8話

 


「……あいつ遅くねぇか?」


「え?真狐さんですか?……まぁ、いつもの事ですし」


「……」


 地下でモンスターを解剖していたボスは、調査に行ったきり帰って来ない真狐を訝しむ。


 今までも何度か勝手に道草を食っていた事はあったが、これ程遅いのは初めてだ。

 そして一番の懸念の原因は、その真狐を監視していた者からも連絡がないという事。


 ボスは通信機を手にし、唯一信頼している部下へと繋ぐ。


『はいボス』


「ダラス、今どこおる?」


『四番収容施設の近くです』


「今すぐ真狐の奴を探し出せ。情報が外部に漏れた可能性がある」


『っ、分かりました』


「元からいた組員だけで探せ。新参は外に出すな」


『了解で



 ――ドォンッッ!



「『――ッ⁉︎』」


 突如鳴り響いた爆音が、地下拠点内を揺らす。


 ボスはすぐさま、拠点内を監視しているオペレータールームに通信を繋いだ。


「なんや⁉︎」


『侵入者です‼︎……え?真狐さん?』


「クソッ(裏切りよったかあのペテン師‼︎)」


 自分の予想が外れていなかった事が分かり、ボスは盛大に顔を歪める。


 しかし、次に通信機から聞こえてくる報告は、その程度の裏切りなど霞む程に、ボスの脳を揺さぶる事となる。


『…………は?』


 オペレーターが気の抜けた声を出す。


「何やっ?誰が攻めて来たっ?区域内を見張らせてる監視からは連絡が入ってねぇ。なら少数やろ!人数はっ?」


「……カオナシや」


「……は?」


 ボスの足が止まる。


「……カオナシと、ノエルがおる」


「……んなアホな……」


 脳の処理が追い付かないまま、別のオペレーターから緊急連絡が入る。


「ボスっ‼︎五つのトンネル付近に仕掛けた、全ての監視カメラが途絶えました‼︎見張りも殺られた!クソッ」


 破壊音と、部下の声がが遠くに聞こえる。


「……待て、待て、これは何や?どういう状況や?」


 ボスは遅延する思考力で、必死に現状を解読する。


(まず真狐が裏切ったんは間違いねぇ。区域内の見張りからカオナシ一行が入った連絡がなかったんは、既に真狐に買収されとったか殺されたか。離れた場所にあるトンネルの全てが同時に塞がれたんは、向こうが拠点内の地理を把握しとる証拠。カオナシが関わっとる以上、軍の仕業と見て間違いねぇ)


「……」


(いつからや、いつから間違っとった?計画は完璧やった筈。誰にも悟らせない為に、こんなクソみてぇな地下に篭っていたのに、

 ……全て、アイツの所為や)


 ボスの目が怒りに充血し、抑え切れなくなった魔力が壁に罅を入れる。


 真狐は二年程前、組に入りたいといきなり事務所を訪ねて来たのだ。調子が良く、サボり癖もあるが、仕事は完璧にこなす有能な部下だった。


 世界が変わり、自分が大阪を堕とす計画を話した時も、真っ先に賛同してくれた。

 魔力には恵まれなかったようだが、実験にも協力的で、何の躊躇いもなく、笑顔で裏切り者や秘密を知ってしまった一般人を殺すそのイカれ具合に、俺は惚れたのだ。


 しかしそんな事、もうどうでもいい。


 全てを差し置いて何よりも、少しでも奴に気を許した自分が、許せなかった。



「――ッッックッソガァァアアアアアッ‼︎」



 ボスの慟哭に共鳴し、収容されている全てのモンスターが雄叫びを上げた。

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