俺的進化論
漆黒の球体の中、2人はパチパチと音を立て真っ赤になったガザミの足を
「(もぐもぐ)うまっ」
「うまうま。カニうまうま」
自分と同じ程もあるカニの足を、ノエルはバリバリと頬張ってゆく。
食料は現地調達、それが自分達のルールだ。何より美味いモンスターを見つけるのは楽しい。
匂いにつられて漆黒に噛み付き、体当たりしているモンスター達を中から眺めながら、東条は木に背中を預ける。
「モンスターってさぁ、原生生物が変化したもんなんかね」
自分に牙を剥き出しにしているモンスターを見て、東条は独りごちる。
ノエルは殻を噛み砕き、少し考える。
「ん。それも少なからずいると思う」
「このカニとか、絶対そうだよな」
「ん。でも殆どが突発的に沸いた生物だと思う」
「じゃなきゃゴブリンとかオークとか、あんなの説明つかねぇもんな。お前も」
「ん、それな。……ケプ」
お腹を膨らましたノエルが、東条を枕にしてその場にゴロン、と横になる。
「見美が言ってた。研究員も頭悩ましてるって」
「そりゃなぁ。……元からモンスターなのは別として、変化の条件って分かってんの?」
「知能指数とか、想像力って言われてる」
「へぇ〜」
「んでも、根本にあるのは我欲だと思う」
「欲?」
「あの特区の猿共は、もっと賢く、もっと強くなりたいって思ったから進化した。このカニも、大きくなれば強くなれるって分かってたから進化した。
欲を持つにはそれなりの知能が必要だから、研究員の出した推測も間違ってはいないと思う」
「なるほど。……『逢魔』って元は猿だったの?」
「いや、アレは違う。先天的強者。……『白』は特別」
言い淀んだノエルに東条は察する。どうやら少しだけタブーに踏み込んでしまったようだ。
「……欲ねぇ。そう考えりゃ、cellの覚醒条件も欲が大事みたいだし、マジでそうなのかもな」
「ん。地球の生物がモンスター化、要するに魔素を使えるようになる為には、我欲と、あとセンスが必要」
「欲があってもセンスがなけりゃ意味なしってか」
「ん」
「辛いねぇ、そこは変わる前の世界と同じってか……ん?」
東条は泥が付いたノエルの顔を覗き込む。
「モンスター化って、そしたら俺ら人間もモンスターになってるってこと?」
「それは人間の認識次第。魔素を取り込んだ原生生物をモンスターと区別するなら、人間もそこに当てはまって然るべき。
ノエルや逢魔、ゴブリンみたいな、元は地球にいなかった生物のみをモンスターと定義するなら、魔素を扱えても人間はモンスターじゃない。
モンスター化はノエルの造語。大した意味はない」
「なるほどね」
「……でもそこまで難しく考える必要はない」
ノエルは仰向けに寝っ転がったまま、東条を上目遣いで見る。
「このカニとか、さっきの蛇とか、単純な思考回路を持った生物を見ると分かりやすい。
アレらは生態系で生き残る為に、大きく、強くなって、手段として毒を持ったり、元から持ってた強みを更に強化してる。
速度が早すぎる所為で特殊能力とか、別の生物に見えるけど、この変化自体は地球上で太古の昔から行われてる」
「うん」
「これは歴とした進化。だとノエルは思う」
まさかここまで壮大な話になるとは。東条も思わず唾を飲み込む。
「要因は数あれど、地球では何度も大量絶滅が起きてる。
超大陸の分裂、隕石の衝突、今回はその要因が魔素の出現だっただけ。地球規模の災害は多くの生物を根絶やしにする代わりに、その地に新たな生命を生み出す。
そうして出来た生態系の穴を、ノエル達新たに生まれた生物と、災害を勝ち残った生物が埋めてゆく。
その過程こそが進化。
今までは遺伝子によって決まっていた進化の道が、今回は魔素に置き換わっただけ。
遺伝子を基にした進化論の概念は、根底から崩した方がいい」
「ダーウィンに謝れ」
東条は難しい話に頭を掻き、ノエルをジト目で見る。
「でもよ、言っちまえばお前達は地球の外から来た、言わば宇宙人みたいなもんだろ?それを地球の中の進化の過程に組み込むってのはどうなんだ?」
「なんで魔素を地球外の物だと断定出来る?」
「え、いやだって、今までなかったもんがいきなり現れて、地球変えちまったんだぞ?もうテラフォーミングだろこれ」
「ビッグバンで、惑星の衝突で、火山の噴火で、生物の誕生で、遺伝子の配合で、度重なる突発的な偶然で、今マサはここにいるんだよ?
いつ何が起きて何が原因で進化のアクセルが踏まれるかなんて、誰にも分からない。
それに、もし魔素が地球とは関係ない物質で、それが強引に地球を変えようとしたなら、必ず地球の自浄作用が働く。
世界は、地球は、生き物はそういう風に出来てる。
でも、地球は魔素を受け入れた。受け入れた上で、進化した。
なら、魔素が地球外の物だと断定するのは早急だと、ノエルは考える。
未知と偶然は常に存在する。人間は全知でも全能でもない。
この宇宙は、神的な存在であるノエルにも計り知れない程に、神秘的」
東条は楽しそうに語るノエルの頭を撫でる。
「……いやはや、面白い考察だわ」
「ん。言っても所詮考察。信じるか信じないかはあなた次第」
「ハハっ、そんな神的なノエルに聞きたいんだが、」
「ん」
「何でお前達新たに生まれたモンスターは、人間の考えた、伝説とか
「んー、分かんない!」
「分かんないんかい!」
「マサは何でだと思う?」
「そうだな……」
東条は顎に手を当て一瞬考えた後、指を立てる。
「もしかしたら、異世界から来たのかもよ?
地球と異世界は繋がっていて、あの黒紫の球を通ってこっちに来たのかも!逆異世界召喚よ!」
「アハハっ、ノエルもあっちでトラックに轢かれたのかも?」
「トラックのうんちゃん過労死案件だろ」
「面白い考察。学会に出そう」
「恥かくわ」
漆黒の中、モンスターに囲まれながら、2人は楽しいランチを過ごすのだった。
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