みんな大好きティラノサウルス

 


 倒れ伏すスピノを背に、2人は漆黒の球体に向き直る。


「――ルオオアアッッ‼︎」


 許容限界。球体が弾け飛び、中から怒りに燃えるT−REXが姿を現す。


 そのまま2人に突っ込もうとしたT−REXは、


「ッ⁉︎」


 しかし狩られた仲間を見てその足を止めた。


 T−REXの体感、自分を閉じ込めていた檻を壊すのに、それ程苦労したつもりはなかった。

 すぐに出て来れたと思っていた。


 それなのに、出て来たら仲間が無惨に殺されている。

 理解が出来なかった。


「早っ。やっぱ火力えげつないな」


 阿修羅の影響でパチパチと髪を逆立たせる東条は、返還された漆黒で再び仮面を作成する。


「マサ沖縄でくらい仮面取ればいいのに」


「俺らが諦めただけで、もしかしたら生き残りいるかもしれないだろ?」


「国にはバレてる」


「一般人にバレんのが1番面倒なんだよ」


 悠々と雑談する2人を見ながら、T−REXは警戒にジリリと1歩下がる。


 事実、T−REXは漆黒の球に囚われた瞬間、状況を即座に把握し、高火力での脱出を試みていた。


 捕縛から破壊まで、その間僅か3秒。


 分断された仲間を助けるのに、何の支障もきたさない筈の時間。


 ……何の支障もきたさない筈なのに、仲間は死んだ。


「ゴォッ――」


「ん?」


 T−REXは脚を曲げ、次の瞬間全力で真上に跳躍した。

 そのまま爆発を利用し、更に上空へと飛んでゆく。


「逃げたか?」


「んーん、あれ来る」


「あー」


 T−REXは小さくなってゆく2人を睨みながら、思う。


 あれらに似た形をした生物は、生まれ落ちたその時から大量に狩ってきた。


 脆弱で、食べ応えは無いが、量が多かったただのエサ。

 自分にとって、あの種族はそんな認識だった。


 だから、あれらから何か異様な雰囲気を感じた時も、ただの錯覚だとその意識を振り払ったのだ。


 今思えば、あれはきっと危険信号だったのだろう。


 ――雲を突き抜けたT−REXは、体勢を180°変え、真下へ向かって鱗を爆発させる。


 生態系の頂点に立ち、現王にその座を譲ってから、長らく忘れていた感情。


 被捕食が抱く、諦念に似た恐怖。


 ――爆発を繰り返し、加速に加速を重ねる。


 きっと、自分はここで死ぬ。


 あれらに勝つビジョンが、全く見えない。


 ……なれば、なればこそ、強く輝き散ろうではないか。

 あの脆弱な種のように、無様に、醜く、泣き喚き、恐怖の中で死ぬのだけはゴメンだッ。


 ――紅蓮に輝くその身は、嘗て竜を滅ぼした災厄。


 今こそ、王の矜持を取り戻さんッ‼︎



 ――「ォオオオオオッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」



 我が身滅びゆくT−REXの口は、なぜか嬉しそうに三日月に歪んでいた。




「……ノエル、手ェ貸せ」


「ん」


 赤く染まる空を見上げながら、東条は右腕から左足にかけて、力の通り道に顔以外の全漆黒を集結させる。


『阿修羅』を解いたノエルが、彼の右腕へ向けて大地をうねらせた。


 漆黒の腕に、流れ込むように纏わりついてゆく土。


 拳の直径が数100mを超えた所で、ノエルの額にビキビキと血管が浮かび上がる。


 圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化、圧縮、硬質化――


「っ」


 尋常でない圧力をかけられた拳は、その体積を1/100まで減らし、変色。

 内部で生じる熱と吸収が同時に作用し、所々が結晶化を始める。


「っはぁ、はぁ、こんくらい?」


「ああ。これ以上は俺の腕が潰れちまう」


 完成する、銅色に輝き、ダイヤモンドを散りばめた金剛のガントレット。


 東条が右腕を一旦地面に下ろすと、それだけで足元が放射状にひび割れた。


「離れてな」


「ん」


 太陽が落ちて来ていると錯覚する程の熱量を肌に感じながら、東条は腰を落とし、身体を180°捻る。

 爆発的に膨れ上がり、バチバチと明滅する魔力。


 トテトテと走ってゆくノエル。


 最後の加速をするT−REX。


 天より落ちる隕石。地より昇る隕石。


 これは純粋で単純な、馬鹿馬鹿しい力比べである。



「――ゴォオオオオアアアアアッッッ‼︎‼︎‼︎」

「――ッ」



 引き絞った巨人の拳を、一気に解放。




「『――天攘擽隕てんじょうらくいん アルバトロス』」




 ――刹那、音が消えた。


 インパクトの衝撃が1点に収束し、瞬間、爆ぜる。


「ぬ」


 ノエルが衝撃波に背中を押され吹っ飛ぶ。


 大地が捲れ、トレントが炎上し空を飛ぶ。


 衝撃波が森を呑み込み、根こそぎ破壊。


 大きなキノコ雲が打ち上がった。







 パラパラと土塊が舞う中、爆心地に佇む1つの影。


 武装を解いた東条は、遠くの雲に出来た大穴を見上げ、


「快適な空の旅を」


 清々しく笑った。

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