1日目
――照り付ける太陽の色が変わり始める頃。
「よっ、」
座って休んでいた灰音は立ち上がり、砂を払う。
「どう?満足した?」
「ゼェ、ゼェ、ああ。俺の勝ちだ」
「ふぅ、ふぅ、違う、ノエルの勝ち」
クレーターがボコボコに空いたコートで睨み合う、汗だくの2人。
そこら中に転がる大破したボールが、戦いの苛烈さを物語っていた。
「あ?お前123回当たったろ。俺は117だ。俺の勝ちだ」
「違う。マサは顔面隠してる。だからノエルの顔面はセーフ。だからノエルのアウトは116。マサの負け」
「ぁあ⁉︎」
「……もうドッジボールなんだよねー」
クスクスと笑う彼女は、暴れ馬を鎮めるような手つきで2人を仲裁する。
「どーどー、はい落ち着いてー。ボール無くなっちゃうからねー」
「はーいー怒られたー!お前がバンバン壊すからだー」
「違うしー、ボールが弱いだけだしー、ノエル悪くないしー。ねー灰音?」
「そうだね、ノエルは悪くないよ」
ニッコリと笑って答える灰音に、東条は異議を申し立てる。
「甘やかすな灰音!ったく、誰のせいでこんな我儘に育っちまったのかっ」
「君じゃないかな?」
多分恐らくの元凶を確認した後、灰音はしゃがみ、ノエルのほっぺたをこねる。
「ねぇノエル、マサ君は大人気ないし、勝ちは譲ってあげたら?」
「やだ」
「んーそっか。……でもさ、やっぱりこういう所で1歩引けるのが、大人だと僕は思うな」
「大人?」
「そ、大人な女性は、どんな時でも余裕を持たなきゃ」
ノエルは少し考え、頷いた。
「……ん。ノエルの負けでいい」
「えらいぞ〜」
頭を撫でられるノエルを、東条は何だかとてもいたたまれない気持ちで見つめる。
「マサの勝ち。ほら、喜べ」
「……え、何この気持ち。凄いやだ」
「あははっ」
戦いを終わらせるのに犠牲はつきものだ。
膝から崩れ落ちる東条を慰めるノエルを見て、灰音は涙を拭く。
「ふぅ……そうだ、そろそろ夕方だし、ご飯取りに行こっか?」
「行く!」
「……そーいや灰音、ずっと何食ってたんだ?」
何とか心の傷を癒した東条も立ち上がり、単純な疑問を問う。
見た感じ電気系等は断線してたし、食料の保存はきかないだろうし、となるとやっぱり。
「魚とか海の生き物と、あと野菜かな。自分で育ててるんだ」
「早く!」
「あ、じゃあノエル、あそこから銛と網持ってきてくれる?」
「ん」
海の家に走ってくノエルを横目に、東条は感心する。
「すげーな。野菜まで育ててんのか」
「元からあったのを勝手に使ってるだけ。土が良いのか育ち早いし、ちょっと楽しいよ」
「へー」
「ん、持ってきた」
「ありがと」
1人1セットを受け取り、2人は灰音に案内されるままついてゆく。
「こっちに大きな潮溜まりがあってね、逃げ遅れた生き物がいっぱいいるんだ」
「へ〜、……お、ほんとだ」
「おぉー」
岩のトンネルを潜った先には、それなりに広い岩場が広がっていた。
大小様々な窪みの中を、閉じ込められた海洋生物が泳いでいる。
「もうすぐ満ちちゃうからあまり時間ないけど、運が良ければ海老とかタコとかいるから、探してみるといいよ」
「ん!」「おけ」
東条は銛を肩に掛け、ニヤリと笑う。
「誰が1番獲れるか勝負しようぜ?」
「ん。乗った」
「ははっ、好きだねぇ」
「最下位は料理当番な。んじゃスタート!」
「あ、ずる!」
「あははっ」
今夜の料理番を決めるべく、3人はそれぞれ得物を構え飛び出した。
――「……」
ノエルは穴の中を覗き、手を突っ込む。
掴み、引っこ抜いた。
「……なまこ」
白い物体を吐き出し固くなるそれを容器に投げ入れ、ノエルは次のポイントへと移動するのだった。
――「大量大量」
東条が網の中で跳ねる熱帯魚を容器に入れていると、
「っお!海老!……いや、何だこいつ?」
素早く岩影に隠れた生き物と、しゃがんで目を合わせる。
「あー、シャコか!」
手を突っ込み、
「……(シャコォ)っ⁉︎」
「いてて。よし獲った。こりゃ優勝だろ」
シャコパンチなどものともせず容器に投げ入れ、次のポイントへと移動した。
――1時間後。
元いた場所に戻ってきた3人は、順番で容器を前に出す。
「おしノエル、見せてみろ」
「ん。ノエルの優勝」
ノエルの容器を覗いた灰音が吹き出し、東条は盛大に顔を顰めた。
「ブフっ⁉︎」
「っ⁉︎キッッモ⁉︎」
なまこなまこなまこ、パンパンに詰められたなまこ。
何だこれ?地獄か?
「あははははっ!」
「イカれてんのかお前⁉︎食うの⁉︎これ食うの⁉︎」
「……だってなまこしかいなかったもん」
腹を抱えて笑う灰音に、ノエルが頬を膨らませる。
「っうふ、ふぅ、……ごめんね、ちょっと衝撃的すぎて、ふふ、」
「……なまこって食えんの?」
「んー、食べれるけど、工程が面倒臭いし、僕は捌けないかなー。ごめんね」
灰音は海に向かってなまこをぶちまけるノエルに苦笑した。
「お笑い枠は終わり、本命だ」
続いて東条が容器を前に出す。覗き込む2人。
「どうだ?綺麗だろ」
「おー」
「……いや、うん、綺麗だけど」
容器の中を泳ぐカラフルな小魚。
「これ殆どグッピーだよね?」
え?この人達コンセプト理解してる?と灰音は心配になる。
「食えないか?」
「まず食べようという発想にならないかな」
反応の悪さに東条は唸る。
約1名興味津々に覗き込んでいる幼女がいるが、こいつに認められることそれ即ちなまこと同レベルだ。そんな評価はいらん。
「だが見ろ!その下!大物だぜ?」
「ん?お、シャコだ。よく見つけたね」
「……ノエルが獲った海老の方がデカい」
「いやそうだよ、あれどうやって獲ったんだよ?」
「素潜り」
「網持たない方がいいよお前」
得意気になる東条は、へいへいと灰音を挑発する。
「ほら、見せてみろ灰音?そして負けを認めろ」
「そうだねー、今回は僕の負けかな」
そう言って出された容器を見て、東条は固まった。
そこに積まれていたのは、自分達が獲ってきた物とは比べるのも烏滸がましい、ちゃんと『食えそう』な魚達。
「すっげ!」
「灰音やば」
「ふふ、僕に勝とうなんて100年早いぞ?」
「「おみそれしました」」
頭を下げる2人に満足し、灰音はオレンジ色に染まる空を見て容器を担ぐ。
「それじゃあお腹減ったし、帰ろっか?」
「ん」
「グッピーどうする?」
「逃してあげなー」
「うぃー」
東条はシャコだけ掴み、グッピーを放流してから彼女を追う。
「持つぜ?」
「そう?ありがと」
「それで審査委員長、最下位は誰でありますか?」
「うむ、そうだねー」
東条と灰音の視線がノエルに向く。
「……」「……」
「……ん?」
大人2人は互いに顔を見合わせ、仕方なく笑い合った。
「皆で作ろっか」
「それが良い」
「……ん?」
今回の勝敗、引き分け。
――彼女に案内されるまま、東条とノエルはビーチのほとりにある綺麗なヴィラ風のホテルへとやって来た。
外観から見るに、それなりに良いお値段しそうだ。
「どう?良いでしょ」
「ん」
「最高じゃん」
「でしょ?」
インフィニティプールの横を通り、芝生の庭を抜け玄関に到着。
「まぁ上がってよ。ちょっと散らかってるけど」
少しだけ恥ずかしそうに微笑む彼女に、東条の胸が少しだけ弾む。
仮の家ではあるものの、女の子の部屋であることに変わりはない。
いざ尋常に!
「お邪魔します」
「ます」
「どうぞー」
白と水色を基調とした内装。中は高級ホテルだけあってかなり広く、しかし所々生活感のある光景がもう眼福ですありがとうございます。
深呼吸する東条に、灰音の頬が少しだけ染まる。
「……はは、思ったより恥ずかしいな。ごめんね、すぐ片付けるからシャワーでも浴びといて」
「いえ、このままで結構ですありがとうございます」
「……マサ君、今君かなりキモイよ?」
「ありがとうございます」
「……ノエル、洗面所はあっちだから、シャワー浴びてきな?」
「ん」
「……」
灰音はスタスタと走って行くノエルから、仁王立ちする東条に目を移す。
「……あー、マサ君は、じゃあ庭にグリルの用意しておいてくれる?」
「一緒に片付けは」
「うん、大丈夫」
「遠慮は」
「用意よろしくね?」
「……了解」
「ありがと」
トボトボと去ってゆく東条から目を逸らし、灰音は手を顔に当て羞恥を逃す。
「……はぁ〜〜」
そうして若干熱い頬をそのままに、彼女は散らかった下着を急いで集め始めた。
――全員がシャワーを浴び終わり庭に集合する頃には、すっかり日も落ち、家の至る所に掛けられたランタンが優しい色を灯していた。
「マサ君ごめんね、男性用の服は流石になくて」
「いいよいいよ」
ショートパンツとタンクトップに着替えた灰音が、盛り付けた刺身や料理の大皿を2人に渡し、庭へと運び出す。
「……ごめんねなんだけど、……絶対に脱がないでね?」
「善処する」
「マサ変態」
「うるせぇ仕方ねぇだろ」
今の東条の装いは、裸にバスローブというもう準備万端の逆フル装備。
これで心配じゃない女の子はこの世にいないだろう。
「てか灰音料理も上手いとかすげぇな」
「ふふ、ありがと」
「今度魚の捌き方教えてくれよ?」
「良いよ。明日教えてあげる」
「ノエルもノエルも」
「勿論いいよ」
灰音は微笑み、手を伸ばし庭のランタンに灯りをつける。
美人で、人当たりも良く、料理も出来る。こりゃあさぞモテただろう。
東条はタンクトップから覗く美しい脇を眺めながら、うんうんと頷くのだった。
夕食の準備も出来、3人は御馳走の乗ったテーブルを囲み手を合わせた。
星空の下、3人は談笑しながら料理をつつく。
――「え、そんなにいっぱい猿が?」
「そうだぜ?聞いた話によりゃ、国立競技場が全席猿で埋まってたらしい。それでも1部だし、ヤベェくらいいたよ」
「うわぁ、どうやって倒したの?マサ君もノエルも、別々の場所に飛ばされちゃったんでしょ?」
「(モグモグ)」
「俺その場所にいなかったから全部は見てないんだけど、今日本には、俺とノエルと、後もう1人『冒険者』の階級を持ってる奴がいんのよ」
「その人が?」
「うん。この戦いで半径5㎞が瓦礫の山になったんよ」
「やばぁ……想像つかないなぁ」
「(モグモグ)」
「そいつには近づかない方がいいぜ?イカれてっから」
「マサ君より?」
「だいぶ」
「うわぁ」
――「京都に基地⁉︎すごぉ」
「ん。そこにもう1人のメンバーがいる」
「あ、2人チームじゃないんだ?」
「実働が俺とノエル。ネット系は全部そいつに任せてんのよ」
「へぇ、凄い優秀じゃん」
「ん。天才引きこもりド隠キャ」
「あははっ、会ってみたいなぁ」
「いつか紹介するよ」
――「配信者なの⁉︎」
「ん」
「日本で1番有名と言っても過言じゃねぇぜ?」
「すっご。どんな動画あげてるの?」
「旅動画」
「うわ〜いいな〜。ああいう動画のんびり見れるから好き」
「ね。でもグロすぎてアカバン食らうから新しいサーバー作って配信してるんよね」
「ん。教育に悪いってテレビでボロクソ言われてる」
「……?……あ!っぷっははは!なるほど、それはそっか。確かに悪いね」
――面白おかしく互いの身の上を語り、腹も膨れ、片づけも終わった後、灰音は目を擦るノエルの手を引いて寝室へと向かう。
東条もその後をついて歩いていると、
「え?」
「え?」
「……え?」
「え?」
灰音が振り向きギョッとする。
「んー、……どうしたの?」
「え?寝ようかと思って」
「そっか」
灰音が外を指差す。
「隣のヴィラ空いてるよ」
「ここでいいよ?」
「隣のヴィラ空いてるよ?」
「だいじょぶだいじょぶ、ここでいいよ」
「隣のヴィラ空いてるよ?」
「ん?ループしてる?」
灰音がニッコリと笑う。ゆらゆらと魔力を立ち昇らせて。
「隣のヴィラ、空いてるよ?」
「ッうっす」
東条は彼女に背を向け、脱兎の若く逃げ出した。
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