31話

 


 ――綺麗に片付けられた海の家の中、東条はぬるい水で喉を潤す。


「え、じゃあ東京無くなっちゃったの……?」


「東京自体は無くなってませんけど、東京が誇る大都会は吹っ飛びましたね」


「うわ〜」


 灰音は頭を抱え、露骨に残念がる。


「帰ったら渋谷とか原宿行ってみたかったのに……、夢だったのに、」


「俺も残念です」


「……はぁ、まあしょうがないか。……でも日本中がこんなことになってるなんて、沖縄だけじゃなかったんだ」


「はい。日本の人口密集地は悉く崩壊しましたね」


「沖縄ってそんなに人いるかな?」


「沖縄と北海道は、新大陸に近いせいでその危険度が跳ね上がってますね」


「ああ、さっき言ってた」


「はい」


「……ふぅ〜ん」


 灰音は椅子を傾け、溜息を吐く。


「……それで自衛隊が負けたり、強い人が出てきたりして、組合が出来て、救助が始まって、……今に至るって感じなんだ」


「そんな感じです」


「……僕が知らない内に、色々と大変だったんだね」


「いえいえ、外部との連絡が取れない中、寧ろ大変だったのは黒百合さんの方でしょう?」


 灰音は軽く笑い、テーブルに肘をつく。


「ほんとだよ?現代の女の子からネットを奪うなんて、酷いにも程がある」


「まったくです」


 笑い合い、説明に一区切りついたところで、今度は東条側が口を開く。


「それでは、今度はここで何が起きたのかをお聞きしたいのですが、」


「うん。でも正直、細かいことは分からないよ?」


「構いません。黒百合さんが見たことを話してもらえれば」


「分かった。

 ……とりあえず、クリスマスに黒い球が出たのはうちも同じ。

 出てきたモンスター?は畑とか人とか食い荒らした後、全部本島の方に向かって行ったよ。僕はこの宮古島に住んでたから、あっちのことは分からないけど、」


「はい。俺達が見たかぎり、本島の方にもう人はいません。沖縄に来て初めて会った人が黒百合さんですから」


「……そっか」


「他に生存者を見たことは?」


「ないかな。モンスターがいなくなった後、島を1周してみたりもしたけど、誰にも合わなかったよ」


「なるほど。因みに、黒百合さんはどうやって生き延びたんですか?」


「ずーっと家の地下に隠れてたよ」


 家で、1人で?そう聞こうとした東条は口を閉じる。


 今彼女の横に血縁がいないということは、つまりそういうことなのだろう。

 何も不思議なことじゃない。この災害で家族皆が生き残れることなんて、不可能に近いのだから。


 東条は考える。

 彼女が運よく生き延びたのは分かった。

 モンスターが全部本島の方に行ったのも、単純により多くの人間の臭いに釣られたと考えれば理解できる。


 しかしだ、それはこの島から1匹残らずモンスターがいなくなる理由にはならない。


 しかしそれを彼女に聞いたところで、明確なアンサーが返ってくる訳もなし。


 最もモンスターに関わってきた自分が分からないのに、そんな専門的な質問を必死に生きてきた人間にバンバンぶつけるのは失礼ってもんだろ。


 考える東条を見て、灰音は苦笑する。


「ごめんね、力になれなくて」


「いえいえ、何も問題ありません。そもそもこの質問、単純に俺の興味本意ですし」


「へ?」


 何のこたぁない、と水を飲み干した東条を見て、灰音は目を点にする。


「え、君、国のそういう組織の人じゃないの?」


「それは間違いありません。総理大臣直々にお願いされてここ来てますし」


「すご」


「でもまぁ厳密に言うなら、国が自由を認めざるを得なくなった、ただの一般人ですね。

 組合はそういう人間を管理する為に造られた組織です」


「……え、それ危なすぎない?」


「はい。そこらの犯罪集団よりよっぽど危ないです」


 少しだけ椅子を引く灰音に、東条は顔文字でニッコリ笑顔を作る。少しだけ彼女の肩が震えたように見えたのは気のせいだろう。


「安心してください。組合員にはなるには厳しい人格適正テストもありますので、人格的に破綻している人間はそもそも力の行使を許されません。

 俺はその中でも選りすぐりの人格者です。人格のみで選ばれたと言っても過言ではありません」


「嘘だ」


「嘘です」


 ジト目の灰音は、観念したように溜息を吐く。


「……はぁ。

 君がそんなに凄いなら、もしそういう状況になっても無理矢理組み伏せられるだろうし、警戒するだけ無駄だね」


「しないのでやめてください」


「モンスターが現れてからそういう光景は何度も見たし、覚悟も出来てるつもり。……せめて優しく頼むよ」


 諦めたような表情を浮かべる彼女に、東条は焦り手を振る。


「ま、待ってくださいごめんなさいちょっと調子乗りました!ほんとに!」


「ははっ、……初めては好きな人が良かったな」


 光の消えた目でラッシュガードのチャックを下ろす彼女に、東条はヤベェヤベェと慌てながらも鼻を膨らませる。


 とそこへ、



「マサ‼︎海老捕まえた‼︎」



「……」

「……」


 びしょびしょのノエルが飛び込んできた。

 その両手には活きのいいデカ海老がビチビチともがいている。


 ノエルは2人を見比べ、首を傾げる。


「情事?」


 東条はノエルの腰を掴み、


「――っふんッ」


 再び海へとぶん投げた。




 ――「……それで、この子は?」


 数分後、灰音は隣で生海老を殻ごとバリバリ食っている幼女を恐る恐る見つめる。


「俺の相棒です」


「こんなに小さな子が?……ロリコンなの?」


「否定はしません」


「否定はして欲しいな」


「こう見えて、こいつも歴とした組合員です」


「(モグモグ)フンっ」


 ノエルは得意気に金と黒のバッジを見せる。


「……あ、ごめんね。僕組合員のこともさっき知ったんだ。でも凄いね!綺麗なバッジだね!」


「(モグモグ)……」


 ノエルがシュン、としながらバッジを仕舞う。


 東条はそんなノエルの頭を撫でながら苦笑し、反対の手を差し出す。


「まぁそんなわけで、俺達は国の要請通り、貴女を無事安全地帯まで送り届けます」


 ここも充分安全なんですけど、と言う言葉は飲み込んで。


「俺はマサ、こいつはノエルです。少しの間ですが、よろしくお願いします」


「うん。よろしくマサ君。ノエルちゃんも、よろしくね」


「ん」


 互いに握手を交わした後、東条は立ち上がり近くの網焼きコンロに漆黒を展開した。


「おい、それ焼いてやるから寄越せ」


「ん」




 海老がジュージューといい音を鳴らす中、灰音は膝の上に座るノエルの髪を撫でる。


「ノエルちゃん」


「ノエルでいい」


「……分かった。ノエル?」


「何?」


「……マサ君ってそんなに強いの?」


 振り返るノエルは、人差し指を立て灰音を見る。


「1番」


「……1番?」


「そう。今日本で1番強い人間。それがマサ」


「っ……」


 本当に凄い人だったんだ……。


 海老を焦がし、ワタワタと焦っている傷だらけの男。


 灰音はそんな彼を目に映し、ノエルと顔を見合わせ笑うのだった。

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