5日目

 〜Day5〜



 ――Tシャツにパンツの東条。Tシャツにパンツのノエル。


 スコールが屋根を打つ音を聞きながら、2人はボー、と外を眺める。


「……マサ」


「……んだよ」


「暑い」


「やめろ口に出すな」


 この数日間ジメジメとした猛暑に耐えてきたが、もう無理だ。


 東条とノエルは窓辺にぶっ倒れる。


「クーラー欲しい」


「アイス食べたい」


「ジュース飲みたい」


「はいはい我儘言わないの。シャワー浴びれば?」


 シャワーから帰って来た灰音が、溶ける2人を見て笑う。


「もう浴びるのもめんどくせぇ。無限に汗が出て来やがる」


「僕この中で半年近く生活してるんだけど?」


「とんでもねぇよ」


「……やめてよ、せっかくシャワー浴びたのに暑くなってきた」


 忘れていた暑さを思い出してしまい、嫌な顔をする灰音。とそこで、ノエルがむくりと起き上がる。


「どーした?」


「我慢の限界」


「んなこと言っても仕方ねぇだろ」


「マサ、手貸して。この家に電気引く」


 腕をまくり、覚悟を決めた表情を浮かべるノエル。


「「……は?」」


 スタスタと歩いてゆく彼女の背中を見て、2人は顔を見合わせた。




 ――「ヴィラの中の配線に損傷は無い。断線してるのはホテル外。ノエル達の家に繋がってるのは……あった。これ」


 雨が上がり蒸し暑さが増した外で、地面を掘り起こしたノエルが1本の太い配線を持ち上げ、叩き切る。


 東条と灰音は口を開けたまま彼女を見る。


「マサ、ホームセンターからありったけ業務用蓄電器と工具持ってきて」


「ま、任せろ!」


「わ⁉︎」


 脚部を雷装化した東条がその場から掻き消え、数秒後、


「これで良いかっ?」


「ん」


「速⁉︎」


 膨らんだ漆黒の袋から、ドサドサと手当たり次第に詰め込んだ物を落とした。


 そこからのノエルの手際は、2人には到底理解出来ない物であった。


 蓄電器と配線を、伝導率を弄った植物を元に1本1本繋ぎ直す地道な作業。


 ――「灰音、汗」

「はい!」


 ――「灰音、飯」

「はい!」


 ――「マサ充電終わった?」


「まだ。あとすまん何個か壊した。調整ムっズい。」


「別に良い。エネルギーは?」


「あー、じゃあ頼む」


 ヒュゴッ!


「⁉︎」


 東条の出した漆黒の球を、ノエルは配線に目を向けたままぶん殴る。


「あと2、いや3発」


 ヒュゴゴッ


「サンキュ」


「……え?どういうこと?」


「灰音、飯」

「あ、はい!」


 ――そんなこんなでジリジリと照り差す太陽の下、約1時間の奮闘の末。


「……これでいける筈」


「……疲れたぁ」


「……すっご」


 山積みになった蓄電器が、ノエルのcellで造られた雨避けの下でウィンウィンと稼働音を上げていた。


「マサ、ブレーカー」


「よしきた!」


 東条が勢いよくブレーカーを入れると、


「「「おお!」」」


 家の中に明かりが灯る。全ての家電に電気が通り、念願のクーラーが半年ぶりの産声を上げた。


「スゲェぞノエル!天才だお前は‼︎」


「ふっ、もっと褒めて」


「よーしよしよしよーしよしよし」


「本当に凄い……」


 年端もいかない幼女が、これ程のことを出来るものなのか?今の世界では普通のことなのか?


 驚く灰音は、こねくり回される彼女を見つめる。


「ん。感謝しろ」


「……ふふっ。ありがとっ」


 疑問を胸の中に、灰音はノエルのほっぺたをこねた。



 その日は少し休んだ後、畑に繰り出し3人で野菜の収穫を行った。


 ノエルの能力によって季節問わずありとあらゆる野菜果物が生え散らかした畑に、灰音が口をあんぐり開けたまま硬直したのは想像に難くない。


 ――「あの〜、少し良いですか?」


「ん?何?あ、ノエルもうちょっと速く混ぜてみよう」


「ん!」


「ちょっと速すぎかな」


 サトウキビでアイスを作りながら、東条は意を決して口を開く。


「寝る場所の話なんですがね……」


「あー……」


 そう、冷房が効いているのはこの1棟のみ。東条が寝ていた場所は今も灼熱地獄のままなのだ。

 もうあそこには戻りたくない。東条はうるうると灰音を見る。


「どうか、どうか!」


「……襲わない?」


「襲わない!てか俺よりこいつの方が危ないだろ⁉︎」


 東条はせっせとアイスを作るノエルを指差す。


「……確かに」


「だろ⁉︎俺は人畜無害!何なら縛り付けてもらっても構わない!」


「じゃあマサ君と一緒に寝ようかな」


「ほァ⁉︎」


 驚いて変な声が出る。


「……期待してんじゃん」


「お前男からかうのやめろ!いつかマジで襲われるぞ⁉︎」


「ごめんごめん。勿論いいよ、こっちで寝な」


「やった!」


 飛び跳ねる東条を、灰音はクスクスと笑う。


「マサ君安全らしいし、どうノエル、どうせなら川の字で寝る?」


「んー、良いよ」


「それは俺とノエルで灰音を挟むんだよな?いいぜ?腕枕してやろうか?」






「……」

 その夜、東条は慣れ親しんだ枕に顔をうずめ、汗だくになりながら涙を流すのだった。

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