3日目
〜Day3〜
灰音の運転する軽トラの荷台に寄りかかり、風を感じること数分。
東条とノエルは、見慣れた店の前で止まったトラックから降りる。
「宮古島ってドンキあるんだ」
「あー、今バカにした?」
運転席から降りた灰音が目を細くして東条を睨む。
3人は今日必要になる物資を確保するべく、黒と黄色の看板を潜った。
「変えの服どうするよ?」
「帰りでいいんじゃないかな?」
「だな」
「……ノエル決まった?」
「んー」
水着売り場で吟味するノエル。
戦闘もこなした東条とノエルの水着は、流石に所々ほつれ始めていた。
まずは新しい水着の見繕いというわけだ。
「これ」
「オフショルのビキニ⁉︎ノエル大人〜」
「ふふん」
胸を張るノエルを、灰音は微笑ましいものを見る目で笑う。
「マサ君は決まった?」
「ん?あー、じゃあこれでいいわ」
「そんな適当に」
「別に男用の水着とか全部変わらねぇだろ。何着るかより誰が着るかだよ」
「……説得力が凄い」
剥き出しの研ぎ澄まされた肉体を目に、灰音は改めて感嘆する。
これは認めざるを得ない。
「あ、ちょ、ノエル」
とそこで躊躇いもなく古い水着を脱ぎ出したノエルを、彼女は慌てて止めるのだった。
用事も済んだ3人は、各々荷物を手に店を出る。
1番目立つのは、東条が肩に担ぐデカいカヤックとオール。
そう、今日の予定はマングローブツアーだ。
トラックでマングローブに移動した一行は、濁った水にカヤックを落とし、乗り込む。
「ノエル先頭」
「じゃあ僕2番」
「おっと、」
3人乗りのカヤックが、その重量に少しだけ軋む。
「荷物いっぱい持ってるからねー」
「早く早く」
「おい暴れんなっ、沈没するぞ」
「あははっ」
それぞれがオールを持ち、足のつかない場所まで土を掻く。
「じゃあいくよー」
東条とノエルがカヤックの右側、灰音が左側にオールを出し、
「「「せーの」」」
同時に水を掻いた。
「わっ」
カヤックがその場で勢いよく左回転した。
「おいノエルお前強すぎだ!」
「違うマサが強いっ」
「どう考えてもお前だろ⁉︎バカ今漕ぐな!」
「あはははっ、目回る」
高速で左回転するカヤックの中、東条はオールを右から左へ移し、
「っんの野郎!」
力を込めて1掻き。
瞬間、力の釣り合ったカヤックがロケットの如く空を飛んだ。
「んんんんんんんんんんっ!」「オラオラオラオラオラっ!」
「わああああハハハハハっ!」
着水と同時に水面を割り暴走するカヤック。
3人はトップスピードを維持したまま、マングローブ林の中へと消えていった。
「オラあっ!」
「っ――ぶふっ」
最後の1掻きで加速したカヤックが、岸に乗り上げ木に激突、投げ出されたノエルが顔面から泥に落ちた。
東条と灰音も大破したカヤックから降り、地面に足をつける。
「あー楽しかった。ノエル大丈夫?」
「ん」
「ぷふふっ、顔ヤバ」
「うし、」
東条がデカい荷物を持ち上げる。
「案内よろしく頼むわ」
「おけー。行くよノエル、ほら顔拭いて」
「んむ」
3人はマングローブから、鬱蒼と茂る森の中へと足を進めた。
――枯葉を踏み締め、黄緑色の木漏れ日の中を歩いて行く。
――虫の声、鳥の歌、木々の囁きが耳を優しく打つ。
――苔むした岩を跳び越え、足を滑らした灰音をノエルがお姫様抱っこで受け止める。
――苔むした岩を跳び越え、足を滑らした東条が崖から落ちてゆく。
――聞こえてきた清流の音に、3人は足を早めた。
森の中を流れる、美しい小川。
透き通るその水にバシャバシャと入り、東条は汗を洗い流す。
「っ冷てぇ!」
「そうだよー。いいでしょここ?」
全身浸かるノエルを笑いながら、灰音も火照った身体に水をかける。
濡れた髪を掻き上げる彼女に一瞬見惚れてしまい、東条はすぐに目を逸らした。
荷物を叩き、2人を見る。
「んじゃあ建てるか」
「おー」「おー!」
デカい荷物。2つのテントのカバーを外し、杭を地面に突き刺した。
――パチパチと鳴る焚き火に照らされ、2つの小ぶりなテントに影が揺らめく。
キャンプチェアに腰掛けた東条は、葉擦れの静寂の中本のページを捲った。
「マサー!変な鳥見つけたー!」
そんな彼に、探検しているノエルが嘴がカラフルな鳥を掲げる。
「食うなよー」
「んー!上流行ってくる!」
「へーい」
走って行くノエルを見届け、再び本に目を落とすも、
「ぅおっ」
「ははっ、驚いた?」
「お前なぁ、」
首筋に流水を入れたペットボトルを当てられ、東条は再び顔を上げた。
「あげる。飲んじゃダメだよ、煮沸してないから」
「……別に大丈夫だと思うけど」
ノエルとかさっき顔突っ込んで飲んでたし。
東条はペットボルの水を首筋にかけ、座り本を開く灰音を薄目で睨む。
「首筋に冷たい物って、男がされたいシチュエーション上位のイベントだぞ?安易にやるな。勘違いすんぞ」
「ふふっ、何それ、おもしろ」
「いや割とマジで」
灰音が目をパチクリする。
「え、ごめん。……僕そういうの疎いから」
「は?嫌味?」
「違うってっ、ほんとに。僕の人生に青春とか無かったし」
「え……え?ありえなくね?」
「な、何でよ?」
愕然とする東条に灰音はたじろぐ。
「何でって、灰音みたいな美人、男女共に放っとかねぇだろ」
「っ……」
灰音の頬が少しだけ朱く染まる。
「……今までからかわれてんのかと思ってたけど、……まさか本気で言ってたの?」
「言われ慣れすぎて何とも思ってないのかと思ってたぞ」
「そんなわけないよ。……うわぁ、(ボソ)」
本で顔を隠す彼女に、東条は口をあんぐり開ける。
無自覚?そんなバカな⁉︎今まで自分の顔面偏差値に気付かずに生きて来たってのか?これ程の美人が⁉︎そんなことありえんのか⁉︎何だこの尊すぎる生き物は⁉︎
「……推せるわぁ」
「お、推せる?」
頭を抱える東条を、灰音はオロオロと心配する。
「よし灰音、お前アイドルになれ」
「え⁉︎」
いつも余裕に溢れている彼女の、初めて見る本気で驚いた顔。
このギャップは天下を取れる。
「1意見だが、お前程容姿、スタイル、内面共に完璧な女、まぁいないぜ?」
「っちょっと、マジやめてっ」
「アイドルってのは例だが、この先変な男に引っかからねぇように今言っとくわ。
灰音、お前自分の美人さ自覚した方が良いぞ。下手したら国落とせる」
「ッもうぅ…………ばかっ」
「グッっは⁉︎」
ヤバい、致命傷だ。嬉しい。
吐血する東条はその日、灰音に顔すら合わせてもらえなかったとか何とか。
――夜、テントの中で横になりランタンを見つめていた灰音。
隣ではノエルが難しそうな本を読んでいる。
「……ノエルー」
「ん?」
「マサ君って女たらしなの?」
「ん」
「やっぱり。油断も隙もない」
「マサは人を胸の大きさで判別してる」
「こわっ」
絶句する灰音。
ノエルは本を閉じ、ゴロンと灰音と顔を合わせた。
「でも灰音が美人なのはノエルにも分かる。誇っていい。遺伝子の勝利」
「っ……ノエルまで、」
「事実」
照れる灰音は、仰向けになり大きく溜息を吐く。
「……僕、初めてこんなに褒められたよ。……正直嬉しかったけどさ?」
「ん」
「はぁ〜、マサ君に惚れちゃった子の気持ち、分からなくもないなぁ。ちょっと可哀想な気もするけど」
「ん。あれは事故物件」
「あははっ、間違いないね」
「……まさか灰音も?」
ノエルが彼女のほっぺたをつつく。
「いや、まだ大丈夫かなー。人として魅力は感じるけどね」
「ん。灰音は正常」
「ノエル容赦ないね。……マサ君にアプローチしてる女の子、凄いなぁ。これから大変そう」
顔も知らない度胸あるその子を、灰音は心の中で応援する。
とそんな時、
「ん?ノエル?」
自分の上に覆いかぶさってきたノエルに、彼女は驚く。
「……マサに食われる前に、ノエルが食べちゃおうかな」
「へ⁉︎っ(力つよ⁉︎)」
彼女は腕を羽交締めにされ、地面に押し付けられる。
「ノ、ノエル⁉︎」
「何でか知らないけど、灰音は自分に自信がない。ノエルが灰音に魅力があること、教えてあげる」
「ちょ、ぼ、僕女の子だよ⁉︎」
「別に良い。あと単純に行為に興味がある」
「マサ君とすれば良いじゃん!」
「?マサは違う。もっと大切」
「何か複雑だよ!ちょっ、待ってっ、心の準備が⁉︎」
「……」
隣のテントから聞こえてくるドタバタという音に、東条はテントの形が変形する程顔を押し当て、耳を澄ませるのだった。
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