それぞれの思惑、収束、結び目

 


「っ」


 何だ⁉︎何が起きた⁉︎攻撃⁉︎どうする⁉︎マズい、マズすぎるっ。


 頭をフル回転させる東条は、そこでハッ、と顔を上げる。

 今考えるべきは対抗手段じゃない。そんなことよりも、


「ッノエル‼︎」


 フラフラとおぼつかない足取りのノエルに向かって、東条は砂を蹴って走る。

 玉の汗を浮かべるノエルを抱きとめた。


「ノエル⁉︎ノエル!」


「ヒュぅ、ヒュぅ、ヒュぅ」


「っ」


 過呼吸を起こすノエルを持ち上げ、急いでホテルへとダッシュした。


「マサ君⁉︎」


「はぁッ、はぁッ、ッ」


 東条は心配する灰音を無視し、走り続ける。


 海面には魚型モンスターが次々と浮かび、


 何かに覆われ、不気味な程赤く染まった空からは、鳥型モンスターがボトボトと雨の様に落ちてくる。


 ゴブリンが泡を吹いてもがき苦しみ、ミノが錯乱し自身の頭を木に打ちつけている。


 見渡す限り狂気の世界。

 魔素に依存していた生物にとって、ここは最早住める土地ではない。


 そしてそれは人間とて例外ではない。


「はぁッ、ハァっ、クソッ」


 東条はいつもより格段と重くなった足を全力で回し、ドアを開け放ち寝室のベッドにノエルを寝かせ、鍵をかける。


「ヒュぅ、ヒュぅ、……ごめ、マサ」


「っ気張れよノエル!大丈夫だぞ!」


 嘗てノエルは言っていた。モンスターから魔素を奪うということは、それ即ち人間から空気を取り上げることと同義だ。


 苦しみながらも呼吸を整えるノエルが、上半身を起こす。


「ヒュぅ、ハァ、はぁ、……マサに、1つ秘密を明かす」


「あ?」


「ノエルの身体、全て魔素でできてる。だから変幻自在、人になれる。ふぅ」


「今そんなこと」


 いきなりのカミングアウトに虚を突かれた東条だが、そんなこと今はいいとこの場を逃げ出す策に頭を切り替えようとする。


「でもノエルは『蛇』として生まれた。蛇が1番楽。今は、人疲れる。ふぅ」


 その説明に東条も驚く。


「っ今蛇に戻ったら、」


「ふぅ、ふぅ、」


「……」


 東条は口を引き結び、ノエルの汗を拭う。


「……いいのか?」


「灰音なら大丈夫。言いふらすような奴じゃない」


「でもあいつは……」


「ん。分かってる。ノエルは。それだけ」


「お前、本当にドライだな」


「敗者が勝者に従うのは、普通のこと。それにこの2週間、ノエルは、楽しかった。……マサも、灰音に悪意が無いのは、分かってる」


「……」


 東条は難しい顔をしてから、自分を見つめるノエルを見つめ、……溜息を吐いた。


「……分かった」


 おでこをコツン、と合わせ、東条は己に誓う。


「お前のことは俺が絶対に守ってやる。安心しろ」


「任せる」


 蛇に戻ったノエルからおでこを離し、ヒンヤリとした鱗を撫でた。


 そこで、


「……マサ君、ノエル?」


 ドアの外で待っていた灰音が、躊躇いがちに声を出す。東条は1息吐いてから、立ち上がった。


 ……鍵を外し、灰音を呼ぶ。


「……すまねぇな。入ってくれ」


「ぅ、うん」


 東条はドアの横に立ち、その眼光を鋭くする。

 サイドテーブルに置いてあったボールペンを取り、カチっ、とシンを出した。


 もしノエルに対して否定的な目を、言葉を、気を出したなら、その瞬間、



 殺す。



 人間だろうと、女だろうと、友だろうと、殺す。


 ノエルが大切に思っていても、所詮それは造られた物だ。彼女自身がどれだけいい人間でも、ノエルに手を出したことに変わりはない。


 ノエルが許すと言うのなら、俺は許す。ノエルのことはノエル自身が決めるべきだ。


 ……だけどもし、そのノエルに悪に寄った感情を向けるのなら、絶対に許さない。それだけは絶対に。


 東条はボールペンを背後に隠し、灰音を迎え入れる。


「……何か話してたけど、大丈……」


「シュルルル……」


 指に力を込める。首に狙いを定め、


 しかし次の瞬間、


「……ノエル?」


「シュララァ」


「あははっ、重っ」


 脱力し笑顔になった灰音とノエルが戯れる光景に、東条は目を見開いた。


「……マサ君、心配しなくていいよ」


 灰音はノエルを抱きしめ、東条に優しく微笑む。


「ちょっとビックリしたけど、薄々気づいてはいたから」


「……」


「……その様子じゃ、そっちも気づいていたみたいだね。……ごめんね、ノエル」


「シュルラァ」


「ふふ、……ありがと」


 困ったように笑う灰音に、東条も脱力しボールペンを捨てる。床を転がるその音に、灰音の肩が少しだけ跳ねた。


「……マサ君、怒ってる?よね。ごめん」


 彼女の心配を軽く笑い、東条はヒラヒラと手を振る。


「勘違いすんな。別に怒っちゃいねぇさ。俺もノエルの言う通り、敗者に口はねぇと思ってるからよ。……ただまぁ、」


「……」



「……お前で良かったよ。灰音」

「っ」



 東条は初めての共有者を前に、ベッドに座り、安心したように笑った。


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