2日目
〜Day2〜
翌日、埃臭いベッドで1人目を覚ました東条は、これまた埃臭い洗面所でアメニティを漁っていた。
歯ブラシを見つけ、歯を磨きながら隣のヴィラへと足を運ぶ。
バルコニーの丸テーブルでコーヒーを飲んでいる灰音を見つけ、手を上げた。
「おあよ〜」
「お、ようやく起きた。おはよう」
「いあなんい?」
「12時。もうお昼だよ」
「あひゃー。ひょっひょへんえんおかいう」
「どうぞ」
口をゆすいだ後、東条も灰音の横に腰掛ける。
「ノエルは?」
「まだ寝てる。コーヒー飲める?」
「おう。……ありがと」
湯気を立てるブラックコーヒーに口をつけ、東条は一息つく。
……いい朝だ。昼か。
「ちょっと驚いたよ」
そんな彼の横顔を見て、灰音が笑う。
「ん?何が」
「正直、夜襲われると思ってた」
「はっ、まだ信用してなかったのかよ」
「自分より圧倒的に力がある。権力もある。僕のことをエッチな目で見る男の子。……出来ると思う?」
「出来ねぇわ!なははっ」
「ふふっ、これでもちょっと怖かったんだぞ」
「そりゃすまねぇ」
東条はコーヒーをもう一口飲み、笑う。
「でも安心してくれ。俺は無理矢理は嫌いだから」
「へ〜、」
「信じてねぇな?」
「さぁー?……求められれば誰でも食べちゃうってこと?」
「そんときゃ美味しくいただくぜ」
「うわぁ」
「……その目やめろ。男なんてそんなもんだよ」
軽蔑と諦めを目に、灰音はプフっ、と頬を緩ます。
「そっか」
「そうだ」
灰音もカップに口をつけ、一息つく。
「……はぁ。マサ君恋人いる?」
「何だいきなり……でもないか。いないよ。でも待たせてる人はいる」
「えっ、何それロマンチック。聞かせて聞かせて?」
「えー」
「えー何でよーけちー」
とそこで、
「ん〜」
目を擦りながら現れるノエル。
「起きたか」
「おはよーノエル」
「ぁよ」
2人は立ち上がり、起きてきたノエルを連れリビングへと向かう。
残されたテーブルの上のコーヒーが、仲良く静かに揺れていた。
――遅めの朝食を食べ終わった後、再び洗濯していた水着に着替えた3人は、現在ビーチ近くの岩礁に来ていた。
灰音とノエルの手にはゴーグル浮き輪。
そう、シュノーケリングだ。
少し先に見える水面には、既にカラフルな珊瑚礁が揺らめいている。
「マサ君、マジでゴーグルいらないの?」
「おう。ほら」
「うわすご」
仮面からシュノーケル部分を生やす東条に、灰音が目を丸くする。
「どんな能力なの?」
「秘密」
「けち」
「早く行こ!」
既にシュノーケルと浮き輪を装着したノエルが、もう待てないと飛び跳ねる。
灰音はそんな彼女に微笑み、東条も軽く身体を伸ばした。
「おっけー。それじゃあ行こうか」
「ん!」
「ういー」
キラキラと光る水面が弾け、盛大に水飛沫を上げた。
――抜群の透明度を誇るクリアブルー。
水中に差す陽光が海底を照らし、咲き乱れる珊瑚が太陽に向かって元気に手を伸ばしている。
造られた物では表現出来ない、自然由来の絶対的な美。
美しいという言葉は、こういう時の為にあるのだろう。
3人に驚いた熱帯魚が素早く身を隠し、カラフルなイソギンチャクがフニフニと踊った。
「…………(いいね〜)」
東条は自然の美しさを堪能しながら、波に身を任せゆらゆら漂う。
とそんな時、視界の端から潜水する2人が画角に入ってくる。
お前蛇じゃなくて魚だろってレベルの速さで泳ぐノエルを、綺麗なフォームで追う灰音。
交互に動く柔らかくも張りのある2つの丘。
その美しさたるやまるで人魚の如く。
何という絶景か。
美しいという言葉は、こういう時の為にあるのだろう。
「…………(いいね〜)」
「……」
何かを察知したのか、振り返る灰音。
「…………(気のせい?)」
しかし水面に漂う彼は、自分達に背を向け悠々と浮かんでいた。
――珊瑚の床を眺めながら、ゆっくり沖へと進んで行く。
――海面を泳ぐ海亀の親子をバックに写真を撮り、マンタの影に入りながら並泳する。
――水深15m地点に地下島を発見し、大きく息を吸い込んで潜水した。
――……波で削られ、沢山の穴が空いた岩の中。
暗い洞窟内に丸く差し込む光が幾束の線になり、3人を青く照らす。
神秘的で、幻想的な海底の世界。
「……」「……」「……」
少しだけ冷たくなった太陽へ向かって、3人は砂を蹴った。
――爽やかな風に髪を揺らしながら、岩場に座り釣竿を垂らす。
ぷかぷかと浮かぶ3つの浮きが、時間の流れを少しだけ穏やかにする。
「見て」
「んー?お、上手く撮れてる」
「ん」
撮った写真を見返すノエルと灰音の会話を聞きながら、寝っ転がる東条はボケー、と白い雲を目で追う。
……緩慢とした空気、温かく静かな空間。
ノエルが言っていた、何もない時間を楽しむ、というのは、こういうことなのかもしれない。
いやはや、……悪くない。
「マサ君ー」
「んぁー?」
「引いてる」
「お、よっと」
東条は身体を起こし、しなる竿を掴む。
抵抗も許されず引き摺り上げられた魚が、光る海面を大きく跳ねた。
夕日が照らすビーチを歩き、3人は並んで帰路に着く。
東条の肩にぶら下がる、満杯になったクーラーボックス。
はみ出た魚がオレンジ色に輝いていた。
包丁には慣れている、と思い切りの良すぎる東条。
反対に慎重を極めるノエル。
キッチンに立つ2人にレクチャーしながら、クスクスと笑う灰音。
その日の食卓に並んだ料理は、どこか不恰好な物ばかりだったという。
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