26話
「いや〜、強かった」
それはお世辞でも何でもない、率直な感想。
ここに来てようやく、最南端の洗礼を受けれたのだ。楽しくないわけがない。
東条はボロボロに崩れるガントレットを地面に落とし、煙を上げる右腕をプラプラと振る。
「ノエル〜、死んだか〜?」
吹っ飛んだノエルを迎えに行こうとし、
「ん」
「ぶっは⁉︎なんだお前その頭⁉︎」
歩いてくる彼女を見て吹き出した。
例えるなら、正にカリフラワー。色も相まって汚れたカリフラワーだ。
ふわっふわに爆発した髪を揺らしながら、ノエルは頬を膨らます。
「マサだってハリネズミみたい」
「ん?ぅお、ホントだ」
東条が自分の髪を触ると、爆風と塵のせいで剣山みたいになっていた。なるほどこれが髪を遊ばせるってやつか。
互いに指を指してバカにし合った後、
「ん。見せて」
「へいへい」
彼はノエルに促され腰を下ろし、火傷痕を見せる。
「ほっときゃ治るけどな」
「いい実験の機会」
「実験って言っちゃったよ。冷たっ」
東条はベチャ、と透明な液体をぶっかけられ、身をよじる。
「何これ?」
「痛み止め、自己治癒に必要な栄養素とか、あと火傷に効きそうな植物成分合成してみた」
「器用だなー……自分で塗るぜ?」
「いい」
何か背徳感的なものを感じるが、これがヒンヤリしていてなかなか気持ちいい。
「あ〜俺も火傷にはアロエが効くって聞いたことあるな」
「正しくはアロエに含まれる成分が有効。美肌、美白、外傷、体内環境まで網羅してる。健康と美容の万能薬」
「すげーなアロエ」
「でも生えてるアロエを民間療法として使うのは危険。
雑菌から感染症を引き起こすかもしれないし、アロエに含まれる化学物質にアレルギー反応を起こす人もいる。
何より効果があると思われてるゼリー部分には、シュウ酸カルシウム、針状の結晶成分が多く含まれてる。これが突き刺さって逆に害が生じる」
「はぇ〜、流石植物のプロフェッショナル。やっぱアロエダメじゃん」
「煮沸すれば大体消える。医療用として市販に出てるのはそういうの」
「なる。小さい頃、擦りむいたとこにアロエ塗ったらバカ痒くなったのそのせいか」
「マサ小さい頃からバカ」
「幼くしてアロエの危険性に気付いたんだぞ?天才と呼べ」
鼻で笑った後、ノエルは彼の背中を見つめ、薬を塗った場所と塗っていない場所をジー、と見比べる。
「どうした?」
「マサも見てみ」
「ん?…………は?」
東条は薬を塗ってもらった右腕を掲げ、呆ける。
目の前にあるのは、さっきまで所々焦げていた腕。
その細胞がみるみる内に再生と癒着を繰り返し、元の傷だらけの腕に戻ってゆく。
目に見える速さでだ。
「おま、これ、ガチポーションじゃん」
ゲーム内定番の、飲んでよしかけてよしの万能薬。現実でこんな光景を見ることになるとは。
「ヤバ、治った、ヤバ」
立ち上がる東条は、完全に治ってしまった自分の身体をぐるぐると見回す。
こんなの、現代医療の常識を変えかねない。
このファンタジー化した世界で、誰もが最も必要としている薬品だ。
「お前これヤベェぞ!ヤッベェぞ!」
そんな代物を作った彼女は、納得したように頷き、手についたポーションを払った。
「及第点」
「これで?満点だろ」
「炎症が残ってる。細胞の結合にばらつきがある。傷跡が残る。改善点多々あり」
「たはーっ、敵わねぇわ!」
その完璧さを求める姿勢、見習いたいもんですわ!
「それに、やっぱりマサ相手じゃ実験にならない」
おでこを叩きたはーしている東条を、今度はノエルが呆れたように見つめた。
「何でよ?」
「回復速度が早すぎる。今マサが負った火傷はⅢ度熱傷、『冒険者』レベルの生物でも、完治に2時間はかかる。
ノエルのポーションとモンスター殺したバフが入ったとしても30分。やっぱり早い」
「俺やば」
そう、ヤバいのだ。そも回復系のcellでもないのに、獣化系以上の自然治癒力がある時点でおかしい。
ノエルは確信する。
「マサのcell、回復能力もある」
「マジ?」
いつの間にか自分の話になっていることに驚きながら、東条はポーションを舐めてみる。あ、ちょっと甘い。
「マサの能力がエネルギー操作である以上、治癒力を操作することも出来る筈。
他人を回復出来るようにもなるかもしれない。
多分マサは今まで、無意識下で回復に必要な分だけの治癒力を引っ張ってきてた。
攻撃系を鍛えるより、まずはそっちを優先すべき」
ここに来ての自分のcellに新たな可能性が生まれ、東条は驚く。
しかし、
「……なんかスゲェけど、やっぱ鍛えるなら破壊力だろ。殺される前に殺せば殺されないし。それにポーション発明したしもう回復あるじゃん」
この男はバカだった。
致命傷以外かすり傷を地で行く彼には、攻撃以外の思考能力が欠如しているのだ。
「それは違う。マサレベルになると、下手な傷は一瞬で治っちゃう」
「いいじゃん」
「忘れた?どんな傷痕も一生残るし、骨折はそのままくっつく。
もし体内で骨が砕けて治癒が始まったら、最悪骨同士がくっつかないまま、肉に破片が刺さった状態で完治して、一生激痛に襲われるかも」
「そ、それはやだな」
「でも治癒力を操作できれば、もし前みたいにバキバキにへし折られても、その間にノエルが元通りにしてあげられる」
「あー、わざと治癒を遅らせるのか」
要するに、今まではぶっ壊れた部分を全部一気に直そうとしていたわけだ。それを制御して、そのまま治っちゃ今後に支障が出る部分だけ治りを遅くする。
みたいなことだろう。
加えてピンポイントでの回復が可能になれば、失血というリスクをほぼほぼ考えなくて良くなる。
戦闘中にも有用な技術なわけだ。
そう考えると、藜の手に入れた『復元』の力がどれ程チートなのかが分かる。
あれこそ自分が今最も欲しい能力なのだ。
東条がふむふむと考える中、ノエルは難しい顔で彼の傷痕をなぞる。
「戦えば戦う程強くなるけど、無傷でモンスターに勝てる人間なんて存在しない。マサがそうなんだから他の人間に出来る筈がない。
……人間は複雑すぎる。同時に適切な処置をしないと、身体の構造はどんどん変わってく。
ノエルは戦えなくなったマサなんて見たくない」
「うし。回復極めるわ」
東条は考えるのをやめた。
相棒にここまで言わせておいて、でもなんて言えるわけがない。
それに反対する理由もない。強いて言えば派手な必殺技を考える時間が減ってしまうのだけがネックだが、ノエルの為だ。我慢しよう。
「ん。ノエル嬉しい」
「よーしよし。この仲間思いめ」
可愛らしく笑う相棒を抱き上げ、高い高いをした。
――瞬間、
「――キュイ」
「ん?キュイ?――ッ⁉︎」
途轍もない速度で突っ込んできた何かに蹴りを入れられ、東条はノエルを掲げたまま、腰をくの字に曲げぶっ飛んでいった。
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