三章 白い魔獣

9話 作戦開始

 


 ――『こちら‪β、制圧完了』‬‬


『γ隊も同じく』


『了解。監視カメラは壊したな?』


『『ハイ』』


『了解した。指示を待て』


『『了解』』


 インカムから聞こえて来る報告に、亜門は犬耳をピクピク動かしながら穴の奥を見つめる。


 一体どれだけ続いているのか、文字通り底知れぬ程に深い。

 まさか街中にこんな物が出来ていたとは。ここから大量のモンスターが出てくるなど、考えるだけで恐ろしい。


 三十分程前、見美殿からこの情報を聞いた時は相当焦った。俺が一番近くにいるから向かってくれとの事だったので、急遽ペットとの家族旅行を中断し走ってきたのだ。


「隊長、準備出来ました」


「よし」


 穴は五つ、それぞれ廃墟や下水道、森の中など、人目のつかない場所にポッカリと空いていた。そのうち三つからAMSCUが、残り二つからは、警視庁麾下、SATが突入する運びとなった。


 今回の事件は紛れもないテロであり、本来の管轄は彼等なのだ。しかしモンスターが大量にいるとの事情で、軍が動く事になった。


 別に、彼等にモンスターの相手が出来ないという訳ではない。SATもそういった敵を想定した訓練を続けてきた。

 しかし、AMSCUが対モンスター専門だとすれば、今のSATは対能力犯罪者専門の特殊部隊なのである。

 両者共に、国になくてはならない組織。今回はその両方が必要になっただけ。


 ……だと言うのに、中には無駄なライバル意識を持つ者も少なくない。


『坊主‼︎聞こえてるか⁉︎聞こえてんやろ⁉︎おい坊主‼︎無視するな‼︎』


「……はぁ」


 向こうの隊長も、その一人なのである。



 ――森の中、穴の付近を警戒する、最新型のフル防具に身を包んだ者達。

 そんな彼等の中に、一際目立つ巨漢がいた。


 身長は優に二mを超え、丸太の様な手足に、恰幅の良い腹。暴走する筋肉を無理矢理脂肪の鎧で押さえ付けた、正に力士の様な男。


 名を、剛力丸ごうりきまる 王山おうざん


 過去彼を知る者からは、人類最強の呼び声も高かった益荒男である。

 年は五十を超えており、今までは一線を退き後進の育成に専念していたが、魔力という年齢無関係の力に目覚め前線に復帰した。


「おい坊主‼︎亜門‼︎久しぶりやなぁ!元気しとったか⁉︎」


「ちょっと隊長、うるさいですよ」


「じゃかあしいわ氷室‼︎俺は今旧友と喋ってんだ!邪魔すんな!」


 彼女、氷室 佐世子は、そんな歩く重戦車に溜息を吐く。


 彼女が何故ここにいるのかと言うと、以前から氷室は、調査員ではなく悪人を捕らえる警察になる事を希望していたのだ。

 試験合格の証は、今の日本ありとあらゆる機関が欲しがる人材の証明。国防の一柱がそんな彼女を逃す筈がない。


 そして鍛錬を積んでいる最中、たまたま通りがかったこの男の目に留まり、訓練生的な位置で同行しているという訳だ。


『……剛隊長、今は任務中です』


 王山のイヤカムから、亜門の呆れた声が漏れる。


「わあっとるわ!やから真面目にやっとるやろ!」


 王山は捕縛した見張りの上にドッカリと腰掛ける。今にも潰れそうだ。


『無駄な私語は慎んで下さい』


「無駄とは何や!ところで亜門、うちに来る気は無いか?」


『……』


 王山の周りの部下達も、あまりの羞恥に頭を押さえる。


 そこで、別回線から連絡が入った。


『王山隊長、お話は程々に』


「おお我道の娘!突入はまだか⁉︎」


『落ち着いて下さい。あと私の事は指揮官と。マサさん達も位置に着いたとの事ですので、三十秒後に作戦を開始します。セット……五、四、三、二、一、ハック』


 全員が一斉に腕時計のタイマーを起動する。


『α、β、γ、saber、lancer部隊は位置に着いて下さい』


「よおし氷室!」


「了解です。あと声デカいです」


 王山達saber部隊は穴に入り、氷室の氷結でガッチリと出口を塞ぐ。


 同時に他の隊でも土魔法使いが穴を塞いだ。


 ――(三、二、一)


『作戦開始』


 タイマー音と共に、部隊が五つのトンネルを逆走し始めた。


 王山は先頭を走りながら、サブマシンガンを背中に回す。


「お前らっ、ここのモンスター相手に銃は使うなよ!弾の無駄や!」


「「「了解」」」


「てか氷室!」


「はい?」


「猫目の奴はどうした⁉︎招集した筈やぞ!」


「……はぁ、私が止めました。そもそも今東京ですし」


「何でや⁉︎」


「あの子はまだ高校生なんですよ?学生が本分です。無闇に危険に巻き込まないで下さい」


「何やと⁉︎呼んでくれ言うたのはあいつやぞ!」


「……隊長の娘さん、今高校生くらいでしたよね?」


「せや!可愛いぞ〜、写真見るか⁉︎」


「もう見飽きました。隊長は娘さんと同じ年齢の子を、危険地帯に送り込む様な鬼畜野郎なんですか?」


「む!」


「これからの事はあの子次第ですけど、猫目ちゃんには、まだ青春を楽しんでいて欲しいんです。分かりますよね。この気持ち?」


「分かる‼︎分かるぞ‼︎氷室っ、お前いい女やなぁ‼︎」


「褒めても何も出ませんよ」


「今度俺が相手紹介してやる‼︎」


「やめて下さい。凍らしますよ」


(((……彼氏いないのか)))


 二人の会話に、他の隊員達は静かに安心するのだった。


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