7話

 

 ――解放された真狐が、自分の指を確かめながら荒い息を吐く。


(舐めとった、完全に舐めとった。この二人、ヤバすぎる。心臓が持たん)


「冗談じゃん」


「ハァ、ハァ、ほんまかいな」


「ほんまほんま」


 ノエルは持ってたガラス片を捨て、東条に良い子良い子される。


 我の道を行きすぎている二人に、真狐はなんかもう深く考えるのをやめた。


「それで、何でここに来たん?」


 紫苑がしゃがんで尋ねる。


「そうやった、忘れるとこやった。……お二人さん」


 立ち上がる真狐に、もう彼への興味をなくしていた二人が振り返る。


「実は頼み事があるんや。少し聞いてほしい」


 真狐は真面目な顔を貼り付け、改まってそう言った。


 ――テーブルに着き四人が向かい合う中、紫苑は自分の場違い感に居心地の悪さを感じていた。


 ノエルが不機嫌そうに真狐を睨む。


「それで?下らない話だったら、今度こそ指を切る」


「あ、ああ。それは大丈夫、やと思う」


 真狐は咳払いし、切り出す。


「単刀直入に言うと、二人に大阪を救って欲しい」


「マサ」


「おう」


「ちょい待ちぃ待ちぃ!」


 彼はガラス片を手渡す東条を慌てて止める。


「嘘やないんやって!ほんまに緊急事態なんよ!」


 東条は焦り散らかす彼を見て、次いで紫苑を見る。


「……紫苑、この恩人さんは、ちょっとあれな人なのか?」


「さぁ?」


「否定して⁉︎じゃなくてっ、今この難波の地下で、悪人共がこぞって悪い事してるんよっ。あんまおっきい声じゃ言われへんのや。ほんま頼む」


 その言葉に、三人は顔を見合わせる。


「ん。聞いてやる。話せ」


「おおきに。

 実はこの危険区域の地下深くには、ある暴力団が組織した犯罪集団の拠点があるんよ。

 この事は構成員以外誰も知らんし、外部に知られればそいつは容赦無く消される」


「て事は、あんたもそこの構成員なのか?」


「確かにそうやけど、色々と事情があるんや。……東条はん、この難波危険区域から救助された一般人は、何人やと思う?」


「さぁ?」


「ゼロや。早々にここから出られた人間と、力を得てここに入ってきた人間を除いて、この場で生き残れた人間はゼロなんよ。

 何でか分かるか?……皆殺されたんよ、奴らに」


「……」


 衝撃の事実に、紫苑は目を見開く。


「……そんな事、一度も」


「紫苑ちゃん、俺は今まで、何度も君をここから離れさせようとした。心当たりはある筈や。

 直接的に言えなかったのは悪いと思ってるけど、携帯も管理されてたし、俺にも常時監視が付いていたんや。すまん」


 呆然とする紫苑に、ノエルが尋ねる。


「紫苑、本当?」


「……確かに、会う度にそれとなく言われてたけど、うちは聞き流してた。あの銃も、身を守れるようにって真狐さんから貰った物」


「……成程」


 東条は納得する。


 道理で銃を持っている訳だ。

 訓練していない者が使えば二次被害に繋がるから、組合は銃を売っていないし、この場所には銃の効かないモンスターなどゴロゴロいる。


 落ちている物を勝手に使っているのかとも思っていたが、そういう事だったか。


「ごめん、真狐さん」


「ええって、今まで無事やったんやから何よりさ」


 笑う彼を、ノエルが肘を付き訝しむ。


「で、今日は何で全部話す?監視は?」


「色々貢献して、ようやく一人で外出できるようになったんよ。

 あ、貢献言うても俺は情報担当やから、人殺しはしてへんよ。……まぁ、貢献してんやから一緒みたいなもんか」


 自嘲的な笑みを浮かべる男に、東条は尋ねる。


「……要するに、あなたはその組織に捕まった一般人だったけど、有能だったから生かされたと」


「せや」


「外部に連絡も取れず、危険区域から出る事も出来ない中で、ようやく見つけた解放の手掛かりが俺達だった訳だ」


「そういう事や」


「ほぁ〜」


 東条は物語のような展開に驚き、椅子に凭れる。


「大阪を救って欲しいってのは、どういう事です?」


「……奴らのボスは、生物と生物を融合させるっちゅう能力を持ってるんや」


 聞いただけでヤバい力に、流石のノエルも反応する。


「生物を融合?」


「せや。あいつはモンスター同士を掛け合わせて、より強いモンスターを作る実験をしとる。大半は失敗で終わるんやけど、稀にとんでもない化物が生まれる。

 マサはんが殺した、キラービーの変異個体もその一つなんや」


「あー、あのやけに身体がアンバランスだった蜂か」


「俺は今回、その調査を任されて外出しとるんよ。それであれを倒せる人なら、もしかしたらと思って探してたんや。


 地下の拠点には、改造されたモンスターがゴロゴロおる。都市壊滅級を超えるモンスターも何匹もおる。改造されたモンスターは絶対服従。


 あいつはそのモンスターを使って大阪中を壊した後、自分が救世主となってビジネスを始める気なんや」


 聞けば聞く程現実味がない。しかしこれが本当だとすると、


「え、ヤバくね?」


「ヤバいんやて!」


 真狐の焦りように、東条はむむむと唸る。


 これは、自分達が勝手に手を出していい範疇を超えている気がする。


 もし部分的にでも市外にモンスターが漏れれば、責められるのは目に見えている。


 マズいぞ、正直クソ面倒臭い。


「あー、俺が国に連絡通すから、何とかしてもらうってのは?」


「俺がこの話をした以上、勿論国にも手を貸して貰うつもりや。

 やけどな、全員がここに集まるって訳にもいかんのや。


 地下には拠点となっている大空洞と、そこから大阪中に伸びるトンネルがある。

 お二人が侵入した瞬間、あいつがモンスターを放つ可能性もある。どのトンネルからどれくらいの量が出てくるかも分からへん。軍にはこのトンネルの先で待機していて欲しいんや」


「……何とまぁ」


 どうしようかと悩む東条と、ソワソワと沈黙を守る紫苑。そしてその横で、


「マサ、マサ」


「ん?……何でウキウキしてんだよ?」


 おもちゃを見つけた子供のような表情で、東条の裾を引っ張るノエル。


「楽しそう」


「いやね?そんな簡単な話ではないのですよ?」


「勧善懲悪っ、成敗!」


 あ、これこの前見た時代劇に影響されてるだけだ。

 悪人バッタバッタ薙ぎ倒すの見たいだけだ。


 こうなったノエルは止められない。止めたら一週間は不機嫌になる。


 東条は「はぁ、」と溜息を吐き、携帯からある番号に連絡をかけた。


 数秒の呼び出し音の後、


『はい。おはようございますマサさん、どうしました?』


「おはようございます見美さん、いきなりすみません」


 受話器の奥で彼女が笑う。


『構いませんよ。気軽に連絡して下さい。

 それとこの前の温泉、本当にありがとうございました。おかげですっかり疲れが取れました』


「それは良かったです。有栖の奴が迷惑かけませんでしたか?」


『いえいえ、寧ろ彼女のおかげで楽しめました。でもあの子、マサさんが勝手に出発したって怒っていましたよ?』


「まぁ、それはおいおい謝りますよ」


『ふふ、そうして下さい。……それで、今回はどういったご用件でしょうか?』


「あー、ちょっと急な事言うんですけど、許して下さいね」


『?、はい』


「今俺が難波危険区域にいるのは?」


『存じています。支部から連絡がありましたので』


「そこでですね、ちと面倒な事案を発見しまして、手を貸して欲しいんです」


『……と言うと?』


 見美は一瞬不思議に思った。

 あの二人が手を貸して欲しいと言う内容に、想像がつかなかったのだ。


「この区域内の地下で、犯罪集団が危険な実験をしているという話を聞きました」


『……続けて下さい』


 東条は電話越しに、見美から穏やかな気配が消えたのを感じる。


「暴力団のボスがモンスターを融合するcellを使って、大阪を壊滅させる為に強力なモンスターを生み出していると」


『っ……。少し失礼します。

 ――傾聴!、今すぐ総理と岩国大臣、大阪府知事、AMSCUの隊長、副隊長、警視庁に連絡を繋ぎなさい!他は集まって!

 ――すみません、続けて下さい』


 裏で慌ただしい音が響き、次いで静かになる。……何とも話しづらい。


「えーと、纏めると、


 難波危険区域の地下に、犯罪組織が拠点を作っている。


 そいつらは捕まえたモンスターを改造して、強力な個体を作る実験をしている。


 難波の救助人数がゼロなのは、そいつらが実験と漏洩対策の為に、片っ端から集めて殺した所為。


 地下には複数のトンネルがあり、大阪中に伸びている。


 そいつらはそのトンネルからモンスターを区域外に放ち、大阪を壊した後ビジネスを始める予定。


 だそうです」


『……なんて事(ボソ)。……その情報はどうやって?』


「そこから逃げてきた人に泣きつかれたんですよ、助けてくれって。なのでこれが本当かどうかは、正直確かめるまで分かりません」


『……一度、その人と代わってもらえますか?』


「だってよ」


「あ、はい。もしもし、変わりました」


『今の話は本当ですか?』


「は、はい。本当です」


『……我々は軍と警察を動かし、大勢の住民に避難勧告を行います。

 ……今一度聞きます。その話は、本当ですか?』


 彼女の見定めるような声に、真狐は一瞬たじろぐが、


「本当です。誓います。もし嘘やったらモンスターの餌にして貰って構いません」


 キッパリと言い切った。


『……分かりました。よく今まで耐えましたね。勇気を振り絞り彼らに声をかけてくれた事、感謝します』


「あ、いえ」


『それで、拠点内の大まかなマップと、トンネルの出口は』


「全部頭に入っています。トンネルは全部で五つ。今から地図を書きますので、マサはんに写メって送って貰います。

 あと区域内に突入するのは避けた方が良いかと、監視している組員にすぐバレます」


『分かりました。マサさんと代わって貰えますか?』


「はい何でしょう?」


『初めに仰っていた、マサさんが手を貸してほしい事とは何でしょう?』


「今から送るトンネルの先を塞いで下さい。終わったら連絡お願いします。俺とノエルで先に突っ込むんで、合図したら突入お願いします」


『合図とは』


「普通に電話します」


『心得ました。その案がベストかと。……総理からも了承が出ました。すぐに部隊を配置しますので、少しだけ待っていて下さい』


「はい。では」


『失礼します』


「失礼します」


 携帯を耳から離す東条に、ノエルがガッツポーズする。


「て事だ。少しのんびりしようぜ」


「マサはん、今の人は?」


「総理秘書兼、情報部統括兼、組合代表、とか色々やってる凄い美人だ」


「ヒェぇ」


「……カオナシ、あんた本当に凄い人やったんやな」


「そうだぜ?俺は凄いんだ。敬え」


「黙れ」


「当たり強くね?」


 落ち込む東条に、真狐が立ち上がり手を差し出す。


「遅くなってもうたけど、俺は真狐 虎之助。助けてくれてほんまおおきに」


「ん、ああ、マサです。どういたしまして」


 握手をしたと同時に、東条は一瞬だけ、何か違和感のような物を感じた。

 それに気付いたのか、真狐が急いで頭を下げる。


「ああすまん!またやってもうたか」


「何が?」


「俺、雷の属性顕現者なんやけど、全然上手く扱えなくてなぁ。その所為で髪の毛も跳ねっぱなしや」


「それはまぁ、」


「見た瞬間分かった。」


 同意するノエルと東条に、彼はたははと笑う。


 二人から見れば、真狐の魔力操作はお粗末もいいとこだった。

 よくこれで今まで死ななかったものだ。情報担当というのはきっと本当なのだろう。


「ほんじゃノエルちゃんも、よろしゅう。

 今度は気いつけるで〜……どや?」


「ん。ピリピリしない」


「よしゃ。そんじゃ俺は地図書くさかい、見張っといてや」


「はいはい」


 紫苑は席に着く真狐に軽く返事をし、東条に近寄る。


「……カオナシ、うちも付いて行っていい?」


「え?別に良いけど、あ、じゃあ」


 東条は真狐の方を向く。


「真狐さんて来るんすか?」


「え?あ、はい。そりゃ行きますわ。中案内するで」


「んなら紫苑は真狐さん守ってやれよ。多分反感買って狙われまくると思うから。

 紫苑の能力って他人も転移出来るの?」


「いや、うちとうちの所有物以外は無理」


「じゃあまぁ、襲われたら頑張れや。俺は手助けしないから」


「分かってる」


 そこへ興奮したノエルが割り込んでくる。


「マサっ、ちゃんと守ってね!」


「へいへい、お姫様を守るのが騎士の務めですよ」


「騎士じゃない侍!」


「もうどっちでも良くねぇか?」


「良くない!」





 やんややんやと緊張感のない会話をする三人を背中に、真狐は黙々と地図を描く。



 ……その額に、何故か大粒の冷や汗を浮かべながら。

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