六章 旅は道連れ世は情け

28話

 

 ――太陽が顔を出す少し前。まだ空に薄闇が張っている時間。


 ノエルと東条は澄んだ空気を吸い込み、フェリーへと乗り込んだ。


「……」


 貸切の船内。揺れる床。ノエルはデッキに上がり、広大な水平線を眺める。


 塩っけを含んだ風が、彼女の美しい長髪を靡かせ、白銀色に煌めかせた。


 東条はご当地ビール片手に、手すりに寄り掛かる。


「……海は好きか?」


「……嫌いじゃない」


 ノエルは顔に掛かる髪をくすぐったそうに払う。


 その横顔は無邪気で、子供らしくて、でもどこか大人びているようにも見えた。


「お前、雨とか水遊び好きだもんな」


「水は大地の友達。水が無いと命は育たない」


「誰目線だよ」


 潮風を肴に、東条はビールを煽る。雰囲気で買っはてみたものの、やはり酒の美味さはよく分からない。


「四国にゃどれだけ滞在する?」


「4日」


「そんなんで良いのか?」


「これから色々ごたつく。さっさと沖縄調査して計画立て直すべき」


「つってもやるこた変わらんだろ?」


「そろそろ法人化しても良い頃。国に金を吸われるのはムカつく」


 その発言に東条は、タハー、と溜息を吐く。


「お前俺よりよっぽど大人だよ」


「当たり前。マサは身体だけデカくなったガキ」


「んだとこのやろ!」


「なはっ」


 東条は彼女を髪をわしゃわしゃとこねくり回す。


「それと、関わるべき人間といらない人間を整理する。権力を持った無能程タチの悪い人間はいない。今回の件はそれが露骨に出た。

 反発してる一般人も盲目的過ぎる。ノエル達が出す被害と利益の割合の計算も出来ないとか、本当に猿から進化したのかも怪しい」


「言うねー。ドライだねー。皆仲良く皆ハッピーで良いじゃねぇの」


「他の国を知らないから断言出来ないけど、この国の人間は大衆の圧力に弱すぎる。皆がやってるから、皆が言ってるから、全員がそんな風に生きてる。曖昧な物に対しての疑問と思考の数が足りない。だから流される」


「やめろやめろ。国民性を批判するな。炎上するぞ」


「火は嫌い」


「だろ?それにそんな日本だから、こんなに楽しい文化がいっぱいあるんだぞ?サブカルから宗教に至るまで、こんだけ自由な国そうないぜ?」


「そなの?」


「ああそうだ。お前の名前の由来になってるノエルだって、元は西洋から入ってきた文化だろ?」


「ん」


「この国はイカれてんだよ。

 仏教、神道、儒教、キリスト教、無神論が同じ地域で信じられてる。詣で神社に行って、死んだら寺に行って、結婚でチャペルに行く。この国で信仰心持ってる奴なんてほんの一握りだと思うぞ。

 楽しそうなもんは取り込んでけ。それがこの国のモットーさ」


「マサは?マサは神信じる?」


「いや全く。ノエルは?」


「ノエルが神」


「あーはいはい」


 東条は隣で鼻を鳴らす幼女から目を逸らす。


「……まぁ、俺はそんな日本が好きだし、この国の、主にアニメ文化がモンスターに壊されるくらいなら、全力で戦ってやろうと思ってる。

 もうだいぶ貢献してると思うけど」


「んね」


「お前も日本楽しいだろ?」


「ん」


「じゃあ好きだろ?」


「好き」


「単純な奴で良かったよ」


 穏やかな波に揺られながら、東条はノエルの頭を優しく撫でた。

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