2日目 深夜

 


 時刻は24時。


 東条は1人バルコニーに座り、漆黒を弄っていた。


 グラスの中のウイスキーが、ランタンに照らされ淡く光る。


 疲れていたせいで早めに寝たものの、夜中に目が覚めてしまい、仕方なく外に出てきたのだ。


 夜風の運ぶ土の香りと細波を肴に、グラスを傾ける。


 ……芝生を踏む音を聞き、東条は首を動かした。


「……どうした?」


「君と同じ」


「ははっ、ちょっと早く寝過ぎたな」


「ね。……ありがと」


 隣に座る灰音にグラスを渡し、トクトクと琥珀色を注ぐ。


 灰音はグラスに口をつけ、その薄桃色の唇を湿らせた。


「はぁ。……お酒とか久しぶり」


「嫌いだったか?」


「んー、どちらかと言えば好き。でもいつ襲われるか分かんないじゃん」


「そりゃそうだわな」


「マサ君は?」


「んー、……どちらかと言えば、嫌いだな」


 東条のグラスが、コトン、と揺れる。


「でも飲むんだ」


「……酒は嫌いだけど、こういう酒は嫌いじゃない」


 寂しさを紛らわせる為に飲んでいたあの頃とは違う、落ち着く心地さ。


 灰音も1口飲み、空に散らばる星を見つめた。


「分かるかも」


「そうか?」


「……忘れたい時に飲むお酒と、忘れたくない時に飲むお酒じゃ、味が違う」


「……だな」


 互いに頬を緩め、波の音に身を任せる。


 ……とそこで、灰音が目を開けた。


「……あ、そうだ」


「?」


「マサ君の恋バナ、聞かせてよ?」


「ハハっ」


 ニヤニヤと自分を見る彼女に、東条は笑う。


「そうだなー」


「うん」


 東条は手を枕に空を仰ぎ、当時のことを思い出す。


「……そいつとは、東京の危険地帯を回ってる時、避難民が集まったコロニーで会ったんだがよ」


「うん」


「まぁそんな特徴的でもなかったし、最初は目にも入らなかったな。あ、でも可愛いぜ?」


「ふふっ、それで?」


「ある日そいつが男達に襲われててな、助けたら懐かれたのが始まり」


「ああ、それは仕方ない。カッコいいって思っちゃうよ。その男の人達はどうしたの?」


「あー、……さぁ?適当にボコしたらどっか行ったな」


「そっか。それでそれで?」


「んー。俺は1箇所に留まるつもりはなかったから、少し滞在した後普通に出て行こうとしたんだよ。そしたらよ、」


「そしたら?」


「あいつ公衆の面前で盛大に告ってきやがって、あんときゃビビったわ」


「あははっ、凄い。可愛いじゃん?」


「今思えばな。でもその時、俺は断ったんだよ」


「あれ、何で?」


 東条は軽く目を瞑り、椅子を揺らす。


「……別に好きな女がいてな。……そいつはもうこの世にいねぇんだが、ずっと忘れられなくてよ。未練タラタラってやつだ」


「……そっか」


 灰音の目が悲し気な色に染まる。


「だからそん時は無理だって断ったんだ。彼女がまだ生きているってことにして」


「うん」


「でもそしたら、遠距離なら私にも可能性はありますよね?って。無理矢理連絡先渡してきたんだよ」


「プフっ、強かすぎるよ」


「な。それで突っぱねることも出来なくて、連絡先貰ってよ、次第に連絡取るようになったんだよ。

 でもずっとそのままじゃ、ただのキープだってノエルに怒られてさ」


「わ、ノエルが?大人ー」


「まぁあいつの場合、早く食ってハーレムに入れちまえって主張だから、」


「わ、思ってた理由の斜め上」


 灰音がクスクスと笑う。


「それでデートしたり、旅行したりして。アプローチ受ける度に、このままじゃダメだと俺も思ってさ」


「うん」


「このデカい仕事から帰ってきたら、返事するって待たせてるわけ」


「……うわ〜、凄いロマンチック」


「そうか?」


 満足気に大きく溜息を吐く灰音を、東条は軽く笑い、


「っ……」


 頭をグリグリと親指で押す。


 そんな彼を、灰音はチラリと見た。


「……マサ君、よく頭抑えてるけど、偏頭痛?」


 今まで何度も見た彼の仕草に、灰音は疑問を抱く。


「いや、そういうわけじゃねぇと思うんだけど。

 ……恥ずかしい話、なんか女性を綺麗だと思ったり、エロい目で見たりすると突発的に起こるんだよ。それこそ恋愛ともなると激痛で、返事先延ばしにしてる理由の1つ」


「……ふ〜ん」


 灰音は情けない、と笑う東条をジッと見つめる。


「……別におかしい話でもないよ。自分が進みたいと思っていても、トラウマとか無意識っていうのは制御出来ないから」


「やっぱそうなんかな」


「……でも、……いや、何でもない。時間が経てば解決してくれることもあるだろうし、そんなに思い詰めなくていいと思うよ」


 灰音は一瞬難しい顔をするが、すぐに笑顔に戻る。


「そうか?ありがとよ」


「その子との恋、僕も応援してるから。頑張って」


「ははっ、どうも」


 照れ臭そうに礼を言う東条に、それはそうと、と灰音は指を立てる。


「ここで1つ謎が解けたわけだ。君は僕をずっとエロい目で見ていたんだ」


「な、なぜそれを⁉︎」


「女の子を舐めるなよ?視線には聡いんだ」


「くそっ、分かった。次からはちゃんとエロい目で見ますって言ってから見るようにする」


「うん。解決方法のベクトルが常人じゃないね」


「そう褒めるな」


「確かに君の美徳ではあるよ」


 互いに笑い合い、ウイスキーを飲み干す。


「じゃあ、僕はもう寝るよ」


「ああ」


「また話そ。楽しかった」


「ハハっ、気が向いたらな」


「ふふ、おやすみ」


「おやすみさん」

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