覚悟 別れ

 

「ハハっ、せまっ」


 東条は20匹のシーサー達を引き連れ、竪穴に避難した後、鉄の扉を何重にも閉めた。瞬間張っていた気が抜け、ぶっ倒れそうになるも、


「おっと、……すまん、ゲフっ」


 ポロポロと涙を流す灰音に受け止められる。


「……」


 怒ったように眉を上げながら泣く彼女に、東条は苦笑する。


「……どうよ?勝った「――っ」ぜ、……っと」


 抱き付く灰音に身体をを強ばらせるも、トテトテと歩いてきたノエルにも抱きつかれ、身動きが取れなくなる。


「……ゴホっ、……やっぱここ天国だろ」


「……バカ、」


 夢見心地だ、と顔を弛緩させる東条の心臓の音を聞きながら、灰音はその体温を全身で感じた。



「ゲホっ、灰音さん?そろそろ、俺多分あばら折れてるからっ、ゴホっ」


「やだ」


「いやあのですね?胸の感触は最高なんで「っ」あが⁉︎」


 突き飛ばされた東条は、引っ付くノエルと一緒にボフっ、とボスシーサーの体毛に埋まる。


「おまっ、もっと丁重に扱えや‼︎ゲッホっ、……んで、お前はいつまでくっ付いてんだ?」


 足を持ち上げ、ぶら下がるノエルに溜息を吐く。


「……ごめ、マサ……」


「……ったく」


 ガシガシと髪を掻き、ノエルを引き剥がす。


「お前のミスじゃねぇだろ、アイツが意地見せたんだ。ケホっ、……くだらねぇことでクヨクヨしてんじゃねぇよ」


「……ん。無事でよかった」


「ハっ、当然だ」


 抱き付いてくるノエルに微笑み、抱っこし、東条は立ち上がりボスを叩く。


「助かったぜお前ら、ありがとな」


「ゥバフっ」「バウワっ」「ガウガウ」


「はははっ、ああ邪魔くせぇっ」


 舐め回される東条を見ながら、灰音は後ろに組んだ手に力を込めた。


 ……どこか危うげで、されど決意の籠った力を。



 ――「はい終わり」


 仮眠室にてノエルの包帯を巻き終わった灰音は、ニッコリと微笑む。


「ん。ありがと」


「ノエルも頑張ってくれてありがとね」


 ベッドに座る彼女はノエルを力一杯抱きしめた後、続いてポンポン、と自分の隣を叩く。


「桐将君の番」


「頼む」


 簡易ベッド座った東条は、灰音に促されるまま服を脱ぐ。


「いつっ」


「ごめん、でもちょっと我慢してね」


 灰音は彼の汗と血を拭い、抉れた脇腹の傷を消毒、化膿止めを塗りガーゼの上から包帯を巻いた。

 腫れ上がり内出血で変色したあばらは、簡易的なバストバンドで圧迫する。


 ただでさえ傷だらけの全身が、生々しい裂傷だらけ。


 灰音は口を引き結び、消毒を続ける。


「……」


「っ灰音?」


 その時突如背中に感じた重みに、東条は驚いた。


「……ごめん、少しこのままで……お願い」


「……ああ」


 おでこを押しつけたまま懇願する彼女に、東条も脱力する。


 ……背中を伝い感じるのは、嗚咽を必死に我慢する彼女の震え。


「……」


 数分だけ、東条はその傷だらけの背中で、静かに、灰音の感情を受け止めた。



「一緒に寝るか?」


「ん、来い」


 ベッドに横たわる2人に、灰音はクスクスと笑う。


「ふふっ、遠慮しとくよ」


「んでだよ?」


「暑いし」


「ちぇー」


「ちぇー」


 微笑んむ灰音は、少し離れた自分のベッドに横になる。


「疲れた〜」


「あああ〜、やっとまともに寝れるぜ〜」


「ん〜」


 3人は笑い合い、ランタンに手を伸ばす。


「んじゃ、おやすみさん」


「おみ〜」


「……うん、おやすみ」


 これからのことは起きてから考えればいい。


 もう自分達に出来ることは何一つない。


 もし突破されたら、素直に死を受け入れようじゃないか。


 久方ぶりに感じる暗闇は、3人を瞬く間に睡魔に引きずり込んだ。






 ――「……」


 腕の時計は、朝4時を指している。


 暗闇の中むくりと起き上がった灰音は、枕元の拳銃を腰に刺し立ち上がる。


「……」


 チラリと2人を見るも、疲労から泥の様に眠っている。


 ……感知が無くて良かった。


 灰音は微笑み、気持ちよく眠る2人に背を向けた。


 仮眠室から出た彼女は、シーサーの眠る武器庫へと足を踏み入れる。


 奥には外側から叩かれベコベコに歪む鉄の扉がある。一体外にはどれだけのモンスターが溜まっているのか。殴打の音は今も続いている。


 彼女の足音に多くのシーサーが目を開けるが、すぐに閉じてまた眠りにつく。


 そんな中、


「……」


「……起こしちゃったかな?」


 ボスシーサーだけが、彼女をジッと見つめたまま動かなかった。その時灰音は気づく。


「……そっか、君は気づいてるのか。僕が島中の人を消した犯人だって」


「……」


 灰音はベストを羽織りながら、苦笑する。


「ごめんね。でもその後悔はもうしない。そう決めた」


「グルゥ……」


「ふふっ、救いようがないだろ?僕もそう思う」


 灰音は笑い、ボスの立髪を撫でる。


「…………桐将君を、ノエルを頼むよ」


「……グゥ」


「……うん」


 机の中に隠しておいたキーを取り出し、振り返る。



「……これは、僕の仕事だから」



 そう、灰音は困ったように笑った。

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