前のせいで2人が傷つくんだ‼︎


 お前のせいで人が死ぬんだ‼︎


 ずっと1人で過ごしていただろ!今更、寂しがるなよ‼︎



 言葉とは反対に、次々と蘇る3人との思い出。


 出会い、驚き、遊び、食事し、喧嘩し、笑い合った、かけがえのない約3週間が、走馬灯の様に蘇り頭を埋め尽くす。


「ぅくっ……ゥうう」


 今まで生きてきた全ての時間を掛け合わせても、この3週間には遠く及ばない。


 それ程までに、幸せで、暖かく、夢見心地な時間だった。



 ……だからこそ僕は、命を賭してでも2人を守りたい。


 僕が離れれば、敵はあの白い花だけになる。


 途轍もなく大きいけど、攻撃手段はこの花粉のみ。


 速さも余裕で逃げ切れるレベル。明日には軍の迎えが来る。


 緊急事態だと分かれば援軍が来る筈。


 2人ならそれまで上手く逃げ切るだろう。


「っはぁあ……」


 灰音は赤い空を見上げ、大きく溜息を吐く。



「……何だかんだ、失恋が1番辛かったかな」



 軽く笑った。




 瞬間、



「――ッゴルァア‼︎」

「――っ⁉︎」



 横から突っ込んできた巨体に突き飛ばされ、バイクごと宙を舞った。

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