14日目
〜Day14〜
「……スゥゥぅ……フゥゥゥ……」
広い原っぱの中心で、灰音は大きく深呼吸をした。
……マサ君によると、これが最後の試験らしい。相手にするのは、Lv6を超える強敵とのこと。
――近づいてくる気配に、灰音は『輪廻』を纏う。
これをクリアすれば、僕は2人に認めてもらえるだろうか?
……2人の隣に立つことを、許して貰えるだろうか?
「……いや、」
烏滸がましいな。気合を入れろ、僕。2人が僕なんかに時間を使って、ここまで鍛えてくれたんだ。
絶対に失望させたくない。
体調、よし。魔力、よし。気合、よし。可愛さ、よしっ。
「フゥゥウ、……ぅしっ」
灰音は両手で頬を叩き、その場で軽くジャンプを始めた。
――東条とノエルはトレントの林の中、最後の標的と一緒に並走する。
「……ノエル、やっぱり」
「分かってる。言わなくていい」
「……お前も「分かってる」……」
東条は確信に似た推測を呑み込み、彼女の待つ原っぱへとモンスターを誘導した。
「……ゴフゥルルルル……」
木々の間から出てきた巨躯に、灰音は少しだけ、自分が萎縮したのを感じた。
3mを超える身長、脂肪と筋肉で武装された肉体、日焼けで更に黒みを増した濃緑色の体表、牙を剥き出しにした、獰猛で歪んだ顔面。
「灰音っ、最後はゴブリンキングだ。こいつに勝てりゃ、お前が本州で負けることはまず無い!」
「……うん」
ゴブリンキングの瞳が、踏み込む彼女の姿を捉えた。
――瞬間
「ゴァアアッ‼︎」「――ッ!」
両者同時に地を蹴る。
灰音は広げられた巨腕をしゃがんで躱し、ガラ空きの腹に1撃。拳をめり込ませる。
「ゴッフ⁉︎ゴ、ァ⁉︎」
2連、3連撃。腹に拳の形が残る程の重撃に、キングの巨体が僅かに浮く。
「――ッフ‼︎」
渾身の回し蹴り、はしかし生成された土の壁に防がれた。
互いに後ろに跳び、一旦距離を取る。
「ゴフゥウ……」
「……」
地面から生えた長槍を掴んだ敵に、灰音は更に集中力を高める。
「――ゴッ」
一瞬で距離を詰めてきたキングが突き出した槍を紙一重で躱し、掌底で上に弾く。
キングは勢いそのまま槍を回転させ、背中の後ろを通し横薙ぎに振り抜いた。
灰音は右腕を左手で支え防御。その硬さに槍がへし折れる。踏み込み、脇腹に肘打ち、斜め下からボディ、正拳突きで巨体を吹っ飛ばす。突貫。
キングは地面を滑りながら手を着き、立ち上がると同時に新しい長槍を生み出し両手に握る。突っ込んでくる女に向かって自身も地を蹴った。
――直後から連続する金属音。手と土槍が火花を散らす。一撃ぶつかるごとに大地が陥没し、芝が捲れ上がる。
灰音の額から汗が飛び、衝撃に皮が剥け手から血が飛ぶ。
払い、受け止め、受け流し、打ち落とし、掴んで引き寄せる。軸足で回転。
「ッフ!」「ゴェっ⁉︎」
後ろ蹴りでキングの腰をくの字に曲げる。
下がった頭部をかち上げ、ようとするも上体逸らしで躱される。巨体からは想像できな俊敏性と柔軟性。瞬間クロスで突き出される槍を今度はこっちが上体逸らしで躱し、バク転で退避。
直後、感知に映る、腰と側頭部に迫る横薙ぎの槍。
「ゴルァ‼︎」
「っ」
全身を逸らし、ジャンプ。槍と槍の僅かな隙間を通り抜ける。両手で着地、そのまま飛び蹴り。
がしかし、回し蹴りを合わされる。ぶつかる瞬間脚から力を抜き、キングの回し蹴りに着地、膝を曲げ威力を殺し、ふっとばされると同時に跳躍した。
「っ」
並行で打ち出された自分に、威力やばすぎ、と驚く灰音は次の瞬間くるりと体勢を戻し、投擲された槍を掴んだ。
着地と同時に迫るキングの薙ぎに、槍を振り抜く。途轍もない衝突音に空気が揺れた。
長物同士の勝負。
しかしそこには決定的なまでの経験差がある。慣れない痛みから手を庇おうと、敵の武器を使ったこと。
その落ち度に灰音が気づいた時、既にキングは彼女の槍を掴んでいた。
「ッイっ」
持っていた槍から無数の棘が生え、掌を貫通し穴が空く。当然だ。敵の魔法で作った物が、敵に操られないわけがない。
嘗てない痛みに身体が硬直してしまった灰音は、
「っやば――ぅグ」
鈍化する思考の中、咄嗟のガードの上から全力で殴りつけられ地面をバウンドしぶっ飛びトレントに衝突した。
「ゴフゥ、ゴフゥ、」
「……ははっ、怖いって」
興奮したように鼻息を荒げるキングは、頭から血を流す灰音の片腕をゆっくり持ち上げる。
「あ〜あ、ケホっ、……流石に強いね、君」
「ゴフゥ、ゴフゥ、フゥ」
「怖いって」
彼女は軽く笑う。余裕で勝てる姿を見せたかったのに、やはりそう甘くはないらしい。
灰音の髪が逆立ち、周囲にバチバチと特異な魔力反応が起き始める。
「ゴフゥ、ゴル……ゴ?」
「……マサ君とノエルには止められてるんだけどね。僕まだ制御出来ないし」
大きく口を開けていたキングの動きが止まる。急変したその重圧に。
――刹那
「ゴォァッッッ――⁉︎」
キングは灰音を離し前屈みになり、ダラダラと汗を垂らし声にならない悲鳴をあげる。
喉、水月、金的。正中線に刹那で3連撃を放った灰音は、スト、と着地と同時に右足を引き、両拳を右脇腹まで引き絞る。
「ッゴブルァアアッ‼︎‼︎」
「『鳳仙花』」
掌底。
上下に突き出された両掌は、キングの腹に波紋を浮かべる。衝撃波が体内を貫通し、食い破る。
次の瞬間、キングは背中を破裂させ内臓を原っぱにぶち撒けた。
倒れそうになった灰音を、走ってきたノエルが支える。
「ぅう、……ノエルぅ、痛いぃ」
「無理するから。自業自得」
「っ、ぅう」
使い物にならなくなった彼女の両腕が、ぶらぶらと力無く揺れる。確実に折れている。
「マサ、cellで部屋作って」
「あいよ。意味あんの?」
「多少はあるはず。灰音これ飲んで、麻酔」
「……ング、」
涙を我慢する彼女に、東条は呆れて溜息を吐く。
「あんま無茶すんなよ。ちゃんと助けに入ってやるって言ったろ?」
「……だって、2人も、こういう経験してきたんでしょ?……僕だけ知らないのは、やだ。っ」
「でもよぉ」
「やだ」
彼女の痛みを耐える顔に強い意志を感じ、東条はポリポリと頭を掻く。
「まぁさっさと治して飯食おうぜ。腹減った」
「君流石にもうちょっと心配しようよ?僕両腕折れてるんだよ?ほらぷらぷらだよ?」
「俺もこいつに全身折られたことあるから、おそろだな」
「わーいおそろだ。とでも言うと思ったかい?」
スタスタとオペ室から出て行く東条に、灰音は薄情者!と愚痴を飛ばし、ノエルに寝かせられる。
「…………えっぐいわぁ」
真っ赤に染まった原っぱを見て、東条は彼女のポテンシャルの高さに嫉妬するのだった。
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