30話

 


「……ふぅ」


 東条は柔らかなビーチにゴロン、と横になり、真っ青な空を見上げる。


 耳に届く波と虫の二重奏が心地良い。


 気を抜くと眠ってしまいそうだ。



「…………静かだな〜」


 東条はずっと思っていたことを独りごちる。


 そう、静かすぎるのだこの場所は。


 ノエルは興奮して気づいていないみたいだが、宮古島に入ってからというもの、モンスターの影どころか気配すら感知出来ない。


 目に入る生き物は、どれもただの動物、虫、爬虫類。そんな地球の原生生物が、地球本来の生活をしている。


 今まで敵意に晒され続けていたこの身体には、少し不気味なくらいに感じてしまう平和。


 この環境はそれこそ、変わる前の地球そのものだ。


「……はっ、俺もだいぶ毒されてんな」


 モンスターからの敵意が無いと不安に感じるとか、病気だろもうこれ。


 こんなんになった日本でも、変わる前と同じように生活している人の方が多いんだ。

 昔は自分だってそうだった筈。……昔の自分は、どんな景色を見ていたっけか?


 忘れてしまった過去の自分を笑い、東条は目を瞑る。


 色々あったが、今はバカンス。少しくらいは……。


 温かな日差しと微睡みに、その身を委ねた。



 ……その時だった。


「っ」


 魔力の気配を察知し、東条は目を開け上半身を勢いよく起こす。


 約100m先に、……人間⁉︎


 東条はゆっくりと起き上がり、同じく驚いたようにこちらを見る人間に警戒態勢をとる。


 ……おいおいおい、待て、いつからいた?この距離になるまで気づかなかった?能力か?いや違う、見ればちゃんと感知できる


「……どんだけ気ぃ抜いてたんだ俺ぁ」


 まったく嫌になる。この馬鹿さ加減は永遠に直らない気さえする。もう諦めようか。


 手を振りながら近づいてくる人間に、東条は仮面の下で目を細めるのだった。




「おーいっ、君人だよね?驚いた」


 灰色のショートウルフヘアを揺らしながら、スタスタと走って来る女性。


 身長は170前後。女性にしては高く、スラリとしたモデル体型。


 鋭い目尻も相まって凛とした印象を受ける整った顔立ちは、美人というよりは最早イケメンに近い完成美を誇っている。


 グレーの水着に白いラッシュガードを羽織った装い。


 東条は仮面の下から、チラリと覗く薄小麦色の肌と緩やかな谷間を凝視し、警戒を一段階緩めた。



「こちらも驚きました。まさか人がいたとは」


 ここに来て初めての現地人だ。驚かないわけがない。救助諦めて遊んでたのは黙っとこう。


 そう言う東条に、彼女は首を傾げる。


「あれ、その喋り方、こっちの人じゃない?」


「あ、はい。本州から来ました」


「⁉︎」


 目を丸くする彼女。


「え、何しに……まさか救助?」


「そうですね。現地調査を兼ねて派遣されて来ました」


「うっそ……」


 彼女は一瞬呆けてから、興奮を逃すように息を吐く。


「ごめん。ちょっと驚いちゃって」


「いえ。当然の反応だと思いますよ」


「ありがと」


 お礼を言い微笑む彼女。


「そうだ、時間はある?」


「ええ。迎えが来るの2週間以上先なんで」


「うわ、結構あるね」


「すみません」


「いいって、気にしないで」


 笑いながら手を振るその仕草すら絵になっている。ほんとイケメンって。


 彼女は黒い仮面を見つめながら、少し遠くに見える海の家を指差す。


「ずっと1人だったんだ。そっちの話、色々聞かせてくれないかな?」


「勿論」


 それに関しては同意だ。自分もこちらの話を色々聞きたい。東条は伸びをする彼女の背中についてゆく。


「はぁ〜、よかったー。ほんと暇でさ。ようやく帰れるよ」


「というと、出身は本州の方で?」


「うん。育ったのはこっちだけどね」


「なるほど。沖縄育ちとは、少しだけ憧れますね」


「そう?……そんなに良い場所でもないけどね……」


「そうなんですか?」


 前を向く彼女の顔は見えないが、その声には少しだけ寂しさというか、影があるように見えた。

 でもそんな雰囲気も、次の瞬間には消えてしまう。


「ま、海は綺麗だけど?」


「っすよね!こんな海毎日見れるとか羨ましい限りですよ」


「いやいや、飽きるって」


 2人して笑いあった後、そうだ、と彼女は後ろを向く。


「自己紹介がまだだったね。



 僕は黒百合くろゆり 灰音はいね。よろしくレスキューさん」



 潮風に靡く髪と後ろに組んだ手が、なんとも沖縄の景色に合っていた。


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