27話

 



「……う〜ん、う〜ん、お腹痛い」


「もうちょっとで病院。我慢」


「う〜ん、う〜ん」


 ヘリの中で横たわる東条を横に、ノエルはパソコンをカタカタと打つ。


 今は直近の大病院に向かっている最中。

 戦闘の後、報道陣よりも先に駆け付けた軍が回収してくれたのだ。


 傍では同伴する女性自衛隊看護師が額に汗を浮かべ、いそいそと応急処置を施していた。


 彼女達は東条の血だるまの身体を拭き、その生々しい傷痕を止血してゆく。


「……頭蓋骨に罅、肋骨が数本、左足は複雑骨折、折れた骨のせいで、内臓も数箇所損傷している。両腕の火傷に、打撲、裂傷、亀裂骨折は数え切れない。

 それに、血を失い過ぎている」


「……何でこれで生きているの?」


「っちょっと、思っても口に出しちゃダメでしょっ(ボソ)」


「っすみません(ボソ)」


 顔面部分だけ黒いマスクをつけた唸る男を、2人は恐々と見つめる。


 生傷なんて既に塞がりかけている。

 これがモンスターを殺し続けた調査員の回復力だとでも?自然治癒力の高い獣化系でもないのに、そんな馬鹿げた話があるものか。


「う〜、う〜、……お姉さん方」


「っはい?」


 東条が寝返りをうち、モゾモゾと動く。


「膝枕を、所望します」


「……へ?」


「頭が痛いのです。膝枕を」


 目を合わせる2人に、ノエルが助言する。


「うわごと。無視して良い」


「ですが……」


「無視したら死ぬ。これは死ぬ。ああ死ぬ」


 天に向かって腕を伸ばす東条。どう見ても死にそうはない。


「……膝枕したら死なないんですね?」


「死なない!」


「っダメです先輩!先輩には付き合ってる彼氏がっ」


「良いのよ。……誰かが犠牲にならないと」


「なら私がっ」


「いいえ、あなたが身体を汚す必要は無いわ。……その膝、いつかの時の為に取っておきなさい」


「……っ先輩っ」


(……あれ?なんかめっちゃ嫌がられてる?)


 先輩は東条の頭の下から枕を引き抜き、その上に膝を乗せ、その上に持ち上げた頭をそっと乗せる。


(あら、良い感触)


 自分を見下ろす蔑んだ瞳にドキドキしながら、東条は眠りにつくのだった。



 ――暇になったノエルは病院の廊下にて、月明かりの元携帯を耳に有栖と話していた。


「それでマスコミは追い払えた?」


『うん。ユマさんが何とかしてくれた』


「報復は?」


『今してる。楽しくなっちゃって、ちょっとやり過ぎたかも』


「それでいい。舐められたら終わり。徹底的にやっていい。政府とはノエルが話といた。所詮人間なんて信用に値しない。こうなる事は分かってた」


『じゃあ何で組んだの?』


「別に組んでない。ライムを守る為には国を利用するのが手っ取り早かっただけ。こうなった以上、ノエル達のご機嫌を取りたい人間は有栖の守りに力を入れざるを得ない。だからもう心配しなくていい」


『……ありがと』


「ん」


『そ、それで、マサくんは?』


「手術、多分もう終わってる。その件で有栖に話しておかなきゃいけない事がある」


『ん?何?』


「恐らくこれでマサの個人情報が特定される。

 試験の時のマサの血痕はノエルが始末しといたけど、左足が粉砕された以上、手術は避けられない。献血も必要な今回は、流石に無理だった」


『……分かった。……これから大変になるかもね』


「情報の流出はなるべく限定させた。でもあの彦根とかいう男、アイツは味方じゃない。有栖も気を付けて」


『うん、分かった』


「じゃあ切る。バイバイ」


『あ、待って、ユマさんが話したいって――ッノエル様⁉︎お怪我ありませ


 ――ピ


「……ふぅ」


 通話を切り、売店で適当にお菓子を買った後、ノエルは指定された病室のドアを開ける。


「おおノエル!どこ行ってたんだよ?」


「具合は?」


 ノエルは片足を吊るした東条に菓子を投げ渡し、ベッドの傍らに腰掛けた。


「もうちっと栄養あるもんくれよ。……ぼちぼち。(バリバリ)手術なんて初めて受けたけど(モグモグ)」


「食べながら喋らない」


「ング。なんか麻酔全然効かなくて、象が昏倒するくらいの量打たれた」


「ウケる」


「それな。あとやっぱり、時間が経つにつれて肉とか骨とかくっついちゃうから、調査員の手術って難しいんだってよ」


「粉砕したままくっついちゃうもんね」


「んね。今回なんてただでさえ治癒力高い奴が、とんでもねぇ大物ぶっ殺したもんだから、手術中に治癒し出して医者もビビったって後から聞いた」


「爆笑不可避」


「それな」


 病室のテレビに映る花畑を見ながら、2人で菓子を貪る。


「マサ」


「ん?」


「今回血取られたから」


「素性がバレるって事だろ?分かってる分かってる。仕方ねぇさ」


「分かってるなら良い」


 東条は窓から月を眺めながら、ポテチを齧る。


「こんだけ派手に動いてりゃ、いつかバレる事だしな。……これで親に迷惑かけちまうのが少々心苦しいが」


「世間に情報が流されるのは結構後になると思う。誰かが意図的にしない限り流れない。から、それまでに準備すればいい」


「んだな」


「それにノエルは今回思った」


「何を?」


「マサは強いけど、やっぱり人間。壊れたら修理が必要」


「そりゃそうだ」


「医者に任せるより、ノエルがやった方が手間も金もかからないし、確実。医療知識は頭に入ってる」


「……えぇ」


 東条はデパートにいた頃を思い出す。


 そういやこいつ、蛇の時医学本読み漁ってたな。


 だがノエルよ、料理のレシピを見たところで、プロのように作れないのと同じように、見るのとやるのでは天地の差があるのだ。ましてや医療などその典型。


 それに、その実験を受けるのは当然俺。


 ……ノエルよ。それは少し考えさせてくれ。


「……まぁ、まずは消毒から始めような?」


「ん」


 お菓子の袋が無くなった所で、東条は刀を松葉杖代わりにして立ち上がる。

 窓を開け放ち、窓枠に乗り辺りを見回した。


 下には数人の軍人が見張りをしている。軍のおかげでマスコミは裏まで回れていないようだ。


 ノエルも荷物を纏め立ち上がる。


「もう出るの?」


「ああ。この為に1番目につかない部屋にして貰ったんだからな」


 明日の朝になれば報道陣も本気を出してくる。それに船の出発は明日の朝イチだ。


「あ、そういや紫苑と真狐さんは?」


「紫苑はここに入院してる。ちょっと話した。真狐は知らない。途中で居なくなってたらしい」


「ふーん、まぁ胡散臭い人だったし、色々あんだろ」


「ん」


「紫苑はどうだった?」


「元気」


「そりゃ良かった」


 ノエルは東条に肩を貸し、一緒に窓枠に立つ。


「朝まで時間ある。どこ行く?」


「あ〜、……腹減ったし、ラーメンでも食い行くか」


「んっ」



 ――気分の良かった2人は、その夜訪れたラーメン屋にサインを残した。

 後にそこが勝負事に『勝つ』ラーメン屋として大行列を作るのは、また別の話である。

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