6日目

 〜Day6〜



 クーラーの効いたリビングのソファの上、東条はモゾモゾと目を覚ます。


 昨晩1人シクシクと泣いていた所、見かねた灰音が迎えに来てくれたのだ。

 あの時の感動と感謝を、自分は一生忘れないだろう。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


 寝巻き姿の灰音が、洗面所から戻りリビングに入ってくる。


「いや大丈夫。お陰様でよく寝れた」


「ふふ、良かった。あのままだとマサ君干からびそうだったから」


「間違いないわ。……顔洗ってくる」


「んー」


 洗面所から戻った東条は、朝食の準備をしだす灰音の横に立ち伸びをする。


「何か手伝うか?」


「そう?じゃあそれ炒めてくれる?」


「り」


 分担して調理を進めてゆく東条と灰音。キッチンに並ぶ2つの背中には、とても穏やかな日常が写っていた。


「マサ君オリーブオイル取って」


「へい。皿どこ?」


「左下の棚。お味噌汁噴いてるよ」


「おっと」


 灰音はオリーブオイル、ビネガー、塩を混ぜ、美しく盛り付けられたサラダに掛ける。


「……マサ君、」


「ん?」


「……僕も戦えるようになりたい」


「へぁ?」


 いきなり?東条は焼き魚を皿に乗せながら、灰音に目を向ける。


「何でよ?」


「せっかく2人と過ごせてるんだし、鍛えてもらおうかなって。このまま外に出るのも怖いし」


「確かになー。俺は構わねぇよ」


「やった!ありがと」


 テーブルに最後の皿が置かれ、時を同じくして鼻をひくつかせたノエルが起床した。


 東条は先に席に座り、ノエルを洗面所に連れて行こうとする彼女を見つめる。


「でもよー、灰音」


「ん?」


「……お前、結構強いだろ?」


「え?」


 驚く灰音は、しかし悪戯っぽく笑う。


「……ふふっ、そんなことないと思うけど?」


「どうだか」


 去って行く彼女を目に、東条はニヤリと笑った。




 ――朝食を食べ、軽く休んだ後、現在3人はビーチにやって来ていた。


 サングラスを掛け、パラソルの下でアイスを食べるノエルが見るのは、相対する東条と灰音。


「いつでもいいぜ?」


「ちょい待ちー」


 ストレッチをする灰音を前に、アロハシャツをはためかせる東条。

 彼女の身体にぴっちりとフィットしたスポーツウェアが、東条の集中を削ぐ。


「……マサ君?胸元見すぎ」


「いや何で視線分かるんだよ?」


「女の勘」


 手足をぶらぶらと振る灰音の周りに、膨大な魔力が揺らめく。


 ――瞬間、


「――ッ、……あら」


「甘い甘い」


 中段に突き出された拳を、東条は片手で受け止めた。


 続けてその場で半回転した灰音の後ろ蹴りを一歩下がって躱し、

 逆足での顎を狙った蹴り上げを顎の手前でキャッチする。

 回し蹴りの要領で手を弾かれ、開いた脇腹に水平打ちを放たれるも、


「痛っ」


 力を込めた東条の脇腹は、難なく彼女の打撃を弾いた。

 手を抑える灰音を、東条はケラケラと笑う。


「ほらどうした?もっと打って来い」


「ッ」


 2連突きを軽く払い、

 首への手刀を屈んで躱し、

 顔面への前蹴りを首を逸らして避け、距離を取る。


 走って来た勢いのまま首に突き出される平拳を軽く後ろに跳んで躱し、1回転。


 鞭の様にしなる回し蹴りに回し蹴りを合わせた。


 ――ゴッ


「っ、っ、っ」


 脛を抑えた灰音は何度か跳んだ後、その場にポテ、と倒れる。


「っ、……マサ君、岩?」


「ハハッ、良い蹴りだったぜ?」


 涙を浮かべ、自分を恨みがましく見る彼女。

 東条はポーションを塗ってくれとノエルを呼んでから、倒れる灰音の横にしゃがんだ。


 今の一連の組手で彼女の力量は大体分かった。


 跳ねると言うよりは伸ばすステップに、常に重心を落とした姿勢から繰り出される、美しい型の連続。


「空手か?」


「ありがとノエル。うん、沖縄空手。独学だけどね」


 テヘ、と微笑む彼女はしかし、悔しそうに天を仰ぐ。


「ちょっと頑張ってみたんだけどなー。全然だ」


「ふーん。……対人戦慣れてないだろ?」


「うん。沖縄空手は型重視なんだ。フルコンタクトじゃないから、対人戦なんて数えるくらいしかやったことないよ。道場にも行ってなかったし」


「なーほーね」


 東条は少しだけ考え、チラリと彼女を見た。


「……ずっと地下に隠れてたって言ってたけど、あれ嘘か?」


「え?いや、嘘じゃないよ?何で?」


「モンスターと戦ったことは?」


「ん〜弱ってるのを何匹か殺したことあるけど、戦ったことはないかな」


「……だよなぁ」


 その反応を予想していた東条も、彼女の真似をし天を仰ぐ。


 頭を掻き、不思議そうに見つめてくる灰音に目を合わせた。


「……だとしたらお前、天才だよ」


「へ?」


 予想外の賞賛に、彼女の目が丸くなる。


「一撃一撃のキレはある。けど間合いの取り方が下手、重心も微妙にふらついてる、捻りと力の移動は綺麗だったな。型のおかげか?あと攻撃に躊躇いがある。まぁ他にもあるけど、実戦経験が全くないのはすぐ分かった」


「え、褒められると思ったのに」


 落ち込む灰音を東条は笑う。


「褒めてんだよ。そんな状態であの組手だぞ?頭おかしいだろ。それに俺が言ってんのはそこじゃねぇ。まぁ独学でこれなんだから格闘センスも大概だけどよ、」


「ワクワクするねっ。僕のどこが天才なの?」


 目をキラキラさせる彼女に、東条は呆れ混じりの溜息を吐く。


「灰音も魔力感知は使えるんだよな?」


「うん。何となく場所分かるやつでしょ?それで2人見つけたし」


「距離は?」


「え?」


「どんくらいの距離まで感じ取れる?」


「ん〜、大体本島の南端くらいまでかな。そこまで行くと殆ど感じ取れないに等しいけど」


「はいそれ」


「うぇ?」


 指を指されたじろぐ灰音。東条は隣で頷くノエルに指を移す。


「ノエル、ここから本島南部までの距離は?」


「約200㎞」


「お前の最大射程範囲は?」


「2㎞が限界」


「俺は500mでも苦しい。……自分の異常さが分かったか?」


 ポカーンと口を開ける灰音。


「最初会った時、俺もノエルも灰音の接近に気付けなかった理由が分かった。

 本島を出た時点で、俺らの感知は既に灰音の魔力に呑み込まれてたんだよ。デカい袋の中で、幾ら小さい袋の中を警戒しても意味がねぇ」


 東条は難しそうに唸る彼女を更に指でつつく。


「加えてだ、身体強化って魔法があるのは教えたよな?」


「う、うん。僕もモンスター殺した後力強くなったし、これのことでしょ?」


「残念ながら違う」


「え⁉︎」


「お前のそれは単純に魔力をモワモワさせてるだけ。馬鹿げた出力のせいで強化っぽいことになってるだけです」


「ええ……」


「考えてもみろ。桁外れの魔力量と、圧倒的な格闘センス、魔力の扱い方を知らない発展途上の肉体。

 ……お前、下手したら数日で俺とノエルに追いつけるぞ」


「っ」


 マジな東条と頷くノエルに、灰音は興奮を抑え唾を呑んだ。

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