32話

 


 簡単な昼食も食べ終わった後、ノエルに手を引かれ白砂の上を走る灰音を、東条はビーチチェアに座り眺めていた。


「……いつの間にあんな仲良くなったんだ?」


 まだ会って1時間くらいしか経っていないというのに。それもあのノエルがあそこまで気を許すなんて。


 いや、あいつはああ見えて人懐っこいところがあるが、それでも何というか、……嫉妬してしまうじゃないか。


 自分だってキャッキャウフフしながらビーチで追いかけっこしたいのに。そんなことを考え、ブスくれて目を瞑り寝ようとしていると、


「……おーい、マサ君ー」


「はい?ぅぉ」


 目を開けた先に、自分を覗き込む彼女の顔があった。

 何つー破壊力。まつ毛長。


「うぉって、ハハっ」


 人差し指を曲げ口を隠しながら笑う姿の上品たることこの上なし。眼福眼福あー頭痛。


「そんな綺麗な顔が目の前にありゃ、誰だって驚きますよ」


「おや、嬉しいことを言ってくれるね?」


「すみません、俺嘘つけないんで」


「……ふふっ、」


 含み笑いですら、どこかミステリアスに感じてしまう。


「んで、何か要です?」


「あぁ、うん。ノエルがビーチバレーしたいらしくて、一緒にやらない?」


「い、いいんですか?」


「逆に何でダメなのさ?」


 笑う彼女が天使に見えてきた。こんな天性のアイドル、渋谷にでも連れてったら人だかり出来てスカウトの嵐だわ。渋谷が吹っ飛んだのは神の思し召なのかもしれない。


 東条は立ち上がり、少し先にいるボールを膨らませているノエルに向かって、灰音と軽く喋りながらビーチを歩く。


「マサ君筋肉ヤバいね。触らせて」


「え?あ、はい。どぞ」


「マサ君って身長何㎝?僕も結構高い方だと思うんだけど」


「187ですね」


「大きいねー」


「ぅす、」


「その顔の黒いのって、東京の人は皆つけてるの?」


「んなわけないでしょ」


「そっかー。てっきり協調と称して多様性を潰す日本人の特徴を、仮面として表したモダンアートなのかと」


「ただのプライバシー保護です。あと国民性の核心つくのやめてください」


「ぁははっ、」


 吹き出す灰音に、東条はジト目を送る。


「……黒百合さん、さっきから俺のことイジってません?」


「まさかぁ。久々に人と話すから楽しいんだっ」


 にひひ、と笑う意地らしい笑顔に、東条も「それならしゃーなし」とつい許してしまう。


「黒百合さ……?」


 喋りかけた東条に灰音は指を立てる。


「黒百合じゃなくて、灰音でいいよ。僕この苗字あんまり好きじゃないし」


「何でです?綺麗な苗字じゃないですか」


「ちょっと怖いじゃん。それに知ってる?黒百合の花言葉、『恋』に『呪い』だよ?酷くない?」


「ぶはっ」


「あ、笑ったー。ひどー」


 今度は灰音が東条にジト目を向ける。


「そういえばマサ君歳いくつ?」


「22ですね」


「わ、同い年じゃんっ。見えなー。敬語禁止ね」


「……灰音さん、マイペースってよく言われません?」


「ほらほら」


「……灰音マイペースってよく言われるだろ?」


「取り柄ー」


 スキップでノエルへと走ってく彼女を、東条はクスリと笑う。……おもしれー女。



 ――砂が飛び、鋭い音を残しビーチボールが風を切る。


「ッラァ、」


「ンッ」


「……いやぁ、凄いなぁ」


 2人で完成してしまっているラリーの応酬を、灰音はホケー、と見守る。完全に蚊帳の外だ。


「っ灰音トス!」


「あ、ほいっ」


 弧を描く綺麗なトスを、ノエルがジャンピングスマッシュ。


 猛烈に歪んだボールを、しかし東条は脅威の瞬発力で拾う。彼は一瞬で起き上がり、自らトス、そしてジャンプ、


「っ貰ったァッ!」


「っ灰音ッ」


 ボールに向けて拳を叩き下ろした。


 ギュルルルルッ、と異常な形状で飛んでくるボール、否、最早砲弾に、灰音は冷や汗を流す。


「……僕も女の子なんだけどなぁ」


「ハッハー!すまねぇな、手加減はしない主義だ!」


 1点を確信した東条が高笑いを上げた。


 次の瞬間、


「よっ」

「な⁉︎」


「ナイストス!」


 体勢を低くし、両手を構えた灰音は、手首のスナップだけで威力を逃し、そのまま完璧なトスを上げた。


 驚く東条に向かってノエルがスマッシュ。もう遠心力で平べったくなったボールを、東条は辛うじて受け止めるも、


「わッ⁉︎」


 終ぞ耐えきれなくなったボールが弾け、東条の仮面にぶつかった。


「っおま、強化使ったろ⁉︎反則だぞ!」


「ぷヒュ〜♪」


「チッ、このガキ。……てか灰音、スゲェな!あれ取んのかよ!」


「ふふん、ビーチバレーは僕に1日の長ありだよ」


「そういう次元じゃねぇと思うんだが、……まぁいい!仕切り直しだ!次顔面ありな‼︎」


「望むところ」


「うん、僕用事思い出したから一旦抜けるね」



 かくして超次元バレーボールは、思いの外いい勝負となったのであった。

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