15話

 


「ガゥルルルッ‼︎」「バフゥッ‼︎」「ガゥアアッ‼︎」


 シーサー達が威嚇する森の中。そこから、


「ヴォァアアッ‼︎」「ヴァァアアッ‼︎」


 細い木々をへし折り、2匹の大型恐竜が姿を現した。


 体長は約12m。

 大型肉食恐竜の中でも細い頭骨。

 遠方から一気にここまで駆けて来れる高い俊敏性を可能にするのは、大きさの割に引き締まったスリムな体躯。


 太古の恐竜時代、彼らもまた、最強の一角に名を連ねていた。


 到着したノエルの横で、ADがカメラを回す。


「アロサウルスだ」


「ヴォァアアッ‼︎」


 別名奇妙なトカゲ。最初にそう呼んだ者は、きっと彼らの凶暴性を理解していなかったのだろう。


 口から血をしたたらせる2匹のアロサウルスは、今まで食っていたのだろう肉塊を投げ捨てる。


 原型を留めていないその肉塊から僅かに生える骨板。

 それは先程2人に強さを見せつけた、ステゴの物で間違いなかった。


 体勢を低くし、ジリジリとシーサー達に迫る2匹。


 そんな光景を、東条とノエルは屋根の上から見下ろす。


「やっぱ恐竜っつったらこのフォルムだよな。なんか感動だわ」


「ん」


 鋭い牙と爪を持った2足歩行の爬虫類。それが現代人の描く理想の恐竜像である。


 2人が感動に震えていたのも束の間、アロサウルスがシーサー達に飛びかかった。


 しかし2人は動かない。それは助けたくないとかではなく、ただ単純に、シーサー達が怖がっていなかったから。


「「「「バゥッ‼︎」」」」

「「――ヴァッ⁉︎」」


 シーサーの雄叫びと同時に、首里城跡全域が炎の結界に包まれた。


 弾かれたアロサウルスが、身体から煙を上げ後ずさる。


 なるほど、流石沖縄の守護獣。その能力も守りに特化している。


 皮膚が焦げてもお構いなしに体当たりを続けるアロだが、結界はビクともしない。


 吠えるアロ。


 衝撃に波打つ結界。


 互いに譲らぬ攻と防。


 ……うん。


「つまらん」


 ジリ貧の状況に嫌気がさし、東条は立ち上がった。


 見たいのは肉食恐竜のフィジカルであり、生々しい生存競争である。

 耐え忍ぶ姿に感動を見出せる程、自分の心は大人じゃない。


「ノエルどうする?」


「見てる」


「よーし。んじゃちょっくら時代に喧嘩売ってくるわ」


 ジュラ紀で番張ってた種の1つなんだ。若輩者の果し状くらい、快く受け入れてくれるだろうさ。


「いてら」

「おーう!」


「「バゥ⁉︎」」


 シーサー達の目の前に飛び降りた東条は、自分を止めようとするシーサーの頭を撫で、結界に手を突っ込んでみる。


 熱くない。外敵以外は出入り自由で、強度も相当。


「めっちゃ便利じゃん」


 こんなのに守ってもらって滅びたなら、もうそれは人間が悪いわ。


 東条は結界を通過し、唸る2匹を見上げる。


 間近で見ると想像以上に迫力がある。普通に怖い。息くさ。


「第四紀代表、人間!」


「ヴゥゥ?」


「カチコミィッ‼︎」


「――ッヴァ⁉︎」「⁉︎」


 フガフガと臭いを嗅いでいたアロの横っ面をぶん殴り、東条は意気揚々と四肢を武装した。


 アロの片割れは後ろに跳躍、殴られ驚いた方は後ろに転がり、しかしすぐに起き上がる。


「うーむ」


 それなりの力で殴った筈なんだが。

 体勢を低くするアロに向けて、東条は腕を回し屈伸する。


 インパクトの瞬間、アロの顔面に強化が集中した。

 魔力の流動性を理解し、感知と併用出来ている証拠だ。つくづく爬虫類の頭とは思えない。


「ほら、来いや」


 彼の周りをゆっくり回っていたアロが、左右から同時に地を蹴った。


 すれ違いざまに閉じる2つの顎を、東条は射線から外れることで回避する。


 予測していたように繰り出される尾での足払いを、少しだけ跳んで回避。


 しかしその瞬間、風切り音を立て、もう1本の尾が足場の無い東条を狙い打った。


「おっ」


 腕を十字に組みガード。そのまま握ろうとし、振り下ろされる鉤爪に阻まれる。


 爪を躱し懐に潜り込もうとするも、続く尾の横薙ぎに阻まれた。


「何つーコンビネーション!」


 互いの隙を互いで埋め合い、攻撃を途切れさせない戦法。

 これぞチームワークの理想型だ。


 一撃一撃が獲物を仕留めるに足る威力を誇る。

 仲間の弱点をカバーする協調性。


 なんと、なんと、


「美しいっ!」


「「⁉︎」」


 東条は鞭の様にしなる尾を横に展開した1枚の漆黒で受け、


 突っ込んで来たもう1匹の顎をアッパーでカチ上げた。更に無防備になった首元を蹴り上げる。


「ゴォェ⁉︎」


 気管を潰され涎を吐くアロ。

 しかしもう1匹は自在に動く漆黒の障壁によって近づけないでいる。


「仲間を頼るのは良いことだ!」


 東条は首を掻きむしりながら宙に浮いたアロの腹を、更にアッパーで殴り上げ、


「カヒュっ、カヒュッ」「ヴァァアアアッ」


「だが!」


 くの字に曲がった巨体へ向けて大きく身体を捻り、拳を振りかぶる。


「頼る前提は、論外ッ!」


 落下してきた頭蓋ずがいへ向けて、渾身のゲンコツを叩き込んだ。


 拳と地面にプレスされたそれは、グシャァッ‼︎と凄惨な悲鳴を上げ血と脳漿の現代アートと化す。


 東条は腕に付いた血を振り払い、彼らの愚かさを嘆いた。


「ッッヴァァアアア‼︎」


 片割れを殺されたからか、それとも嘗てない危機にか、突風の如く突っ込んで来るアロの魔力が膨れ上がる。


 文字通り、風を纏って。


「っ魔法使えんのか」


「ヴァルアッ」


 風魔法とは、なるほどステゴが負けるわけだ。


 空気を抉り、地面を抉る尾と噛み付きを躱し、ぶっとい足首に蹴りを入れ、


 ようとした瞬間、


「っ⁉︎」


 見えない何かによって東条は吹っ飛ばされた。


 直後頭を庇い上げた黒腕が、鋭い衝撃を吸収する。


 一見不可視の攻撃。


「……あ〜」


 しかしすぐさま理解する。


 東条はこの技に見覚えがあった。

 池袋のデパートで、初めて死を覚悟したあの日。ダイアウルフが使用していた風魔法に酷似している。


 東条が身体を傾けると、後ろのトレントが砕け散った。まるで強靭な顎に噛みつかれたように。


「大気を固めて形状化してんのか。風魔法スゲェな」


 東条は見えない尻尾の横薙ぎを屈んで躱し、魔法の新たな可能性に感嘆する。


「ヴァァアアアッ‼︎」


 風圧で加速し、全力で大地を疾駆するアロ。


 東条は襲い来る大顎に右手を掲げ、同時に左手で反対から迫っていた不可視の大顎を叩き潰す。


 完全に不意をつける程の高速同時攻撃。


 しかし、今回ばかりは相手が悪かった。


「残念、予習済みだ」


「――ッッッ⁉︎」


 東条はアロの鼻っ面を掴んだ黒腕を解放、属性変換、大放電。


 落雷の如き轟音の後、そこには眼球が蒸発し、真っ黒に焦げたトカゲが煙を上げていた。

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