3話

 


「……(おぉ)」


 太陽のスポットライトが、キラキラと海底を彩っている。

 鮮やかに輝く珊瑚、驚いて逃げ隠れする熱帯魚。


 足下に広がる光景に、東条も思わず息を呑んだ。


 2人は泡と一緒に海面へと顔を出す。


「ぷはっ、マサ!マサ!あれ見て!」


「見た見た。てかお前ゴーグルと浮き輪どうした?」


「衝撃でふっとんだ」


 まったくこいつは、海洋ゴミ問題は深刻なんだぞ?東条は砕け散った破片を集めながら、岸を目指して泳ぐ。


「水棲系で危険なモンスターってあんま居ないよな。漁業とかもやれてるみたいだし」


「ん、……ノエルも何でか知らない」


「そかー」


 少し泳げばすぐに足が付く。聞く所によると、沖縄は世界的にも遠浅で有名らしい。


「てかさ、……お前空の上から本島見た?」


「見た。マサも気づいた?」


「ああ」


 何か、地図で見たより長かった気がするのだ。


「多分、付近の離島が全部地続きになってる。そのせい」


「えらいこっちゃ」


「えらいこっちゃ」


 これもしちょっとでも新大陸と繋がってたりしたら、目も当てられないぞ。


 孤立したアメリカ軍がどこまで保っているのか、それだけが頼みの綱だ。


 浜に上がった東条は、ジャリジャリと砂を踏み身体を伸ばした。その隣でノエルがしゃがみ顔を曇らせる。


「……サラサラじゃない」


「沖縄つっても、全部サラサラなわけじゃないだろ」


「む〜」


 着いていきなり不機嫌の幼女に笑い、東条は先に進んで道路に出る。


 現在地は沖縄北部の東海岸の筈、ここから真っ直ぐに進めば、米軍北部訓練場がある筈だ。


 まずはそこを目指す。


「たく、スマホ使えないのダルいな。ノエル、地図とコンパスくれ」


「ん」


 自分達現代人が、いかに生活をスマホに頼っているのか、こういう時ヒシヒシと感じる。昔の人マジリスペクト。


 東条は渡された地図を見て、方角と目的地を記憶した。


 その横から地図を指差すノエル。


「ねぇマサマサ、ノエルここ行きたい」


「ん?与那覇前浜、宮古島か」


 記載には東洋1美しいビーチと書かれている。ほぉ、それは是非とも見てみたい。


「いいじゃん。地続きになってるし、簡単に行けるだろ」


「よしゃ」


 東条はノエルに地図を返し、近くにあったゴミ箱に丸めた破片を捨てる。


「国際通りも行きたい」


「んじゃ軍基地から一気に南に突っ切って、そのまま宮古島目指すか」


「ん」


 ノエルはひっくり返っていた車を蹴り起こし、エンジンが掛かるのを確認してから運転席に座った。


「お前が運転するのかよ」


 東条もドアを開け助手席に座る。


「問題ない。安全第一」


「お前皇居で横転したの覚えてる?」


「あれはコカトリスのせい」


「まぁそうだけドゥっ⁉︎」


 アクセルを限界まで踏まれた車が、エンジン音を轟かせ急発進した。



 ――ガンッ!、ガンッ!、バゴンッ!


「……やっぱ沖縄暑いな」


「ん。(カチカチ)クーラー壊れてる」


「マジかー」


 ゴンッ!、ズガンッ!バギッ!


 道路に生えたトレントをへし折り、廃車を弾き飛ばし、たまに躱して車は進む。


 最早安全を諦めた東条は、ダッシューボードに足を乗せ、リラックスしながら外を眺めていた。


 ……そしてそんな中、1つ気づいたことがある。


「……」


 さっき通過した村も、今横に見える集落もそうだが、人の気配がまるでしないのだ。


 民家は亜熱帯型のトレントに覆われ、小型モンスターの住処と化している。


 モンスターは、というかあのドブ色の球体は、国の中でも人の多い所に出現していた。本来こういった場所は安全な筈なのだが。


「んー、ノエルは何でだと思う?」


「単純に魔素が多いからだと思う。沖縄は全体が特区と同じ危険度。ここに安全地帯はない」


「まぁそうだよな。……でも特区の中でも安地はあったし」


「運が悪かった」


「てことなんかなぁ」


 だとしたら可哀想なことだが、まぁ、死んじまったもんは仕方ない。どっかに生きてる人間もいるだろうし、そっちを考えるべきだな。


 東条は爆走する物体に驚いているモンスター達から目を逸らし、楽しそうにハンドルを旋回させるノエルに口を引き攣らせるのだった。


 ――「ん〜ん〜んん〜♪」


「……」


 数10分程だろうか、完璧に車を操れるようになったノエルの運転は、普通に快適なものだった。


 適度な揺れ、吹き抜ける風、ノエルの鼻歌、言わずもがな、徐々に東条の意識は微睡に呑まれていった。


 降りたら電子機器が使えなくなるからと、彼はずっと飛行機の中でスマホを弄っていたのだ。バカだ。


 ……そろそろ本当に眠くなってきた。そんな時、


「マサ〜」


 うつらうつらと舟を漕ぐ東条の意識を、ノエルの優しい声が強請る。


「……ん〜」


「着くよー」


 もうそんなに経ったのか。東条は大きく伸びをしてから、デッキから足を下ろす。


「ふぁ〜……悪りぃ寝ちまった。あと何分くらい?」


 目を擦り、隣を見た彼の視線の先には、……何故かドアを開けたまま走行しているノエル。


 そして次の瞬間、


「今」

「今?――⁉︎ッデジャブァ⁉︎」


 ノエルが飛び降りたと同時に、軍基地の建物に車が突っ込む。寝ぼけていた東条はぶっ飛んだ拍子にフロントガラスを突き破り、そのまま建物に突き刺さって生き埋めになった。


「あははっ、ロケットみたい」


 スタスタと近寄ってきたノエルが、崩落した建物の前でしゃがむ。


「助手席に座ってる人間は寝ちゃダメって読んだ」


「……この野郎、」


 だからと言って人間を打ち出して良いわけがないだろう?普通に起こせよ普通に。


 瓦礫を押し除け、東条はビキビキと青筋を浮かべる。


「目さめた?」


「お陰様でなぁ」


「ん。感謝して」


「くぅっ、(こんのクソガキっ)」


 スタスタと先を行く幼女の背中を、東条は恨みがましく睨みながらついて行くのだった。

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