罪業

 

 屋根に登り外を見渡した2人は、幾分か元気になったノエルをこっそりと大型のワゴンに詰め込み、


 そこら辺の草木で車を覆い、外れないようにロープで縛ってから、東条は運転席に、灰音は助手席に座った。


「どうするの?」


「モンスターが混乱してる内に行けるとこまで行く。合流は北部東海岸」


「ルートは?」


「出来れば軍基地で武器調達したい。今の俺じゃモンスターに対抗できねぇ」


 東条は車のエンジンを入れ、全てのライトを消す。


「……なら最初宮古島の基地で武器拾って、58号線通って武器補充しながら、最後に右折して北部基地行くのは?」


 灰音の広げる地図を覗き込む。


「おけ、それで行こう」


「分かった。ナビするよ」


「頼む」


 静かに走り出した車が、夥しい数の鳥型モンスターが転がる道路を駆け抜けてゆく。


「……」


「……」


「シュルル……」


 いつ襲われるか分からない緊張と、なんか話し辛く気まずい空気が、鮨詰めの車内に流れる。


「(ペロペロ)」


「……おいノエル、舐めるな」


「(ペロペロ)」


「……くすぐったいよノエル」


「……(ペロペロ)」


「邪魔すんなって」


 押しやられたノエルの鱗が逆立つ。


「シュラァ!」


「いでででで⁉︎んだよ⁉︎」「っノエル⁉︎」


 いきなり噛みつかれた東条は、慌ててハンドルを切り転倒を回避する。


「何考えてんだお前ぇ⁉︎死にたいの⁉︎」


「シュララァ‼︎」


「何で⁉︎」


「っあはははは!」


「灰音!ハンドル!ハンドル頼む!」


「あぶなっ」


 東条の頭部が丸呑みにされ、車が蛇行する。


「ぶはっ、おま、マジでやめろ!」


「シュルル、シャァア!」


「いや別に仲悪くなってねぇよ!今は警戒しなきゃいけねぇ時だろ⁉︎襲われたら死ぬぞ⁉︎」


「シャァア」


「じゃあもっと楽しく話せって、何なのお前状況分かってる?」


「シュル、シュル」


「あははっ、こんな時だからこそ、か。……確かにそうかもね」


 東条は驚き、灰音に目を向ける。


「おま、こいつの言ってること分かるのか?」


「……うん。分かるよ。……僕は『感情』が見えるから」


「感情?」


 灰音は1息吐いてから、2人の目を真っ直ぐ見た。


「…………そうだね、じゃあ、僕も話すよ。ノエルも打ち明けてくれたし、これじゃあ不公平だ」


「シュルルル……」


「……」


 ノエルを撫でながら微笑む灰音の顔は、どこか悲痛な覚悟に染まっていた。


「でもまずは武器調達だね。着くよ」


「おう」

「シュルァ」


 基地に着き車を降りた後、ノエルの嗅覚を頼りに急いで銃を探しに出た2人は、各々サバイバルナイフと数個の拳銃を所持しすぐに車に飛び込んだ。


 何故かモンスターは全て錯乱状態にあるようで、襲ってくる気配はなかった。かといって長居するのも危険すぎる。


 東条はペダルを踏み、今のうちだと80㎞前後で走行を始めた。


 そして横目で灰音を見る。



「ふふっ、……さぁて、どこから話そうか。……僕が沖縄出身じゃないっていうのは言ったよね?」


「ああ」


「沖縄だけじゃないと思うんだけどさ、小さな村落って、特別仲間意識が強い人達が多くてね。外から来た人を凄く嫌うんだよ。

 ……だから僕も、小さい頃からずっと嫌がらせを受けてた。僕の家族もね」


「……そうだったんか」


「うん。最初は嫌で嫌で、ずっと泣いてたよ。引っ越したいって言ったけど、お父さんは役所勤めで、この地域を任されたから離れられないって。


 それでも僕はごねにごねてね、1回別の村に引っ越せたんだ。


 ……でも、そこでも同じだった。


 というか、こんな小さな島、根も葉もない噂だって一瞬で広まる。

 ……最悪の幼少期だよ」


 灰音は乾いた笑いを浮かべるが、その瞳は静かな怒りを孕んでいた。


「小学校も、中学校も、高校も、ずっと1人だった。

 貶されて、見下されて、仲間はずれにされて、何度も不登校になって、でもお父さんとお母さんを心配させたくなくて、楽しいって笑って、学校に行って、また虐められる。


 毎日毎日、吐きそうだった」


「……頑張ったな」


「……ふふっ、やめてよ。もう何とも思ってないから」


 笑う灰音は、窓の方に顔を向け、流れる景色を瞳に映す。


「……でもきっと、お父さんも、お母さんも、気付いてたと思う。

 お母さんは行かなくても良いってずっと言ってくれてたけど、私は反抗して、何度も手を振り払った。


 酷いこともいっぱい言った。

 ……あんた達のせいだ、こんなことになったのは、全部あんた達のせだって。……っ」


「……」


「……だから僕は空手を始めたんだ。村のクソみたいな大人も、虐めてくる女も、セクハラしてくる男も、全員ぶっ飛ばしたかったっ」


「うん。それで、ぶっとばせたか?」


「ぶっ飛ばしたよ。虐めてくる女子は全員残らず。顔の形が変わるくらい殴った」


「最高じゃねぇか」


「ふふっ、……」


 灰音は遠い目をして笑う。


「でもさ、やっぱり僕がいくら努力しても、集団に、男に敵う筈ないんだよ。

 殴られて、蹴られて、犯されそうになった時、先生が来てね」


「……そうか」


「その先生も外から来た人で、学校で唯一僕の味方をしてくれる人だった。

 可愛らしくて、正義感が強くて、僕のせいで肩身が狭かった筈なのに、いつも笑ってる凄い人だった」


「良い人だな」


「うん。本当に良い人だった。


 ……だけど、……学校の奴ら、今度は先生を標的にしたんだ。僕を庇ったからさ。


 生徒にも、教師にも陰湿な虐めをされて、次第に先生から笑顔が消えてった。


 最後は誰にも何も言わず、この島から出て行っちゃったよ。

 ……本当に悪いことしたなー……」


「灰音のせいじゃねぇだろ」


「分かってるよ。うん、分かってる」


 苦笑する彼女がとても痛々しく、東条は口を引き結ぶ。


「……その日から僕も学校に行くのをやめてさ、家で勉強して、それで本島の大学に合格したんだ。本当は他県に行きたかったんだけど、やっぱり親が心配でさ。


 3人で引っ越そうって言ったんだけど、お父さん無駄に責任感強くて、お母さんもお父さんを支えなきゃって、


 ……そこでまた喧嘩。家飛び出して1人暮らし始めたの」


「ようやくクソ共とおさらばか?」


「ははっ、そうにもいかないのが世の中だよ。この島から出て、本島の大学に行く人は結構いるんだ。


 そこでたまたま会っちゃってね、大学中に噂が広まるわけさ。


 あいつはすぐに暴力を振るうクズだー、どんな男とでもヤる尻軽だーってね」


「……災難なんてもんじゃねぇな」


「まったくだよ。

 変なサークルから勧誘されるし、寄ってきた男殴ったらまた噂広まるし、教授には煙たがられるし、元々人と関わること自体得意じゃなかったのに、そんな状況になってさ、


 ……誰も信じられなくなっちゃったよ」


「……」


 景色を眺める灰音の表情は、どこか呆れているようだった。


「友達なんていないし、講義はリモートでも受けれたから、ずーっと暇でさー。

 投資始めたんだ」


「へ、投資?」


「投資。なんかやってる内に結構儲けれてさ、仕組みも分かったしだいぶお金溜まったから、1回帰省したの。もうこんなとこに住まなくて良いって。僕が養うって」


(やっぱ凄いなこいつ……)


 東条は軽く話す灰音に改めて感嘆する。


「お父さんももう少しで定年だったし、僕がずっと言い続けてたっていうのもあって、ようやく頷いてくれてね」


「やっと出られるのか」


「うん、やっと出られると思った。で、」


「で?」


「これだよ」


 灰音がコンコン、と窓を叩く。


「……僕は何かに呪われてるのかもね。喜んだ矢先、世界が変わった」


「……」


 あまりの不運さに、東条も口を閉ざす。


「僕達家族も、例に漏れず避難した。それで基地に避難して、数日で門が突破された。

 軍の人達は殆ど死んで、シェルターの中に残されたのは民間人だけ。

 僕達家族はとても嫌われていた。


 ……さて、何が起こると思う?」


 自嘲する灰音の顔が、悲しみと怒りに歪む。


「あいつらは食糧と憂さ晴らしのためだけに、僕達を生贄にしたっ。


 朝目を覚ました僕達を縄で縛って、モンスターの群れの中に放り投げて、その隙に備蓄されている食糧をとりに行こうとしたんだ。


 ……ハハっ、良い考えだと思うよ。使えない人間を減らせて、食糧も手に入る。一石二鳥だ」


 灰音は背もたれに寄りかかり、腕で目を覆う。


「……でもそれは、僕達じゃないといけなかったのかな?」


「っ……そんなこと、」


「うん。あるわけがない。あっていいわけがない」


「……」


 腕を外した灰音は、笑っていた。


「お父さんも、お母さんも、僕の目の前で食い殺された。

 ごめんねも、ありがとうも言えなかった。それだけが心残りだった。


 ……その時だよ、僕にcellが覚醒したのは」


「……」


「襲われる直前、モンスターの心のベクトルが見えるようになった」


「心のベクトル?」


「うーん、感情の向き?方向?

 簡単に言うと、好きとか、嫌いとか、そういった感情が見えるようになったんだよ」


「……ああ、なるほどな」


 その発言に、東条の中で全てのパーツが繋がった。


 沖縄から人が消えたこと。

 この島だけモンスターがいなかったこと。

 ノエルが灰音を異常に気に入っていたこと。


 確信に似た疑念が、確信へと変わった。


「試しに目の前のモンスターの『殺意』を『モンスター』に向けてみた。

 同士討ちが始まった。


 次に周りのモンスターの『好意』を『僕』に向けてみた。

 命令を聞くようになった。


 だから僕は、『好意』を『僕』に、『殺意』を『僕以外の全ての人間』に向けた。



 ……僕はその場にいた人達を、皆殺しにした」



 灰音は天井を見上げ、軽く笑う。


 その表情が、何故か東条には酷く辛そうに見えた。


「人間を殺した後、モンスター同士で争わせた。

 生き残った数匹に、更に強い感情を植え付けて、それを何度も繰り返した」


「植え付けた?」


「うん。沢山実験する内に分かった。

 僕は感情の向きだけじゃなくて、強弱も操れる」


「っ」


 東条は戦慄する。その脅威度は、最早人知を超えている。


「でも流石に、感情を逆にするのはそう簡単じゃなかったよー」


「こんがらがってきた」


「じゃあ物凄く簡略化して、感情には、好き、嫌いの2つがあるとするよ?」


「ああ」


「この感情の対象を変えるのは楽だけど、好きを嫌いに、嫌いを好きに変えるのは厳しいって話。


 だからそもそも人間に殺意向けてるモンスターは、従わせるとなると物凄く労力がいる。


 最初は火事場の馬鹿力みたいので何とかなったけど、反動で死ぬほど頭痛きたし、ちょっとずつ変えるのが1番だねー。おけ?」


「……自分に好きを向けるより、殺意を他人に向ける方が簡単ってわけか」


「そゆこと」


 グッジョブする灰音を、東条はチラリと見て目を逸らす。


「……何で沖縄の人間全員殺した?」


「うーん、別に理由はないかな。気づいたら全滅してた感じ」


「中には普通に生活していた一般市民が多くいたぞ?」


「まぁそうだろうねー」


「突然の理不尽に殺されて、大切な人を食われて、そんな人達に思うところは?」


「……別にないね」


「ただの復讐に巻き込まれて、死んでった人達は可哀想だな?」


「っ、……知らないよ」


「みーんな家族がいて、友人がいて、恋人がいて、そんな人達が化物に食われちまったわけだ。ひぇ〜恐ろし」


「……」



「……お前の家族みたいに、目の前で地獄を見ながら死んでいった奴も大勢いると思うぞ?」


「――ッ分かってるよ‼︎」


 灰音は口調を荒げ、涙を堪えて東条を睨みつける。


「っ言いたいことがあるなら、ハッキリ言い……ぇ?」


 しかし東条の顔を見た灰音は驚き、固まった。


 何故か、

 ……それは彼が、今にも吹き出しそうな顔で笑いを堪えていたからだ。


 そして次の瞬間、


「っぶはっ、アハハハハハっ、ダメだ我慢出来ねぇ!イヒヒヒヒっ」


「シャシャシャシャ!」


「の、ノエルまで、……な、何がそんなにおかしいの⁉︎」


「いやお前、演技下手すぎだって」


「……は?」


 涙を拭く東条は、固まる灰音を横目で見る。


「……何でお前ずっと嘘ついてんだ?」


「っ……」


「当ててやろうか?お前、俺らに叱られたいんだろ?」


「ちがっ」


「人間なんて全員ぶち殺したいくらい嫌いなのに、それでもそんな奴らの気持ちも考えれちまうから、その自責に押し潰されそうで、怖くて怖くて堪らないんだろ?」


「違う!」


「どうせ能力も暴発したんだろ?モンスターの殺意を『大嫌いな人間』に向けちまったとかそんなとこだろーよ」


「っ……」


「そもそもcellを最初から完璧に操れる奴なんていねぇんだよ。ああ、この化物は例外な」


 東条が指した指にノエルが噛み付く。


「発動したはいいけど止め方が分からない。

 能力の性質のせいで操られたモンスターはずっとお前のこと考えてるから、経験値は全部自分に入ってくる。

 急激に増えてく魔力量、

 拡大される能力の射程、

 弱いままの人間、

 はい全滅!」


「……」


「止めるためにモンスターで実験して、ちゃんと操れるようになった頃には、もう遅かった。


 そんな自分が許せなくて、だからわざと悪ぶって、人道的なお叱りを受けようとした。

 ……違うか?」


「……違う」


「いいや違わない」


「違う!僕は、僕はっ」


「おい灰音」


「っ」


 車を止めた東条は、灰音の肩を掴み目を見つめる。


 仮面越しなどではなく、本物の瞳で。


「お前が叱られたいなら、それは諦めろ」


「……ぇ、」


「もし人道的に、倫理的に裁きを受けたかったなら、俺ら2人を頼った自分を恨め」


「何を」



「俺は、お前の全てを肯定してやるっ。やってやったじゃねぇか!」



「…………へ?」


 灰音の口がポカン、と開いたまま硬直する。


「ぶち殺したい奴全員ぶっ殺せたんだろ⁉︎最高じゃねぇか!」


「で、でも僕は、何の関係もない人達も、大勢」


「しょうがねぇだろ死んじまったんだから。それにお前のこと助けてくれなかった奴なんて死んでもいいだろ」


「っ……マサ君は、何とも思わないの?」


「思わねぇな。

 俺の大切なものに手ぇ出されない限り、どこでどいつが死のうが知ったこっちゃねぇ。


 今回お前の能力がノエルに及んでるって分かった時は、本当は殺してやろうと思ったんだ。

 でもノエルに止められてな、1回夜中に殴り合ったんだけど、知らなかったろ?」


「し、知らなかった」


 東条がノエルと笑い合う。


「宮古島全域に対モンスターの網みたいの張ってたんだろ?俺らが入って来たせいで、それが自動的に作用しちまった。


 多少は操れるようになったけど、任意での解除の仕方は分からない。


 だから俺に魔力を扱う訓練をお願いしてきた。


 でもお前の境遇を察するに、解除すればノエルの好意が消えるかもしれなくて、だから怖くて出来なかった。


 魔素が無くなった現状、強制的に解除されたがノエルからの好意は消えてなくて、内心ホッとしてる。

 どうよ?」


 再び車を走らせながら持論を話す東条に、灰音は目を見開く。


「……そこまで、どうやって、」


「ただの推測。相手の能力を分析出来ない奴は真っ先に死ぬからな」


 灰音は呆然としたまま、シートに身体を預ける。


「……そこまで分かってて、何で僕を生かしたの?」


「は?お前が好きだからだろ」


「――ッッ⁉︎⁉︎⁉︎」


「っぁいや待て!今のは語弊がある!」


 頬を染め飛び起きた灰音に、東条は片手をブンブンと振る。


「俺は灰音のこと、ちゃんと好き、恋愛感情ではなく!、だし、俺に掛かってないってことは、悪意は無い可能性の方が高いだろ?


 掛かってない俺がお前を好きになったんだ。んなの殺す前に一考くらいするだろ」


「……好き好きって、心臓に悪いよ、君」


 灰音は俯いたまま、羞恥で赤くなった顔を掌で隠す。


 そんな彼女を見て、東条は笑った。


「……俺はよ、沖縄の数100万人より、灰音1人の方が大事だ。


 ……そうなっちまったんだから仕方ねぇだろ?なぁノエル?」


「シュラァ!」


「ッ、くぅ、ぅ……」


 掌で顔を覆ったまま、灰音はボロボロと涙を零した。


 押し殺すように漏れる嗚咽を、2人は黙って受け入れる。


「……僕は、……許されても、いいのかな?」


「いい。俺が許す」


「……ふふっ、……でも、この罪は」


「知らねぇよ、ぶん投げちまえそんなもん」


「ぶんな、え?」


「んなもん背負ってて何になる?

 顔も知らねぇ奴の死を背負うくらいなら、お前がありがとうを言いたかった、両親の死を背負ってやれ」


「――っ」


「いらねぇ方は捨てちまいな。一緒に背負うなんて俺ぁ言わねぇぞ?クソ面倒臭ぇ」


「プッはっ、アハハハハハハっひぐっ、ふふっ、あははっ」


 涙を流しながら、遂に灰音は堪らず吹き出した。


 拭いても拭いても溢れてくる涙を頬に、腹の底から笑う。


 目の前の男の傲慢さに。自分勝手さに。


 その優しさに。


「はぁっ、……これはきっと、選んじゃいけない方の回答だね」


「間違いない」


「……ふふ、君は悪魔だよ。モンスターなんかよりよっぽど怖い」


「ようやく気づいたか。じゃあ一生罪を背負って生きて行くか?」


 灰音は軽く笑い、首を振る。


「やめておく。

 …………僕はここの人間が大嫌いだ。殺したい程憎かった」


「おう」


 灰音は乱れた髪をすくい、耳にかけた。


「……ねぇ悪魔?」


「何だ?」





「君が好きだ。僕を引きずり込んでくれよ」





 その綺麗な肌を染める朱色は、果たして空の色か、それとも。


 その潤んだ瞳は、涙の残滓か、それとも。


「っ」


 その痛い程強く胸を叩く鼓動は、彼女のものか、……それとも。


「……それは友達として」


「無粋だよ。僕は1人の女として、君が好きなんだ」


「……好き好きって、心臓に悪ぃぞ」


 東条は身体の熱を一気に吐き出し、……口を開く。


「無理だ。俺には決めた奴がいる」


「それ程の人?」


「ああ、もう決めた」


 灰音は困ったように笑い、1つだけ問う。


「……もし僕が先に出会っていたら、僕を選んだ?」


「……ああ」


「っ」


 灰音は顔を逸らし、窓の外に目を向けた。


 流れる景色が、ぼやけて何も見えない。


 一体自分は今日何度泣くのか。


 彼女は窓に映る自分を笑い、大きく息を吐いた。


「あ〜〜〜っ!」


「っびっくりした」


「フられたっ、何これ辛すぎ!ヤダヤダヤダ!」


「お、おいノエル⁉︎灰音がぶっ壊れた!」


「シュララァ」


 頭を擦りつけるノエルを、灰音はギュゥッ、と抱きしめる。


「ありがとノエル、……もうノエルに全部あげよっかな」


「なら俺に!」


「っ死ね!」


「シュア⁉︎」「いだぁ⁉︎」


 灰音は掴んだノエルの頭部を、変態バカにぶん投げた。

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