6巻 最終話
――翌日、泣く泣く手を振る猫目と、伸ばしたいであろう手を胸の前で抱く風代に見送られ、東条とノエルは2度目のフェリーに乗り込んだ。
次の目的地は大分県。そこからは熊本を突っ切って一気に鹿児島まで行き、軍用機で沖縄まで一っ飛びだ。
九州は美味い物の宝庫、きっとノエルも楽しめるだろう。
東条は海風に当たりながら、隣で自分の背丈程もあるマップを見つめるノエルを見て笑うのだった。
§
「いらっしゃいませー‼︎」「はい、焼き鳥と刺身盛り合わせですね!」「少々お待ちください!」「これ6番テーブル持ってって!」
「今日の依頼は案外楽だったな。次はもう少し上取ってみるか」
「そうですね」
活気ある居酒屋の中、やけにビールとツマミの似合うスーツ姿の二人組がいた。
関東地区唯一の一般枠合格者である、斉藤と土方である。
元の会社を辞めた2人は、気の向くままに九州まで酒を飲みに来ていた。
斉藤が無精髭を撫でながら焼き鳥を噛みちぎる。
「てかさっき部長から連絡来ててよ、戻って来てくれだとよ」
「俺にも来てましたね」
愚痴る彼に、相変わらず一切乱れのない綺麗なオールバックを装着した土方が、眼鏡をクイ、と上げ答えた。
「誰があんなクソ会社戻るかってんだよ⁉︎12時間労働は当たり前っ、始発で行って終電で帰る毎日っ、あれが世間で言うブラックって奴だろ⁉︎」
「先輩声がデカいです。ぶん殴りますよ」
「俺は今の生活が楽しくてしょうがねぇんだ!休みたい時に休めて、稼ぎたい時に稼げる!最高の職業だぜ⁉︎」
「死ぬ時には死にますけどね」
「そんときゃそん時だ。俺が死んだら灰は海に撒いてくれよ?」
「いえ、先輩が食われてる隙に逃げるのでそれは無理です」
「よし、次からお前には背中を預けないようにする」
「しまった(ボソ)」
「しまったて。……俺ぁ本当に怖くなってきたぞ」
「そんなことより先輩、」
「露骨に話題を変えるな」
土方がスマホを開きSNSを見せる。
「ノエルさんとカオナシさんが九州に来るようですよ?」
「え?そうなの?」
そこには、フェリーの上でファンと写真を撮る2人の写真が載っていた。
「マジじゃん」
「もしかしたら鹿児島に来るかもしれないですし、会ったらあの時の約束を果たして貰いましょう」
「約束?なんだそれ?」
「ラーメン奢ったじゃないですか」
「……ああー!小っせぇ奴だなーお前⁉︎」
爆笑する斉藤。
「お前そんな事言って、2人に会いたいだけだろ?隠れファンだもんなお前!だハハハハ」
「……単純に尊敬しているだけです」
表情を変えずに日本酒を飲む土方に、斉藤は腹を抱えて笑う。彼が真顔の時は、十中八九照れている証拠なのだ。
「ふぅ。まぁこっちから行くのは失礼だろうし、会ったら飯でも誘ってみようぜ?」
「そうですね。あと先輩、次の依頼の時は背中に気をつけてください」
「……よし、遺書でも書いとくか!」
会計を済ませた2人は刀をベルトに差し直し、外の夜風に当たりながら危険区域近くのホテルへと歩いて帰る。
途中、仕事終わりの調査員達と談笑したり、コンビニで酒と肴を買ったりした後、2人は喫煙所へと立ち寄った。
斉藤と土方は互いにタバコに火を付け、紫煙を夜空に燻らせる。
「……ふぅ〜〜……」
「……やっぱ酒の後の一服が1番ですね」
「それには同意だな。でも最近分かったんだけどよ、モンスター殺した後に吸うヤニも中々美味いぜ?」
斉藤がクツクツと笑う。
「なんかこう、アドレナリンとヤニが結合して、脳内を快楽物質が駆け巡るんだよ」
「病気ですね。可哀想に」
「やってみたら分かるって」
2人がグダグダとヤニ談義を咲かせていた、……その時、近くから複数人の叫び声が上がった。
「何だ?」
2人は喫煙所から顔を出し、外の様子を伺う。
そこでは危険区域から飛び出した中型モンスターが、人混みを蹴散らし逃げ回っている最中だった。
危険区域の近くと言えど、当然暮らしている住民はいるのだ。東京や大阪ほどバリケードに手が回っていない現状、脱走してくるモンスターもたまにいる。
「……はぁ」
「臨時収入ですね」
2人はこちらに向かって来るモンスターを見て、タバコを咥えたまま歩き出す。
逃げ惑う人々が、すれ違いざまに叫ぶ。
「っ⁉︎兄ちゃん達何やってんだ⁉︎逃げろ‼︎」「死にたいのか⁉︎」「危ないぞ‼︎」
「あぁお気遣いなく、あれなら殺った事あるんで」
斉藤が後ろ手をヒラヒラと振りながら、親指で刀の鍔を弾く。
「俺右な」
「では左で」
逃げ遅れた子供に、モンスターが飛び掛かった。
――瞬間、夜の闇に2つの銀線が閃いた。
瞬きの出来事に辺りは静まり返り、納刀の音だけが響く。
遅れて両断されたモンスターの首から血が噴き出した。
歓声の中、斉藤は唖然とする子供を抱え、土方は頬に飛んだ血痕を煩しげにハンカチで拭き取る。
「おぉ坊主無事か?」
「う、うん」
「お母さんはどうした、逸れちまったか?」
「うん……あ、ママ!」
「お、あれか。ほれ行け」
涙目になる子供だが、しかし人混みをかき分け走ってくる母親を見て斉藤から飛び降りる。
「おじさん達ありがと‼︎」
「あいよー」
「もう手を離さないように」
「はーいっ」
2人はお礼を言う母子を見送った後、咥えていたタバコをもう1度燻らせる。
鼻を通るヤニと共に、血の匂いが肺を満たす。
普通では感じる事の出来ない、命をブレンドしたフレーバー。
「……なかなか良いですね」
「だろ?」
成程これは、癖になってしまいそうだ。
§
九州をブラブラしていた東条とノエルは、通過した危険区域で斉藤と土方に遭遇。
あの時の約束通り、ノエルの奢りでカラオケ居酒屋で馬鹿騒ぎしたのだった。
その時書いてあげたサインに、土方が号泣したのは良い思い出である。
勿論ノエルは写真に撮ってSNSで拡散した。
それで陰ながら土方ファンが増えた事を、彼自身はまだ知らない。
――それから数日後、東条とノエルは今、自衛隊基地にて小型飛行機に乗り込もうとしていた。
将校が2人に向かって手を差し伸べる。
「それでは御二方、どうかご無事で」
「はい。行ってきます」
飛行機に乗り込んだ2人に、隊員達が姿勢を正す。
「敬礼‼︎」
「「「「「「「「「「――ッ」」」」」」」」」」
東条は離陸する飛行機の窓からその光景を見た後、隣で初めての空に騒いでいるノエルを笑う。
これから向かうのは、通信機器すら使えない完全未知の領域。
特区すら超えるかもしれない危険レートを前に、俺達は胸を高鳴らせるのであった。
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